第二の事件編-6
文花は急いで自宅に帰り、書斎に閉じこもった。
朝比奈の既刊を全て調べる。驚いた事に盗作ギリギリの二番煎じ作家でも既刊が50冊以上あった。筆が早い作家だとも有名で、一年に7、8冊出しているらしい。
ネットで朝比奈の本の感想をざっと登場人物が脅しているシーンがないか検索してみたが、出てこない。
ネット炎上中の朝比奈の本は、軒並みネット書店で売れきれ、入荷未定。ただ電子書籍では既刊が全部されていたので、ダウンロードして読むことにした。
キラキラした少女漫画風の表紙の本を買うのは抵抗があったが仕方がない。ちょうど電子書籍ストアでセール中だったし買ってもよいだろう。
読み始めて30分。
頭が痛くなってくる。
いじめらられていた女子が、ひょんな事から学校で人気の生徒会に入ったり、何故か突然リア充生徒にちやほやされている。
現実離れしすぎている。少女が読めば楽しいだろうが、文花のような全く夢のない生活を送るものにとっては、「ありえない」と言いたくなってしまう。問題の脇役が脅しをするシーンを見つけられるかどうか、自身のメンタルが文花は心配になってきた。
少々迷ったが電子書籍端末とシュトーレンを持って、プレハブに駆け込んだ。
夫は、執筆がひと段落ついたのか、ペットボトルのコーヒーを飲みながら机の前でくつろいでいた。
「なんだい、文花ちゃん。変な顔して」
今日はほとんどメイクしない文花井に心なしか夫はホッとした顔を見せた。浅山ミイそっくりのメイクがよっぽど怖かった事が窺えた。
「ちょっと頼みがあるんだけど良いかしら?」
「文花ちゃんが私を頼ってる…?珍しい事もあるものだ」
夫の顔はなぜかいつもよりニヤけていた。そういえば夫に頼み事をする事はあんまりなかったかもしれない。家にゴキブリが出れば夫泣いてにげまわり、いつも文花が処理していたし、家事全般でも夫に頼った事はなかったと思う。
「シュトーレンあげるからちょっと手伝ってくれな?」
「シュトーレンはいいけど、一体何?」
「朝比奈に少女小説全部読んで欲しいのよ。もう、さっき読みはじめたんだけど、頭痛くて仕方ないわ。脅していたシーン探しているんけどね…」
文花はこうなった経緯を全て夫に説明した。まだ事件調査をしていると呆れられながらも、夫はヘラヘラと笑いながら同意した。なぜか機嫌が良いようだ。シュトーレンが食べられるから?よくわからないが、夫が手伝ってくれるのでそれで良しとしよう。
こうして夜通し、プラハブにこもって二人で朝比奈の小説を読んで、脅しているシーンが無いか探した。
夫は自分のiPad、文花は電子書籍端末を持ち、電子書籍で読んでるいった。
少女小説といっても既存の作品から色々参考にしているのか、意外と文章はぎっしりと詰まっていて、読むだけでも骨が折れた。文花も途中で糖分切れになり、シュトーレンを片手に読み進めた。夫もシュトーレンを食べながら読んでいたが、参考になる表現などをいちいちメモにとっていた。目的はそこではないのだが、今は手伝ってもらっている身なので文句も言えない。
「おぉ、女の人は話を聞いてもらったり、察してもらうのが好きなのか…?」
朝比奈の甘々なシンデレラストーリーを読んだ夫は、目から鱗が落ちたような顔をしていた。
「まあ、人によるんじゃないの? 私はやって欲しい事は察してもらうよりハッキリ自分で言う方が好きよ」
「文花ちゃんはあんまり女っぽく無いからな…。っていうか、本当は中身男なんじゃないか?」
「あなた、それはどういう事?」
そんな冗談を言いながら、朝比奈のあまり面白くはない頭が痛くなってくる少女小説を読み進める。そういえば夫とこんな風に冗談を言うのも久しぶりだった気もする。いつもは文花の殺伐とした嫌味と、それを言い返す夫という会話しかしていなかった。
「壁ドン! 文花ちゃん、大変だ。この本では、ヒロインが壁ドンされてすごく喜んでいるんだが、文花ちゃんも好き?」
「は?」
夫は朝比奈の本を読んで何か感化されたらしい。少女小説の中のヒロインが喜ぶ事も現実の女でもそうなのかと思い始めたようだ。
「あのねぇ、壁ドンなんてよっぽど好きな男じゃないと嬉しくないっていうか、むしろ怖いわね。イケメンでもちょっと嫌よ」
文花がそっけなく言うと、夫はイスに座った文花に覆い被さるように立ち上がった。
「どうよ?」
「まさか、壁ドンのつもり? うん、何とも思わないわね。それより、あなたが不倫を止める方が嬉しいし、さっさとと朝比奈の小説を読んでくれないかしら?」
ついついいつものように冷たく言い返してしまった。夫は明らかにしょんぼりしながら、イスに座り、しばらく黙って朝比奈の小説を読みすすすめていた。
「まさか、このシーン?」
文花も黙って読んでいたが、ついに問題のシーンを見つけた。カトリックの女子校を舞台にした青春ものの少女小説で、タイトルは『マリア様が泣いている』といった。
主人公は冴えないいじめられっ子だが、何故かリア充生徒達が集まる生徒会に入り、学園の謎やトラブルを解決していくストーリーだった。ハイペースで刊行され、既刊は33巻まで出ている。
去年発行された27巻に問題のページがあった。橋本ちゃんが言う通り、全体的にどこかの二番煎じのような話の中で、問題のシーンは浮いていた。細かく描写され、どことなくリアルだ。
学園のいじめっ子である嬢様が、同級生を脅している事を主人公達が解決するエピソードだったが、そのお嬢様の脅しのシーンが細かい。
ヤクザとの援助交際、薬物中毒、万引きをする同級生の弱みをにぎり、言葉巧みに脅していく。これは、朝比奈が脅していた事ではないか?というか、そうとしか思えない。
伊夜、キリコ、安優香はやっぱりこの事で脅されていたんだろう。そして伊夜がヤクザと結婚した理由も察する。脅す朝比奈から元ヤクザが守ってくれたからかもしれない。この脅し方では元ヤクザぐらいでないと勝てないかも知れない。朝比奈に執念深さと極悪さに改めて嫌な気分になる。
「どれどれ、私にも読ませてくれよ」
夫に電子書籍端末を渡す。
「確かにこの描写はちょっと浮いてるな。話全体的に読むとそうでも無いけど、朝比奈佳世ちゃんの作風にしてはここだけ妙にオリジナルティがある…」
夫も文花の意見に同じだった。
「しかもこの本、後書きに学園時代の思い出が書かれているのよね。文芸部にいた優等生の子と仲良くなった…って書いてあるわ。これは安優香の事ね」
島崎と一緒に資料を漁った時は、安優香は文芸部所属と書いてあった事も思い出す。
「安優香が少女小説のゴーストライターやってた可能性はあるかしら?」
そに憶測を夫に聞いてみた。確かに朝比奈は初期はそこそこ個性もある作風だったが、だんだん二番煎じ作風になっていき、近年では盗作ギリギリのような感じにもなっている。
「まあ、言いたく無いけどさ、食えない同業者はゴーストやってる人もいると聞くね…。それに佳世ちゃんは、途中でガラリと作風が変わってるし、筆も異様に早いしね。脅してた友達を使って書かせていた可能性は十分あるな」
それを聞いて文花は一人、考え込んだ。
安優香が朝比奈のゴーストライターをしていたと仮定すると、朝比奈を殺す動機もある。あの脅しの描写も、盗作ギリギリの二番煎じの作風も何かを訴えているようにも思えた。朝比奈の小説を注意深く読むと、主人公の気持ちよりの筆者の言いたい事が伝わってくるようだ。
自分は脅されているし、それで書かされた作品も二番煎じで適当。だから、どうか気づいて。そう訴えている様だ。
残念ながら、それは朝比奈の評判を悪くするだけの結果になったようだ。皮肉なく事に二番煎じでもそこそこ売れてしまった事も安優香を苦しめていたのかもしれない。もっともこれは、証拠のない憶測ではあるが、朝比奈の小説を読んで気づいてしまった。
現在、安優香の行方はわかっていない。その事も益々彼女が犯人である事を示しているようにおもえtならない。
「文花ちゃん? 僕、もう眠いよぉ」
夫がうとうととし始めていた。
気づけばもう十二時を過ぎていた。
新しい見つけた脅しの証拠のようなものを思うと、悲しい気持ちが湧き上がる。犯人は分かったが、あまり嬉しい気持ちになれなかった。




