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新しい夫婦関係編-5

 クリスマスもこうして無事にすぎ、26日の昼間、自宅に夜出版の編集者・町田がやってきた。


 珍しい事だ。常盤はたまに自宅にやって来る事があるが、町田は家にやってくるのは初めてだったと思う。


 文花はシュトーレンと紅茶を客間のテーブルに置いていく。


「それじゃ、ごゆっくり」

「いえ、文花さんもいてください。ちょっと話があるんです」


 町田に引き止められ、不審に思いながら文花は夫の隣に座る。


「事件の事、聞きました」


 町田は苦々しい顔で小さな声で言う。


「ごめんなさい。僕が合コンを企画したばっかりに」

「なんだ、その事なの。もう朝比奈は死んじゃったし、いいわよ。馬鹿な犯人だけど、その点は感謝しているのよ」


 ニッコリ笑いながら怖い事を言うので、隣にいる夫は顔が青くなって明らかに怖がっていた。


「それで謝りに来たのかい、町田くん」

「ええ。元を辿ると今回僕のせいで奥さんが危険な目にあったようなもので」

「もう、いいのよ? 結果的に邪魔な朝比奈は死んだし、もう気にしてないんだけど」


 文花がそう言っても町田は苦々しい顔を変えなかった。それにこうして町田は謝罪しに来るだから、昼出版の常盤と比べればマシだと思う。浅山ミイと夫の付き合うきっかけを作った常盤からは、今だにその事について一言の謝罪もない。もっとも、浅山ミイも殺されてしまったわけなので、もう過去の事でどうでも良いが。


 少しモジモジとし、町田は何か言いたげに口をモゴモゴとさせている。


「何か言いたい事でもあるのかい、町田くん」

「そうよ、ハッキリ言いなさいよ。私、のらりくらとハッキリ言わない人は苦手よ」


 夫婦揃って言うように促され、町田が渋々とした表情で、話始めた。


「先生、本当に恋愛小説をやめてしまうのですか?」

「そうだよ。前にも言ったじゃないか」


 町田は食いしばった歯を剥き出しにし、涙を堪えているようだった。前に一度みっともない町田の泣き顔を見たことがあるが、今日は辛うじて我慢していいる様だった。


「実はこんなにファンレターが届いています。悪妻の文花さんに負けないで、恋愛小説を書いて欲しいと」


 町田はカバンの中から愛読者カードやファンレター

を取り出して見せた。


「へぇ、悪妻ね。夫が恋愛小説を書くたびに不倫される妻の気持ちはどうでも良いのね」


 こっちこそ泣きそうだったが、文花も奥歯を噛み締めて我慢する。いくら泣いてもこの問題は解決できる事ではないし、ここは薄ら笑いでも見せておこう。文花のわざとらしい笑顔を見て、夫も町田もバツが悪そうだった。


「ごめんよ、文花ちゃん」

「謝らなくていいわよ。もう慣れてるんだから…」


 そうは言っても心はちっとも休まらない。頭の中では夫の愛人たちの顔ばかり思い浮かぶ。結果的に愛人たちは亡くなったり、不幸になっているものが多いが、そう思っても心は晴れない。夫にちょっかいをかけた朝比奈が死んでも実はそんなに嬉しくはなかった。いくら女達が死のうが不幸になろうが、夫の気持ちが返って来なければ意味がない。


 そう思うと泣けてくる。


 絶対夫の前で泣かないと思っていたが、一粒だけポロリと頬に流れてしまった。夫も町田も文花の涙を目の当たりにして、さらに居心地悪そうに肩をすくめた。


「僕、先生の恋愛小説がとても好きだったんですけどね。その為に死ぬほどの思いで勉強して編集者にもなったんです」


 そう語る町田の横顔は少し呆れてもいるようだった。強い執着は感じない。


「そうだったんかい。君は編集者にしてはやたらと熱心すぎるとは思ったが。坂井智香ちゃんの事件の時は缶詰まで熱心にしてくれたしね」

「でも、奥さんの辛い気持ちの上で成り立っている恋愛小説だと思うとちょっと微妙な気持ちになってきました」


 そこまで言わせてしまった事に文花は少し言い過ぎたかもしれないと肩をすくめ、頬に流れた涙を手で拭った。


「そうだよ。なんか、もうさ、妻を傷つける事はしたくないんだよ」

「あなた、本当?」


 少し文花の表情が明るくなった。


「ああ。昼出版の常盤くんもたまに言っているんだけど、誰かを傷つける傑作より誰も傷つけない駄作の方がいいだろうって。僕も最近そう思うようになってきたよ。どうせ僕の小説だって100年は残らない。聖書はすごいよ、3500年以上も残ってるし世界のベストセラーだ。僕は絶対聖書には勝てない。そう思うと、誰も傷つけない駄作を量産しても良いんじゃないかとも思い始めた」

「先生、ずるいですよ。本の中の本の聖書引き合いに出されたら、僕は何も言えませんよ。神様が書いた書物と比べたら小説家全員完敗じゃないですか」


 町田は深くため息をついてお茶を啜り、シュトーレンを器用なことに粉砂糖をこぼさずに食べていた。


「このシュトーレン美味しい。奥さんが作ったんですか?」

「ええ。夫の実家にあるレシピを教えてもらってね。夫に少しでも喜んでほしくてね」


 健気な事も言われ、今度こそ町田は黙りこくってししまった。


「まあ、恋愛小説はやめるけど、他にも色々書いて見ようと思ってるよ」


 町田を励ますように、夫がつとめて明るく言った。


「猫子先生とまた漫画を作ってもいいし、ホラーもいいな。あと、少女小説も」

「え!?」

「本当ですか、先生!」


 その発言には文花も驚いた。なんでも今回の事件を通して、朝比奈の本を読んだり、栗子から話を聞いて甘々なシンデレラストーリーの少女小説を書きたくなったらしい。


「その時は、町田くん。サポートしてくれよ」

「わかりました!」


 町田は大きな声で、笑いながら言った。文花は執筆活動にやる気を見せている夫を見てホッと胸を撫でおろした。


「あなた、頑張ってね」

「ああ、頑張るよ!」


 夫は文花に励まされ、自信たっぷりに胸を張った。




 恋愛小説家を辞めた夫だったが、その代わりにドロドロに甘いシンデレラストーリーの少女小説を書き始め、ミステリ以外にも活動の場所を広げた。


 少女小説執筆中は、文花に服や花を突然プレゼントをしたり、壁ドンをしたり、俺様キャラになったりして少女小説のヒーローの真似事をし、文花をひどく困らせた事はまた別の話。


本編完結です。ご覧頂きまして誠にありがとうございます!

翌日番外編更新にて全編完結になります。


これで綺麗に終わったんじゃないかと思います。

夫もさすがにもう不倫はしないと思います。


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