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鴉の囀り  作者: 武田 和紗
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第十羽

第十羽


「自分は、あのレイジとか言う奴信用できるか分かんねえっす」

「俺もそれは思ってるけど、でも大した奴でもないと思うぜ」

「まあまあ、2人とも」

スカイプ通話である。三四郎、タイラーがレイジへの不信感を表すと、カッサーラがそれを宥める。

彼らは、蚊食鳥に呼び出されここに集っていた。

「皆さん、遅くなりました」

と、ハンドレットが入る。続いて愛華が疲れきった声で会話に参加した。

「僕としては、彼らが動いてくれる分助かりますよ。それに若堂の仲間ならこんな面倒なことしますかね」

カッサーラの言葉に、ハンドレットや愛華が首肯する気配。

それに反応して、三四郎が声を荒げた。

「だからといって、自分はあんなよわっちい大学生の指図は受けたくないっす」

「それ言ったら、蚊食鳥みたいな馬鹿っぽい女の指図も受けたくないな」

「あれー?精一杯、ロリータ系妹キャラ演じたんだけど駄目だったー?タイラーさーん?」

いつの間にか、蚊食鳥が会話に入り込んでいる。

タイラーが咽る声が、全員の耳にノイズとして入った。

「な、ど、こ」

なぜそれを、どういうことだ、こいつ、とでも言いたいのだろうか。

あからさまにタイラーは焦っていた。

どうやら聞かれていたことが、思いのほかダメージだったらしい。

ツミート傾向が「妹&ロリータ萌え」のタイラーさーん、と追い討ちをかけようと思ったが、蚊食鳥は思い直した。

じゃれ合っている場合ではない。

「ところで、皆さん揃ってます?あ、凛々さんは当然いないけど」

沈黙。流石に冗談は通じない。

「さっきもメッセージでちらっとお伝えしたけど、レイちゃんとキューちゃんは若堂の被害者の近くにたまたまいたので、参加できません」

ファミレスに拘束中、と付け加えて蚊食鳥は声に出さずに笑った。

実は、スカイプの会話には参加していないが、蚊食鳥経由でレイジたちに音声が聞こえるようにはしてある。

今頃一つのイヤホンを分け合って、2人はこの会話を聞いているはずだ。

さてどうなるか。

蚊食鳥の持論だが、声は本性を現すと思っている。

どんなに取り繕って顔を作ったとしても。言葉を尽くして褒め称えたとしても。

声には微細な感情が出てしまう。

最初のスカイプ会話でも感じていたが、彼らの性格は何となく掴んでいるつもりだった。

そして、本心を聞くのなら声を聞くのが一番いい。

「さて、色々ご不明な点やご不満な点もあると思いますがあ」

蚊食鳥は「糞コテ蚊食鳥」の声を改めて発する。

「レイちゃんが、ちょっと若堂の本質に近づいたっぽいから皆さんに確認のため集まってもらいました」

何となく、レイジとさっきした会話の内容がメールで良かった、と思う。

電話なら、上手い返しが出来なかったかもしれないから。

「確認とは?」

ハンドレットが、思慮深く口を挟む。蚊食鳥は微笑んだ。

「レイちゃんの仮説を裏付けるための確認ですよう」

「分かった、進めてくれたまえ」

「了解!」

蚊食鳥は、快活に声を張った。

「皆さん、Tmitterは結構ヘビーユーズしてますよね?特にカッサーラさんは」

「僕は動画作ったり宣伝したり、そういうので」

「ですよね。まあ量とかは皆若堂にはかなわないでしょうけど」

「若堂があんなにツミートできるのは本来おかしいわ。規制されてもおかしくないはずよ」

愛華の言葉に、男性陣が頷く気配がした。

「だからね、皆さんに聞きます。正直に答えてくださいな」

蚊食鳥は声のモードを変えた。低い、追及する声に。

「皆さんは、嘘の内容のツミートを今までしたことがありますか?」

軽いざわめきが起きる。

「・・・・・・わたしは、ない。断言できる」

ハンドレットが、口火を切る。

すると、それをきっかけに口々と全員が話し出した。

「私もありません」

「僕もです」

「自分は・・・・・・ないっすね」

タイラーだけ、答えていない。

「あれ?タイラーさんは?」

戸惑うような、そんなうめき声を発してようやくタイラーの声が聞こえた。

「・・・・・・ない。嘘は全くない」

「あ、じゃああの『妹ぶち犯したい』ってのもマジなのね」

蚊食鳥のおちょくりに、タイラーは幼稚園生(男児)のような悲鳴を上げた。

ツミートとは言え、本音だったとは驚きだ。

しかし、蚊食鳥は全員の声を聞き「納得した」。

「とりあえず、一応これで裏づけは取れたかな」

笑いを含ませながら、蚊食鳥は言う。

「若堂からフォロバされない共通点は、Tmitterで嘘をついていないこと」

続けて、

「若堂は嘘吐きを憎んでいる、ということ」

――いや、同属嫌悪なのかな。

そう呟いて、しめた。

「じゃあ、嘘さえつかなければ」

殺されることは無いんですか、とカッサーラが緊張したように言う。

「レイジさんの仮説が正しければでしょうけどね」

と、愛華が釘を刺すと、あっそうか、と言った。

三四郎が気に入らないらしく、何かぶつぶつと言っている。

「三四郎さん、どうしたの?」

蚊食鳥の問いかけに、三四郎はイライラとした調子で言った。

「自分、やっぱり納得いかないっす。どうして嘘をついてないと若堂にわかるんすか」

納得いかない、と繰り返す彼は、他にも苛つきの原因はあるようではあった。

彼はどうにもレイジたちのことが気に食わないらしい。

それに対して蚊食鳥は、

「あたしも分かんない」と軽い返事だ。

「なら・・・・・・!」

「分かんないけど、何らかの原因で分かるのは確かだよ。凛々さんは、嘘をついた途端にフォローされてるからね」

言い募ろうとする三四郎が、止まる。

「皆覚えてるっしょ?凛々さんはさ、小鹿みたいな足が、棒みたいな足がどうたら、って言った瞬間ロックオンされたよね」

愛華が、死者に鞭打つようなことは、と言うが蚊食鳥は止まらない。

「妄想を垂れ流すのは、若堂にとっては嘘じゃなかったみたいよ。凛々さんのモテてモテて困っちゃうエピソードは失笑に耐えないけどさー。それでも彼女がそれを心から信じ込んでいるから嘘ではなかったんだ、若堂基準では」

それが本人も信じてないことを書いちゃったから『嘘』になっちゃったんだ――

蚊食鳥の言葉は、他の人間には託宣めいて響いたようだ。

いや、レイジだけは吹き出していたかもしれないが。何を煽動しようとしてんだよ、と。

「じゃあ、僕らが嘘を書かない限り・・・・・・」

あくまで若堂基準だけどね、とカッサーラに釘を刺す。

「だからあたしは、若堂と対決しようと思う」

そいつの正体が何で、何を考えて、何が目的で。そんなことはどうでもいい。

あたしはあたしを納得させるために、若堂を止める。

全員、沈黙した。

ややあって、愛華が口を開いた。

「私に・・・・・・協力できることは、ある?」

蚊食鳥は、本人は気付いていなかっただろう、初めて女性らしい笑みを浮かべた。

「ありがと、愛華さん」

じゃあお願いしたいことは、と打って変わって快活な調子で、蚊食鳥は協力者に指示を出した。



「タイラーきもい」

「タイラーきもい」

一方ファミリーレストラン。2人でイヤホンを分け合って会話の内容を聞いていたが、両方の顔はコーラと間違えて麺つゆを飲んだ時のような顔になっていた。

「それはともかくとして、愛華さんが協力してくれるのはありがたいかも」

そういうキューちゃんの顔をレイジがまじまじと見る。

その視線を受けて、

「愛華さん、話聞いてると本当にPCとか強いみたいなんだよ」

とキューちゃんは何故か胸を張った。

「いつの間にか仲良くなってんのな・・・・・・」

まーねー、と照れるキューちゃんを見て、褒めてねーよ馬鹿、と言う言葉をかろうじて飲み込んだ。

「俺たちは、布石を打つしかない、な」

「あー、フォロワー多くないけど効果あるかな?」

「最悪、禁壷も使う」

レイジたちは、蚊食鳥が若堂と接触し対決するために準備を整えていた。

蚊食鳥のアカウントを拡散し、若堂を止める最後の切り札的ポジションにする。

例え怯えているとは言え、元は祭好きのTmitter民なら乗ってくるだろう。

おまけに、若堂を止めると言うのなら。

しかし、未だ若堂の弱みどころか、対策すら練られてなどいなかった。

フォローされなければ、恐らく手は出せないようだが人知を超えた若堂の不気味さはつかみ所がない。

【拡散希望】と頭につけたツミートをbotのように繰り返す。

地道だし、やり方としてはみっともないと思う。

しかし自分たちはスターではないし、そのなり方も知らないんだから仕方が無い。

ひたすら、この意味が無いかもしれない戦いを知ってもらう。

禁断の壷のあらゆる板に、蚊食鳥のアカウントと若堂との対決を告知する。

マルチだと叩かれたが、スルーして続けた。

キューちゃんと同じスレに書き込もうとして、目を見合わせて笑ったりしている内にルーティン化した作業は指先運動の一部となった。

承認欲求だとか自意識過剰だとか、そういった邪念を捨て去って2人はまるで修行僧のようだった。

カレーも緑茶もとっくに胃袋に片付けられ、キューちゃんが勝手に頼んだホットケーキと紅茶2人分がテーブルの上で冷えている。

そんな2人を嘲笑うように、若堂はひたすらとりとめもない呟きを続けていた。



『本物だけが価値があるものなんだ、この世の中では』

『まがい物には一瞬周囲の目を楽しませることくらいしか出来ない』

『物まねタレントでもすぐ消える人と長く愛される人がいるよね』

『前者はまがい物、上っ面だけだ。後者は物まねを芸術の域にまで高めているから残れる』

『つまりは物まねと言う本物の技術に昇華しているんだ』

『いっとき周囲を騙すのは簡単だよ』

『その代わり嘘をつき続けるのは辛いよ』

『僕は本物だから』

『僕だけは本物なんだよ』

『クックロビンを殺したのはスズメだったっけ』

『カラスは牧師としてクックロビンを弔った』

『クックロビンは愛らしい鳥なんだよ』

『ああ、フィッシュ&チップスが食べたいなあ』

『向こうでの大学時代はね、それは楽しかったよ』

『本物の文学や歴史にも出会えた』

『シェイクスピアの生家にも行ったよ』

『田舎町でね当時のコスプレしたガイドがいてさ』

『ストラトフォードアポンエイボンはその日天気が良かった』

『銀座のアップルストアは混んでいたよ』

『僕が参加するイベントは皆晴れるんだ、だから友人は皆僕を呼びたがったよ』

『ビートルズを知らずしてロックを語るのはおかしいよね』

『そのゲームは本物の心霊写真を使っているんだって』

『森以蔵はあんなに人気出る前から飲んでたよ』

『そもそもあれは九州の人以外向けに作ったお酒なんだ』

『僕もなんか歌って、動画にしてみようかな』

『ライブとかは無理だよ、意外に緊張するタチだからさ』

『悪いことはしちゃいけないよ』

『いけないことするとつれてかれる』

『嘘吐きは泥棒の始まり』

『お母さんから言われなかった?』

『イソップ童話のカラスは泥棒だよね』

『物理的な泥棒じゃなくて、名誉を盗む泥棒』

『カラスは本当は気高い鳥なんだよ』

『僕が出会ったカラスも気高かった』

『彼はどうしているかな』

『ああ、彼はもういないんだった』

『今の日本はまがい物だらけだ』

『本物なんてめったに無い』

『電車には妖怪が乗っているよ』

『本物の人間はどこ?』

『僕はどこにでも行けるんだ』

『僕はここでは自由なんだ』

『アイドルもカリスマも興味ないよ』

『僕だけが本物なんだ』

『みんなは僕を愛しているよね』

『いつもリプライをくれたりふぁぼってくれたりRTしてくれたりまとめてくれたり』

『僕もみんなが大好きだよ』

『でも嘘をつくのはいけないよ』

『僕は嘘吐きは大嫌いなんだ』

『嘘は良くないんだ』

『どこかでガチャンと音がしたよ』

『あれは厳しい人だった』

『知らないよ僕は知らないんだ』

『あいつがまた来るよ』

『マーマイトは美味しくない』

『ニシン舌平目でっかい鱈もドーバー海峡渡る鯖もマスも』

『ミュージカルソングだよ』

『僕は芝居が好きだ』

『生きるべきか死ぬべきか』

『それが問題だ』

若堂は返事のない呟きを、だらだらと続ける。

それはさながら、自問自答の堂々巡りのようであった。

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