第十四羽
第十四羽
『@badbatbitbat ねえ急に黙ってどうしたの?』
『@badbatbitbat 返事をしてよ』
『@badbatbitbat 苦しくて返事が出来ないの?』
若堂は、蚊食鳥にリプライを送り続けているが、彼女からの返答は無い。
じれた様子が言葉尻に見え始めている。
『@badbatbitbat 返事をしなよ』
『@badbatbitbat 無視してるんじゃないよ』
『@badbatbitbat 握りつぶしてやる』
そのタイムラインを固唾を呑んで見守っていたネットユーザーたちは一様に、何か黒い靄のようなものに包まれて苦しむ少女の姿を幻視した。
しかし。
『@Jackdaw_hamlet プロフィール 名前:若林タカヒコ 血液型:AB型 趣味:おしゃれなレストラン開拓』
『@Jackdaw_hamlet 好きな作家:シェイクスピア 自己紹介:憧れのイギリスに留学できました!皆さんよろしくお願いします』
突然の蚊食鳥の意味不明なツミートに、ネットユーザーたちがざわめいた。
ただ、若堂のみがそれに反応した。
『@badbatbitbat どうしてそれを』
『@Jackdaw_hamlet お、楽になったよーサンキューね!驚いたー?』
『@badbatbitbat お前誰だ』
『@badbatbitbat それは全部消したはずなのに』
何者かから解放された蚊食鳥は哄笑する。
『@Jackdaw_hamlet しーらないのー?(ばくわら)インターネット・アーカイブってやつ!』
『@Jackdaw_hamlet カリフォルニアの団体でね、マルチメディア資料とかウェブサイトを保存してんのよ!』
『@Jackdaw_hamlet その容量何と3ペタバイト!凄すぎてわかんねーwwww』
『@Jackdaw_hamlet まあ、正攻法だとURLからしか探せないから、かくいちゃんちょっとだけ悪戯しましたけどーwwww』
暗にクラッキングを匂わせて、蚊食鳥は嘲笑めいたツミートを続ける。
『@Jackdaw_hamlet さて、若堂さん改めて若林さんの日記つっづけるよー♪』
『@Jackdaw_hamlet 皆も拡散してね!あ、大丈夫、この内容は「嘘」じゃないらしいから!』
『@Jackdaw_hamlet 嘘吐いたら殺されちゃうからねー♪』
『@Jackdaw_hamlet あたし鍵アカだからお手数だけどコピーしてー』
ネットユーザーたちのざわめきが止まる。
そして、少しして蚊食鳥の意図に気付いた者たちが、ツミートを拡散し始めた。
『新しい友達が出来ました『選ばれた王様『死にたい『写真は僕とジャックで『そっくりでしょ?』
『スターが『パーティー『ホームシック『本物のカラス『帰りたくない『嫌だ『嫌だ『嫌だ』
蚊食鳥のツミートを、ネットユーザーたちも若堂のフォロワーたちも一斉に拡散した。
時系列もなく、見境も無く無秩序にそれは行われた。
非公式RTで、自分のコメントをつけた上で拡散する者が現れ、それもまた拡散された。
若堂をフォローしていないDEEPERによる改変ツミートも拡散されたため、タイムラインは一見して何が真実か嘘か分からなくなった。
全て@Jackdaw_hamletをつけたまま行われたので、それらのRTは若堂のリプライ欄を埋め尽くしたはずだった。
『@Jackdaw_hamlet あんたジャックって人のこと随分好きだったんだねー♪』
『@Jackdaw_hamlet あたしは腐乱系女子じゃないからね!そういう意味じゃないけど』
『@Jackdaw_hamlet ジャック関連の記事、ツミートしていーい?しちゃうね!』
若堂の返信は無かった。蚊食鳥はそれを了解と取った。
『@Jackdaw_hamlet 今日はジャックとフィッシュ&チップスを食べに行きました。白身魚とポテトの塩味が効いて美味しい!本場は新聞紙に包んでくれるんです』
『@Jackdaw_hamlet ジャックが、君は神を信じるかと聞くので僕はこの世には神様がたくさんいると思っているから多分信じていると答えました』
『@Jackdaw_hamlet ジャックと街を歩いていると女の子たちが皆僕らの方を見て、囁き合ったり顔を赤らめたりするのです』
『@Jackdaw_hamlet ジャックの家に泊まったんだけど、ほぼ黒ばかりだった!』
『@Jackdaw_hamlet 僕も、ジャックみたいな服を買ってみました。実は身長がそんなに変わらないんです』
『@Jackdaw_hamlet 今日、ジャックと間違えられました。後姿だと分からなかったみたい』
『@Jackdaw_hamlet 顔つきがジャックに似てきたって言われた!彼はイギリス人(でもフランス人の血も入ってる)で僕は日本人なのにね』
選んでいるとは言え、見事にジャック、ジャック、ジャック、ジャックだ。
ネットユーザーたちの中にも、うんざりした空気が漂う。
『@Jackdaw_hamlet えーと、まだあるんだけど、もういい?』
『@Jackdaw_hamlet あんたどんだけジャックになりたいの』
『@Jackdaw_hamlet 今頃腐ったお姉さんたちが大騒ぎだよ』
『@Jackdaw_hamlet ねー、リプしてくれないのー?』
ヤメロ。
「え?」
蚊食鳥の頭の中で直接声が聞こえた。
そして、何かが体中にまとわりつく感覚がして。
「・・・・・・・ぐぅっ・・・・・・?!」
その何かに、体を締め付けられた。
ぐっ、ぐっ、と徐々に力が込められて、息がし辛くなっていく。
キーボードを打とうとしたが、両手が思うように動かない。
「な、くる、しっ」
顔を真っ赤に歪めて蚊食鳥はもがく。
しかし、見えない何かは一向に力を緩めなかった。
それどころか、動くたびに蚊食いの四肢の自由を奪っていく。
なんだこれ。
あたし、死ぬのかな。
やばい。これマジでやばい?
過去の思い出が急に思い返されて、胸中蚊食鳥は笑う。
走馬灯ってマジなんだ。
楽しかったな。あ、パパ。
意識、飛びそう。
「レイ、ちゃん」
そう呟いて、蚊食鳥は意識を手放した。
「蚊食鳥のツミートが止まった」
深夜のファミリーレストランは、既に客もまばらだ。
レイジとキューちゃんは、疲労の見えた顔色で座席に陣取っていた。
キューちゃんはレイジの呟きに、
「でも若堂のツミートはまた始まったよ」
と返す。
レイジも、若堂のタイムラインを見る。
しかし、今までの若堂とは様子が違うようだった。
『気高かったカラスを穢すな』『僕の魂を穢すな』
『お前はあの嘘吐きのように僕を壊すつもりか』
『許さない』『許さない』『殺してやる』
「うわー・・・・・・えっらい切れてはる」
「何でいきなり関西人なんだよレイジ」
今まで、人を見下す側だった立場の人間が見下されて激昂している感じだろうか。
今までの若堂が白を演じていたのなら、今は黒。どす黒いそれが怒りに震えていた。
文字列を見るだけで、身体の末端がビリビリする。
比喩ではなく、実際にそうなるのだ。
これも若堂の力なのか。
唐突に、レイジのスマートフォンが震えて2人の肩が同時に跳ね上がった。
「蚊食鳥からだ」
メールを開くとそこには2人を驚かせて余りある内容が記されていた。
『レイちゃんがこれを見ているということは、あたしに何かあったということだと思う。
キーボードを二分触らなければ、このメールが送信されるようにしておいた。
とりあえず、添付したデータの通り若堂への攻撃を引き継いで欲しい』
「どういうことだよ……キューちゃん」
「いやまだ蚊食鳥らしい画像は上がってない」
「様子は分からないけど、無事を信じよう」
「うん」
俺、蚊食鳥に電話してみると言うキューちゃんに頷いて、レイジは添付データに目を通した。
888:名も無きDEEPER
あれ、かくいたんの猛攻止まった?
889:名も無きDEEPER
ツミートないな。死んだ?
890:猫男爵
でも画像上がってないよ。
891:名も無きDEEPER
あ、また新しい奴が若堂に話しかけてる
892:名も無きDEEPER
@3lazydogって誰だ?
893:名も無きDEEPER
フォローしようと思ったら鍵アカだった
894:名も無きDEEPER
この人自分フォローしてるから、ツミートコピーしてくよ
895:名も無きDEEPER
頼んだ、ついでに次スレ立ててやってくれ
896:894
>>895
了解
禁断の壺のやり取りも知らず、レイジは蚊食鳥の後をついで、若堂への攻撃に取り掛かった。
『@Jackdaw_hamlet 若堂さん、今凄く怒ってる?怒ってるんでしょ?』
非常に単純な、しかしとても効果的に火に油を注ぐリプライだった。
若堂からのリプライはすぐには無い。
レイジは、また自分にはリプライは来ないのかと思いかけたところで、短いリプライが着た。
『@3lazydog 君は誰?』
あまりにも短く、何の感情も見られないリプライに少しレイジは消沈した。
しかしそれでも気を落とさず、リプライをしていく。
『@Jackdaw_hamlet 初めてリプライをくれましたね』
『@Jackdaw_hamlet 以前あんなにもリプライをしたのに、一回も返信してくれなかった』
『@Jackdaw_hamlet 他の人にはたくさんリプライしてるのに』
横からキューちゃんが、ヤンデレ?ねえヤンデレ?と聞いてくる。
黙って電話しろ、と言ったが蚊食鳥は出ないらしい。
ヤンデレとは、対象の人物への恋愛感情が常軌を逸しているため、対象あるいは周囲、自分自身への攻撃に繋がってしまう人を言うスラングである。
もちろん、レイジはヤンデレではない。
『@3lazydog 君は誰?』
また同じ言葉を掛けられた。壊れてるのかこいつ。
『@Jackdaw_hamlet あなたが無視し続けた一フォロワーですよ』
『@Jackdaw_hamlet 何で自分だけ無視されてるのかずっと分からなかった』
『@Jackdaw_hamlet でもあなたの発言を見ていて、分かったことがある』
『@Jackdaw_hamlet あなたは嘘吐きしか信じられないんだ』
『@Jackdaw_hamlet 語弊があるかな。嘘吐きとしか交流が出来ないって言うニュアンスなんだけど』
『@Jackdaw_hamlet 伝わったかな』
若堂からのリプライはない。無意識に下唇を噛んでしまう。
すると、ややあって若堂からのリプライがあった。
『@3lazydog 君も僕を攻撃しようとしているのか?』
『@Jackdaw_hamlet あなたがそう思うならそうなんじゃない?』
『@Jackdaw_hamlet 俺はずっと不思議だった、あなたの言動や正体が』
『@Jackdaw_hamlet 他のフォロワーとは違う、一段高い位置にいるってスタンスだったよね』
『@Jackdaw_hamlet Tmitterのカリスマとか人気者だとか』
『@Jackdaw_hamlet 王様、だとか』
『@Jackdaw_hamlet だってあなたは職業も顔も性別だって分からない』
『@Jackdaw_hamlet それなのに、フォロワーは皆あなたの言うことを信じて誉めそやして』
『@Jackdaw_hamlet 祭り上げている』
『@Jackdaw_hamlet 俺も最初はあなたに憧れていたけど、今はそうでもない』
レイジは、若堂の返信を待たずにどんどんとリプライを送りつけていく。
『@Jackdaw_hamlet 蚊食鳥から、あなたの本当の姿を知らされたよ』
『@Jackdaw_hamlet 憧れの存在になりたくてもなれなかったんだね』
『@Jackdaw_hamlet ジャックとエドについては詳しいことは分からないけど』
『@Jackdaw_hamlet なりたかった親友は居なくなって、憧れのスターには酷い目に遭わされたのかな』
『@Jackdaw_hamlet だから今でもあなたはその2人の影を追い続けている』
『@Jackdaw_hamlet 大嫌いで大好きなんだ』
『@Jackdaw_hamlet かわいそうに』
レイジのリプライに反応するように、若堂がリプライを返してきた。
『@3lazydog フォローしたいから、鍵を外してくれる?』
今までとは違う、優しげな口調。それだけに、空恐ろしさがある。
『@Jackdaw_hamlet 嫌です。フォローなんて今更されたくないです』
『@Jackdaw_hamlet それに、俺のことは殺せませんよ』
『@Jackdaw_hamlet 俺は、あなた基準ではTmitterで嘘をついたことが無いそうですから』
『@Jackdaw_hamlet あなたは嘘吐きだけをフォローバックしてるんですね』
『@Jackdaw_hamlet 自分が大嘘吐きだから?』
『@Jackdaw_hamlet あなたを賞賛してくれる本当の言葉が欲しいのに、どうしてですか』
『@Jackdaw_hamlet 嘘吐きが大嫌いなのに嘘吐きに取り巻かれるのはどうしてですか』
『@Jackdaw_hamlet イソップ童話の鳥の王の物語で例えていましたよね』
『@Jackdaw_hamlet あれ、あなたのことですよね』
『@Jackdaw_hamlet ジャックの振りしてたら、惨めに正体を暴かれたんですか?』
タブレット越しに、ビリッと電流のようなものが走りレイジは驚いて指を離した。
つらつらと物凄いスピードで、若堂のツミートが増えていく。
『@3lazydog 鍵を外してよ』
『@3lazydog 鍵を外せ』
『@3lazydog 外せ』
『@3lazydog 外せ外せ外せ外せ外せ外せ外せ外せ外せ外せ外せ外せ』
返信しようと、タブレットを触ろうとするがビリビリと指が痺れて上手くフリック入力が出来ない。
タブレットが黒い靄に包まれているように見えて、反射的に背もたれに飛びのいてしまった。
参ったな。
これも若堂のせいなのだろうか。これではリプライが出来ない。
何度も挑戦したが、液晶に触れるだけで指が痺れた。
「駄目だ、出ないよ蚊食鳥の奴」
弱り果てるキューちゃんに、痺れる右腕を抑えながらレイジは、
「頼む、掛け続けてくれ」
と呻くように言った。
黒いソファと黒いPCデスク。
好みではないけれど、くれた人のために使い続けているそれらに囲まれて、蚊食鳥は床に倒れ伏していた。
傍らにはスマートフォンが鳴り続けている。
さっきまで蚊食鳥を苦しめていた靄はもうない。
しかし蚊食鳥は目を閉じたまま、微動だにしなかった。




