プロローグ
「ああ、スイカを2回取りこぼさなければ生ビールが飲めたのに...」
仲田は換金した金を財布に押し込みながら小さくつぶやいた。
パチプロとして30年以上も生業し、50歳を超えた仲田の体は体力だけでなく集中力と瞬発力も大きく低下していた。スイカの滑りに連動してストップボタンを押しに行った指を止めることが難しいのだ。
体力と集中力の低下は年齢とともに養った知力が補っていた。現代のパチプロが食っていくにはネットを駆使し、勝つためのネタを自分で見つけるしかない。近隣のホールを逐一訪れ現場の状況を把握しているので同世代よりは体力に自信はあるが10時間以上の稼働をほぼ毎日していれば足腰腕首の関節は凝り固まってしまう。30年前の様に10時間稼働を10日間続けるだけで20万円稼げる時代とは違うのである。
仲田はホール近くの牛丼屋に向けとぼとぼと国道の横断を開始した。道路の半ばに差し掛かった時、暴走したトラックがブレーキを掛けずに仲田を弾き飛ばした。スロットで「BETボタンを押下 or コインを投入」、「ハンマーを叩く」、「ストップボタンを3個押す」という作業を9000回以上もこなし身体能力が極限まで低下した仲田には防ぐ術はなかった。
パチプロという職業に矜持など一切持っていない仲田はいつも死に方を考えていた。世知辛いパチンコ業界での生活は年々難しくなり、体も不自由になっていく。手に職が無いため転職もできず、国民年金だけでは老後の生活はできない。仲田はトラックにぶつかる直前、不覚にも安堵してその生を閉じた。
死んだはずの仲田は何事もなかったように普通に目覚めた。
そこは背の低い草が生い茂る草原だった。遠くに雪に覆われた標高の高い山脈が見えた。現在の時間がわからないため太陽の位置から東西南北を判別できないのだ。
目を細めて周りを見渡せば遠くに忌まわしいスイカ畑が見えた。食料を得るためスイカ畑に辿り着いた仲田は気を失ってその場に倒れた。
ここは魔の森「ワイルドウッド」と言われ濃密な魔素により普通の人間は魔力酔いで気を失ってしまいいずれ朽ち果ててしまう人外魔境だった。
不思議なことに仲田は朽ち果てることなく何日も持ちこたえ、魔素を少しずつ体内に吸収していった。どうやらこの世界は魔素を体内に取り込むことでもレベルが上がるようだ。レベルは魔素を取り込む以外にも体や能力を鍛えることで上がることを仲田は後に知るのだった。ここは魔物が蔓延り剣と魔法、レベルやスキルが存在する異世界「アルカナリア」に転移したことも仲田は知る術がなかった。
約10年後、魔素を取り込みレベルが350を超えたあたりで仲田の魔力は周囲の魔素を凌駕しおもむろに覚醒した。
状況が飲み込めない仲田はとりあえず畑のスイカを食べ始めるのだった。