第十三羽
第十三羽
そのページを見た時、蚊食鳥は胸のどこかが引っかかれるような気持ちになった。
それが何を原因としたものは分からなかったが、苦痛とは行かなくてもむず痒さを感じるものだった。
ページに書かれた内容は、とある青年のウェブ日記そのままだった。
まだブログと言う概念が無く、HTMLやウェブサイトを作るための簡単キットを駆使して利用者が自己表現していた頃の産物。
日付でタグ付けがされているわけでなく、HTMLで入力した横棒で区切られた縦長のページ。
イギリスのサーバーを利用しているが、内容は全部日本語だった。
色味は白と黒で構成され、たまに強調文が赤くなっている。
構成としてはそもそもトップページがあり、日記、写真、BBSと分けられていたようだ。
現代と比較すると、かなり簡素な仕上がりと言えよう。
「一般的なウェブサイト、と言うよりは個人の交流のために作ったようですね」
落ち着いた様子で、愛華が言う。
彼女が最初にこのページの一部を発見して、蚊食鳥の力を借りてサルベージしたのだ。
これが、本当に若堂のウェブサイトだったもの、と言う保証は無い。
しかし散らばったキーワード、文体、そして文章から立ち上る人間性。
それらの矢印は全て若堂を向いているように思えた。
「なんかさ、ピュアで気弱な男の子がどんどん汚れていく様を見せ付けられるようだよね」
蚊食鳥の言葉を、愛華も肯定した。
「しっかし、男どもはちーっとも役に立たなかったな。後でこき使ってやる」
男ども、とはハンドレットとタイラーのことである。
カッサーラは功績を認められているため除外だ。
しかし、タイラーと一緒にされてはハンドレットも立つ瀬が無いだろう。
少なくとも場を絞めたり、被害者の死因を考察するのには役立ったはずだが。
愛華は、スカイプ通話が自分と蚊食鳥だけにしておいて良かった、と思った。
蚊食鳥なら本人がいても言うだろう。
それでさー、と蚊食鳥が何の気なしに言う。
「何ですか?」
「若堂、と思しきこの青年はスターと呼ばれるエドのパーティーに行った後におかしくなったんだよね」
何があったんだと思う?と問い掛けられ、愛華は唸った。
「私にも分かりませんが・・・・・・嘘吐きは嫌い、と言うからにはその『嘘吐きの人気者』だと言うエドに何かされたのは確かでしょう」
「パーティーが嘘だったとか?」
「それならまだ諦めがつきます。でもパーティーは本当にあったなら」
「『道化の王様』か」
「え?」
「ノートルダムの鐘だったはず。確か・・・・・・」
ノートルダムの鐘はヴィクトル・ユーゴーの著作で1831年に出版された。ミュージカルにもなっているし、全くオチが違うがディズニーアニメにもなっている。
劇中で道化の祭と言って、集まった人の中で最も醜く馬鹿げた人間を選び道化王として奉り馬鹿騒ぎをするものがある。
畸形の鐘つき男がその道化王に選ばれるが、その醜さが生まれつきのものと知れると、周囲の者に罵倒され暴力を振るわれるシーンだ。
「もし、若堂が同じ目に遭っていたなら」
「でも、確証は」
「確証は無いよ。でもちょっと日記の中の王様ってフレーズに引っ掛かったんだ」
「事件には・・・・・・なってないですよね」
「多分ね。あたしの下種の勘繰りだけど、警察に言ったら自分が不利益になるようなことをされてる可能性がある」
愛華がため息をついた。
でも、それなら。何故Tmitterのフォロワーを殺す?
分からないことはまだ多い。
対決するには、まだパズルのピースが足りない気がする。
何故Tmitterと言うSNSを殺戮の場に選んだのか。
Facebookは実名制。Pixyも実名制と言えるが、勢いがなくなって久しい。禁断の壺は匿名性が売りだが、個人は集団に没する傾向がある。基本嘘をついても見栄を張っても証明は難しい。
ならばTmitterとは。
匿名性を保ちながら、実名性もあり、ブームの潮流を作ることもあれば、細胞のように同じ趣味のものだけで固まることもある。
ネットの大きな海に居ながら、家で寛ぐように鎧を思わず脱いでしまうところ。禁断の壺ならそうは行かない。
匿名と言うことで、執拗に攻撃してくる輩もいる。
そしてその対処法もある。
しかし、Tmitterは不慮の発言で容易に晒し挙げられたり、炎上するのだ。しかも晒された方は大体対抗策を持たない。
当たり前だ。ネットの海に情報を流した時点で、渋谷の駅前でストリップをしているのと同じことなのに。
拡散。ふぁぼ。リスト。
何かが、脳の前の方で閃いた。
そうだ、拡散。
嘘吐きを見つけ出し、制裁を与え、それをばら撒く。
Tmitterならそれは容易だ。
肝心の嘘吐きを見つける方法と、殺害方法は依然分からないが今はどうでもいい。
「戦える……かも知れない」
蚊食鳥は呟くと、頭に両手のひらを当てて、考える姿勢に入った。
蚊食鳥に一応戦力扱いされたらしいカッサーラは自らの人気と技術で、ピコピコ動画やTmitterの住民を煽動していた。
最近ますます、輝きと領土が増大したおでこもつやつやと、彼は若堂に対抗する蚊食鳥の宣伝をしていた。
蚊食鳥がどうやって戦うかは知らない。しかしTmitterを利用するのは火を見るより明らかだった。
まずカッサーラは、禁断の壷やTmitterで拡散を行った。
ここまではレイジたちと同じだ。
蚊食鳥の名前が出ればお祭好きのDEEPER住人が勝手に広めてくれる。
後は簡単にイラストを描いて宣伝動画を作り、ピコピコ動画、YO-TUBEに投稿する。
人間は、聴覚よりも視覚で物事を判断すると言う。
第一印象が大事、と言うのはそれだ。たった数秒で、人間は決め付けられる。
ならばそれを利用して、視覚的に若堂は悪、蚊食鳥は善、のイメージ付けをした。
色情報でも、若堂のカラーは黒やグレーなど悪を感じさせるもの。
対して蚊食鳥は善を感じさせる、赤や黄色などの暖色にした。
つまりはヒーローカラーと言う奴だ。
特撮のヒーローや子供向けアニメの主人公は、明るい原色系がイメージカラーなことが多い。
アンパンマンが幼児に好まれるのも、丸いフォルムとあの色合いなのだと聞いた。
若堂のイメージイラストは悪のカラスにした。
蚊食鳥はバットマンを可愛らしく女体化した上、明るい色にした萌え系路線と言うあざとさ。
程よい露出は、萌え豚(萌え系アニメが好きなファンのこと)どもを満足させるだろう。
この両者が対決する構図は我ながら良く出来た、とカッサーラは自画自賛する。
案の定、動画は好評で他のユーザーの手によって更に拡散された。BGMにも凝った甲斐がある。
もちろん、被害者が出ないようにするため若堂を決してフォローしてはいけない、との注意書きも忘れなかった。
「それでもアホは出るだろうけど」
カッサーラは自分の素敵なおでこを軽く叩いた。
自分のおでこが日に日に広くなっていくことは全く意に介していない。
からかう奴らはいるが、それにはギャグで返してきた。
そうすると、からかってきた奴らもいつしか仲良くなっていたりする。
彼は持ち前の性格と笑顔で、世の中を上手く渡ってきていた。
彼はまだ20代半ばだが、髪の毛が薄くなってからでも彼女が途切れることは無かった。
リア充、なのかは分からないが、楽しく暮らしているとは思っている。
本格的に髪の毛が無くなって、どうにもモテもしなくなったらフランスに行こう。
彼は半分本気で思っている。
男らしさの象徴として、薄毛の方がモテるらしい。
彼は人好きのする微笑を浮かべながら、必殺技を叫ぶヒーローのように、
「カッサーラ・フラッシュ!」
と呟いて、動画を宣伝するツミートを投稿した。
禁断の壷は、祭の予感に沸き立っていた。
ぐらぐらと煮立って吹き零れそうな状態をずっと保っている。
イライラした名無しが荒らしに転じたり、識者ぶった輩がいたり。
あるいは自分の都合のいい方に自治を呼びかける自治厨が現れたりした。
坩堝となったその場所に、蚊食鳥は再び降り立った。
3:名も無きDEEPER
>>1 スレ立て乙
4:名も無きDEEPER
おつー
5:名も無きDEEPER
(・ω・`)乙 これは乙じゃなくてポニーテールなんだからね!
6:蚊食鳥
おつー
7:名も無きDEEPER
かっくんじゃねえか!
8:名も無きDEEPER
何やってたんだよ蚊食鳥!
9:名も無きDEEPER
糞コテ北!勝つる!
10:名も無きDEEPER
こそこそ逃げ回りやがってどういうつもりだ
これだけ騒がせといてまたバックれるんじゃないだろーな!
11:蚊食鳥
それは無いから安心して
ようやく準備が整った
12:名も無きDEEPER
宣伝の動画見たけどさwwwwwww
蚊食鳥wwwwwww
ようじょwwwwwwwwww
13:蚊食鳥
あれは動画師さんの好みwwwww
イメージキャラとして使おうかなwwwwwww
14:名も無きDEEPER
ってかマジで若堂と戦うの?
15:名も無きDEEPER
どうせまた逃げるんだろ
16:蚊食鳥
逃げないから安心して
アカウントもいっかいのっけとく
@badbatbitbat
鍵つきだけどフォローしてくれたらフォローするから
17:名も無きDEEPER
そんでどうすんの?
糞卵みたいにしてると死ぬぞ
18:蚊食鳥
心配してくれんの?嬉しいねえ。
一応大丈夫
まあ死んだらしょうがないから、お経の一つもあげてよ
19:名も無きDEEPER
嫌だよかくいたん(´;ω;`)
おれ結構好きなんだよお前のこと
20:蚊食鳥
ありがとチュッチュッ
大丈夫、ほぼ大丈夫なはず
21:名も無きDEEPER
今から?
22:蚊食鳥
うん、今から
じゃあ盛り上げていくぜ!
その一言と共に、禁断の壷に燻る炎のようなものが音を立てて蠢くのをユーザーたちは感じた。
蚊食鳥は、次の瞬間、攻撃を開始した。
ざわざわ、ざわざわ、とTmitter内がざわめいている。
まだ若堂にターゲットにされていない者たちが、密やかにやり取りをしている。
若堂をフォローしてはいないが、様子を興味本位で覗いている者たちが情報交換している。
その中心で、若堂は未だに取りとめもなく呟き続けていた。
そして気まぐれに、フォロワーを殺す。
激昂することも無く無感動に、その作業は行われているようだった。
まるで軽い細波が絶え間なく立ち続ける湖のようなそこに、突然大きな石が投げ込まれた。
『@Jackdaw_hamlet DEEPから、来ますた!!!!!!!!!!!!!!!』
蚊食鳥だった。蚊食鳥を知っていた者も宣伝で知った者も皆色めき立ち、ざわめきが大きくなった。
ゆっくりと、若堂が動いた。
『@badbatbitbat また、DEEPERの人か。君はフォローしてくれないの?』
『@Jackdaw_hamlet 嫌だね。フォローなんかしないよ』
『@badbatbitbat 鍵つきアカウントなんだ。ねえフォローしたいから鍵を外してよ』
『@Jackdaw_hamlet 嫌だ。あんたにフォローなんかされたくない』
『@badbatbitbat じゃあ何で僕に話しかけたの?』
『@Jackdaw_hamlet 別にあんたに興味はないよ。ただあんたを叩きのめしたいだけ』
『@badbatbitbat 嘘吐き。本当は僕に興味があって僕の正体を知りたくて僕に近づきたい気が満々のくせに。僕には分かるよ』
『@Jackdaw_hamlet 確かにあたしは嘘吐きだよ。でもさ、あたしは嘘で人を傷つけたり殺したりしない』
『@badbatbitbat ねえ鍵を外してよ』
『@Jackdaw_hamlet いーやーだー!』
『@badbatbitbat なら、外したくなるようにする』
若堂のツミートを確認した瞬間、蚊食鳥の心臓が一際高く跳ねた。
「な……何これ……」
パーカーごと、胸を抑える。まるで全身を大きな手で握られているようだ。
「……やってくれるじゃん」
不敵に笑う蚊食鳥の額に汗が一筋流れた。
『@badbatbitbat 鍵を外してくれたら、離してあげる』
『@Jackdaw_hamlet 嫌だね』
『@Jackdaw_hamlet 鍵を外したがるってことは、フォローしなきゃ殺せないってことだ』
『@Jackdaw_hamlet それなら尚更外せないね』
蚊食鳥の額に、それどころか全身に汗が流れている。
くそ。でもお腹痛の時に比べりゃマシだ。女の子舐めんなよ。
胸の内で叫ぶと、キーボードに猛烈な勢いで書き込んだ。
『@Jackdaw_hamlet 嘘吐きが自分を棚に上げてんじゃないよ』
『@badbatbitbat 僕が嘘吐きだって?』
『@Jackdaw_hamlet ああ、嘘吐きも大嘘吐きさ。反吐が出るね。あんたこそ、イソップ童話のカラスみたくよその鳥から盗んだ羽を纏った泥棒だ』
『@Jackdaw_hamlet あたしがその羽根毟り取ってやる!』
蚊食鳥は息苦しさを気合いで抑えて、直前に用意していた文章をモニターに呼び出した。
キーボードに両手を滑らせる。
情熱的なピアニストの演奏のような動きだ。
「これがあたしたちの切り札だ!」
叫ぶ調子とは裏腹に優しい手付きで、蚊食鳥は打ち込んでいった。




