その2 納豆マスター”ふじわらしのぶ”(作者とは同姓同名の別人です)
「私の名前はふじわらしのぶ。人は私を納豆の伝道師と呼ぶ」
「はあ…」
一時間後、僕らは焚き火の前で暖を取っていた。
今いる場所は荒野なのでとても寒い。僕はふじわらしのぶさんから貰ったホットチョコレートを、ふじわらしのぶさんは納豆ご飯とお味噌汁を食べていた。
「あの…さっきも食べていましたよね。納豆ご飯」
僕は素朴な疑問を口にする。
ずずずず…。ふじわらしのぶさんは納豆の入った味噌汁を飲んだ後、答えてくれた。
「あれは戦闘用の納豆食。これは私の趣味だ」
ふじわらしのぶさんはそう言うと食器の後片付けに入る。
納豆を美味しく食べる為には必要不可欠の行為らしい。
「そういえばキジョ―。お前はどうしてここにいるんだ?もしかしてパーティーのメンバーに”よくも俺の女に色目を使ったな!”とか言われて濡れ衣を着せられた挙句、街を追い出されたんじゃないだろうな」
もぐもぐもぐ。ふじわらしのぶさんはまた何か食べている。多分納豆を使った料理だろう。
「ええ、実はそうなんです。デズモンドは疑り深い性格で、ちょっと自分の彼女が他の男子と話をしているだけで浮気をしたとか俺の女にちょっかいを出すなとかもう酷いんですよ」
僕は盛大に息を吐く。パーティーにいた頃はこんな事が毎日続いていたのだ。
ふじわらしのぶさんも腕を組んで考え込んでいる。
「それは…典型的な納豆不足だな。納豆を食べないと人間は怒りっぽくなって猜疑心が強くなるんだ」
うんうん。ふじわらしのぶさんは納得しているようだが僕には全然理解出来ない話だった。
「それでキジョ―は、デルモンテの目の前でヤツの彼女と立ちファックして徹底的に自尊心を破壊してやろうと画策しているのか。この鬼畜め」
ふじわらしのぶさんは僕の腕に肘鉄を入れてきた。
「どんな性癖の人間ですか。僕はデズモンドの誤解だけは解いておきたいなって思っていましてね」
ニヤニヤ。コイツ、絶対に僕で遊んでいるな。
「そして3Pに持ち込むわけか…。このスケベ」
ごすっ!僕はとりあえず命の恩人を殴った。
「この最悪なシチュを克服する良い方法はありませんか?」
「これだな」
ふじわらしのぶさんは納豆を召喚した。
スーパーで百円くらいで売ってる白いパックに入ったヤツだ。
こんな物で強くなれるわけがない。
きっとデズモンドは一流の有名トレーナーの下でトレーニングをして…。
「それは四流の考え方だな、キジョ―。強いヤツ、頭が良いヤツ、カッコイイヤツは全員納豆を食べている。効果は先ほど見た通りだ」
ふじわらしのぶさんは納豆を僕の前に出した。
僕は恐る恐るパックを開ける。
中にはショーユ、カラシの入ったビニール袋。そしてうす茶色の豆粒が入っていた。
うう、この臭いとネバネバの糸が駄目なんだよな。
「逃げるのか。大の男が戦わずして逃げるのか?」
「でもなんか気持ち悪いし…」
僕は修学旅行の朝食でいじめっ子に無理矢理食べさせられた納豆の味を思い出して泣きそうになる。
いじめっ子の唾が入っていて最低の気分だった。
「いいか、キジョ―。この世はお前の為に存在しているわけではない。お前など世の中の大勢の人々にとっては地面に落ちている石ころだ。生きている価値なんて無いんだ」
すっげえ事言うな、このおっさん。
ぼす。
僕はムカついて反射的に殴ったがビクともしない。
脂肪まみれの太鼓腹の下には強靭な腹筋があったのだ。
「キジョ―、怒りを捨てろ。納豆を食え。納豆を食ってこの世のくだらないシガラミを受け入れるのだ。ネバネバする糸で全てを包み込んで、ヌルヌルの糸で喉の奥に流し込んでしまえ。有象無象の理不尽な仕打ちなど納豆臭の前では尻尾を巻いて逃げるに決まっている。なぜなら心の弱いヤツは納豆を食べない」
言いすぎだろ!と思いつつも僕は前世の過去を思い出す。
ワンマン社長、セクハラ教員、親が金持ち医者のいじめっ子たち…。
そうだ、奴らはみんな納豆が嫌いだった!目からウロコとはこの事だ。
「フン。まあお前のような軟弱者はくだらない連中のエサになっている方がお似合いだが、今回は特別だ。弱者脱却のチャンスをくれてやる」
ふじわらしのぶさんは納豆の中にネギの細切りとキムチを入れる。
そして醤油とカラシ、ごま油も入れていた。ぐるぐるぐるぐる。見た目からして拒否反応が出てしまいそうな赤い物体が出来上がる。
「…これは無理です。いくら強くなれても、食べれませんよ」
「いいから食え。それで吐いたら俺は今後二度とお前には関わらんと約束してやる。死ぬほど辛いだけの人生ならいっそ死んでみせろ。欲しい物だって、やりたい事だってたくさんあるんだろ?」
ずいっ!ふじわらしのぶさんはキムチ納豆の入った小鉢を出してくる。
うわっ!僕の嫌いな納豆臭が…、いやそれほど酷くないかな?最後に垂らしたゴマ油の香ばしくて美味しそうな香りが食欲を誘う。
ぐぐぐぐぐぐ。
さらに僕の腹が鳴って追い打ちがかかった。




