第二の事件編-5
猫子先生の家政婦の迎えられる。この家政婦は文花や夫の醜聞をよく知っているようで、ちょっとニヤニヤしながらリビングに案内する。
すでに猫子先生、井村、橋本ちゃん、ラッキーさんは集まっていて、文花も笑顔で迎えられた。
「文花さん、久しぶり!」
猫子先生は相変わらず頭に猫耳カチューシャをつけていた。
「文花さん、お久しぶりですよ。先生はお元気ですか?」
井村もそっけなく言っていたが、その表情は笑顔だった。
「文花さん、お久しぶりっす!『愛人探偵』の続き楽しみっす!」
ラッキーさんは頑張って鍛えたのか、前会った時よりも筋肉モリモリになっていた。ラッキーさんは『愛人探偵』のファンで、シリーズ化を誰よりも喜んでくれた読者でもある。
「文花さん、久しぶり!まあ、メールではやり取りしてるけど、全く朝比奈先生は嫌になりますよ!」
橋本ちゃんは髪型は派手なピンク頭のボブだが、気の良い若い娘だ。
こうして少し昔の仲間と会い、文花の目頭は熱くなる。ヲタクな人達ではあるが、なぜがここにUZのみんなといるとホッとした。
そしてわけも分からず、涙が出てきた。進まない事件。朝比奈の死。彼女が死んだことは別に悲しくは無いが、こうして捜査が行き詰まり、真犯人がわからい状況が辛かった。
夫との関係もよくわからない。不倫をしていないだけだ。恋愛小説をやめたようだが、夫婦の関係が修復したわけでもない。今の状況の悪さを思うと、情けなく涙が止まらなかった。
「どうしたっすか、文花さん」
「どうしたのよ、文花さん」
突然、泣き始めた文花にUZのみんなは面くらい、ただ宥めるばかりだった。
「…という事で、事件も夫についても八方塞がりなのよ」
結局文花は、今の状況を全てUZのみんなに話した。
テーブルの上は、ピザやチキン、クラッカー、チーズ、ポテトチップスというパーティーメニューとお酒。ワインやビールを飲みながら、文花は全てを話した。お酒は入った事もあるが、UZのみんなが親身になっているので、ついつい甘えてしまった。忘年会という席を台無しにしてしまった自覚はあるが、話さずにはいられなかった。
「やっぱり朝比奈が犯人よ。私もそう思う」
橋本ちゃんは朝比奈が嫌いなので同意してくれたが、他のメンバーは渋い顔。
特に比較的冷静な井村は冷ややかだった。
「でも、証拠はないんでしょ。そのヤクザもヤク中のキリコって女も捕まっているんだからさ」
「文花さんみたいに呪いのノートで人を殺したかもしれんな、その朝比奈って」
猫子先生は酔っているのか、ちょっとふざけていた。しかし、このふざけた男も文花の恩人のようなものなんlで、強く否定はできない。
「朝比奈って嫌な女も殺されたっすよね。だったら犯人の可能性も下がるっすよね」
珍しくラッキーさんは渋い顔をしてチーズを摘んだ。こんなどんよりとした話題なので、酒は進むが料理はあまり減らなかった。
「朝比奈が脅していた証拠があれば良いんだけどね…」
文花は弱々しくつぶやいてビールで喉を湿らせた。落ち込んではいたがこうして仲間に話し、少し酔っているのか、先程よりは気分が回復してきた。
「証拠ねぇ。何か思いつかない? ラッキーさん?」
井村に振られたラッキーさんは、渋い顔で首を振っていた。
「何か写真、文章のようなものが有れば良いんですけどね」
猫子先生がちょっと呆れたように呟いた。
「そもそも坂井智香の事件の時だって、物証もないのいのによくカンだけで犯人わかりましたよね」
「そうなのよ。浅山ミイや坂井智香の時は運が良かったのかもしれないわぁ」
猫子先生の指摘はもっともで文花は素直に頷く。井村、ラッキーさん、橋本ちゃんはこの話題に少し開き始め、アニメソングを歌いはじめた。
「先生は新作書いてる?」
「それが私が強く文句つけたせいかと思うけど、恋愛小説は書くのやめるって」
「おぉ。けっこう強いな、文花さん」
猫子先生はドン引きしていた。そこまでするか?と言いたげな顔だった。
「でもミステリ作家だけっていうのも勿体ないね。それにミステリでずっと成功するのも未知数じゃないか?」
「そうなのよねぇ。実際『愛人探偵』はあなたのおかげでシリーズ続けられたようなものだし。これからどうなるか」
「まあ、他にもいろんなジャンル書けるといいよね。俺も売れる前はファンタジーやラブコメ、ギャグ、BLとか色々書いてたよ」
「BLまで?」
知らなかった。猫子先生の作品はホラーばかりと思っていた。
「違う名前だけどね!」
ちょっとわざとらしく猫子先生はウィンクした。そう思うとやっぱり恋愛小説をやめさせるべきではなかったのか。夫や常盤などにも強く言いすぎてしまったかもしれない。文花珍しく反省するような気持ちになった。
「何の話してるの〜?」
ちょっと酔っ払ってきた橋本ちゃんがこちらに絡んできた。
「猫子先生って昔BL書いてたんだねっていう話を聞いたの」
「私、それ読んだ事あるよ〜」
橋本ちゃんはお酒を飲んですっかり気分が良くなっていた。頬も少し赤くなり、目尻もかなり下がっている。
「少女小説だけでなく、BLも読んでるの?」
「たまにね。BL出身の少女小説家もいるし。栗子先生は一般ミステリから少女小説家になったから、それは異色だけど」
「朝比奈はどういう経緯で作家になったか知ってる?」
そういえば朝比奈に仕事の状況については、猿真似二番煎じ作家という事しか知らなかった。何しろ興味のない少女小説というジャンルに事でよくわからないのが現状だった。
「最初はネットで書いてた作家だったと思う。デビュー当時はそんなパクリっぽい事はしてなかったと思う。でもカトリックの女子校の青春ものから栗子先生に真似始めた雰囲気が出てきたかな?」
「そうなの?」
最初はまともだった事は初耳だった。
「売れなくて編集部に要求を飲むようになったんだろ。二番煎じ書けって言われたんだな。よくあるパターンだ」
話を聞いていた猫子先生は特に驚いてはいなかった。
「うん、そんな感じだと思う。あ!」
突然橋本ちゃんは大きな声を上げた。橋本ちゃんはそう騒がしいタイプでもないので、文花達は驚く。
橋本ちゃんは驚きでちょっと顔がこわばっていた。
「何?どうしたんだよ、橋本ちゃん」
「そうよ、どうしたの?」
「何かあったんすか?」
「なんですか?」
メンバー達がぞくぞくと橋本ちゃんに詰め寄るように聞く。
「朝比奈先生の小説に女子高生のキャラが脅すシーンがあったの思い出した…」
「え?」
文花は目を見開い橋本ちゃんを見た。
「どの作品だったかは忘れたけど、脇キャラが援助交際や薬物、万引きをネタに脅しているのよね。その描写はリアルで、あんまりパクリっぽくなかったのよね」
「本当? その作品名覚えてない?」
文花は身を乗り出しれ勢いよく聞いた。橋本ちゃんは残念そうに首を振る。
「それにどこかの作品の後書きで高校時代の友達の話も書いていた記憶がある。作家志望の友達もいたとか」
盲点だった。
まさか朝比奈の作品に事件のヒントがあったなんて。
こうしてはいられない。
文花は橋本ちゃんに礼を言って急いで自宅に帰った。
取り残されたUZのメンバーはポカンとした顔で文花の背中を見送った。




