半世紀ぶりの復讐(上)
高揚した気分のまま家に帰ろうとして、サチに呼び止められた。
「どこ行くの? 学校は?」
「学校?」
「バス、乗り遅れちゃったよ。急がないと」
学校ね。学校。
私は自分の服装を確認する。
制服着てんじゃん。ヤバいのはサチだけじゃなかった。私もだ。熟女バーでも、女子高生の格好した人はいないよね。
だが。
今の私は女子高生。
私はもう一度、さっきサチから借りた手鏡で自分の顔を見た。うん、大丈夫。
何が起きたかわからないが、私は女子高生に戻っている。しばらくは、この状況で過ごすしかないだろう。ま、望むところだが。
「サッちゃん、いま何時?」
「7時50分。急げば、55分のバスに間に合うよ」
言いながら駆け出したサチの後を追い、私も走る。
うそー! 体が軽い。
高校生って元気なんだなあ。
若いって素晴らしい!
私は、いつのまにかサチを追い越していた。しかも、どんどん距離が開いていく。サチの声が、はるか後方から聞こえる。
「ちょっと待ってぇ、早いよー」
全力疾走しても疲れない。
バス停に着いた時も息切れする事なく、バスを待つ人の群れに混ざる事ができた。
「それにしても、人多いな」
ウチの近所のバス停は、三方向に向かうバスが来るのだが、朝はものすごい混雑っぷりである。うっかりしてると置いていかれる。
バスは乗降客や道路の混み具合で、時間通りに来ないこともある。ひどい時は、バス三台が同時に来て並列して停まったりして、人波をかき分けて目当てのバスに駆け込む、なんてのは日常的にあることだ。
私は突然思い出した。
一度、三台同時にバスが来た時、私の鼻先でバスの扉が閉まって出発したので、そのバスを必死で追いかけた事があったのを。
しばらく走らされ、ようやくバスが停まったので、それに乗ることができたものの、後方から追いかける私に運転手が気づいていなかったとは到底思えなかった。
女子高生が太ももが丸出しになるのも顧みず、必死で走る姿にサディスティックな喜びを感じていたのだろう。
(こいつ、わざとだ)
私は憎しみを込めて運転手を睨みつけたが、その運転手は、涼しい顔をして言い放った。
「お礼は? わざわざ停まってあげたのに」
私は唇を噛み締めて小声で言った。
「……ありがとうございました」
その時、私は運転手のネームプレートを確認することを怠らなかった。
岩切。忘れねーぜ。