第二の事件編-2
犯行現場の都内某所のビルへ行く途中の電車は空いていた。平日の昼前で、通勤ラッシュは終わっている様だ。
文花と菜摘は揃って電車の座席に座る。
そういえば菜摘とこんな風に外出するのは初めてである。普段、菜摘は趣味や旅行で忙しかった。趣味はおばさん方とギターやピアノなどの音楽演奏らしいが、疫病の影響でなかなか活動出来ないらしい。料理教室も中止中でストレスがたまっていた所で、こうそて文花と事件調査に乗り出す事ができて明らかにワクワクしていた。
「それにしても朝比奈って嫌な女ね。犯人として捕まっている所を想像するとワクワクするわね!」
「そうですねぇ。あの女はわざわざ家に来て挑発して来たんですから。まあ、絶対犯人ですよ」
文花と菜摘は共通の敵・朝比奈が居ることですっかり打ち解けてしまっていた。やはり女の敵は女らしい。朝比奈については、橋本ちゃんの島崎も嫌っている。ハッキリと口にしていないが、栗子もあの様子だと朝比奈に良い感情は持っていないだろう。女に嫌われやすい女である。同情は全くしないが、よくここまで嫌われても図太く生きて来れると思うが、嫌がらせをするほどのファンを抱えている事も驚きである。
「ところで文花さんはクリスマスどうするの?」
「それなんですが、実は朝比奈の作文で学園に裏庭の埋めたタイムカプセルをその日に開けるという記述がありまして、ちょっと行ってみようかと思ってるんです」
「あらぁ、クリスマスなのに。弟は放って置いていいの?」
菜摘はちょっと同情したように言った。てっきり菜摘からは何か文句をつけられると思っていたので拍子抜けしまう。どうせ夫はクリスマスなど忘れているのだ。愛人のところに行かないだけで見今年はまだマシだ。一緒に過ごしたいなどとワガママを言っても仕方は無いし、そんな事より今は事件に方が気になった。
「そういえばうちの弟はシュトーレンが好きだったわね。文花さん、レシピ知ってる?」
「レシピ?」
「うちの母が残したものなんだけど」
「そんなの知りませんよ。初耳です」
文花は身を乗り出すように菜摘に言った。
「じゃあ、レシピ教えてあげるわ」
「今持ってるんですか?」
「レシピのアプリにまとめてあるのよ。便利ねぇ、今って」
菜摘はそこからコピペしたと思われるレシピを文花にメールで送ってくれた。すぐメールを確認してみたが、桃果のレシピよりもスパイスが少なく、レーズンやナッツの分量が多い。こちらの方が夫の好みの味かもしれない。
「弟はこのシュトーレン好きだったから、きっと喜ぶわよ」
「菜摘さんありがとうございます。さっそく作ってみますよ」
そんな事を話していると電車が目的の駅に降り、あのセミナー会場のビルへ向かった。
「どうするの、文花さん」
「清掃員を探してみるわ。その人が、刑事から取り調べを受けているのをみたもの」
文花達は一階から全ての階にトイレを見て周った。四階のトイレで青い制服を着たあの老人を見つけた。藍沢と話していた人物だ。男子トイレにいたが、文花は構わず彼に近づく。菜摘は躊躇って外で待っていた。
「すみません」
「おっと、ここは男子トイレだよ」
清掃員は、文花を見て驚いていた。男子トイレに女が間違って入ってしまって驚いているのだろうか。文花はかまわず、彼に質問をした。
「私、探偵事務所のものなんです。私は下っ端なので名刺は無いんですが、これが上司の名刺で」
文花は向井の名刺を渡した。探偵事務所の仕事をするとき、何かの役に立つかもしれないと2、3枚拝借したものだった。向井はこの事に気づいていないが。
「ちょっとだけ調べている事があるんですが、このビルで事件があった時、不審な人物は見ませんでしたか?」
「不審っていうか、あんたがいたろちょうど、そんなカーキのパーカー着てた。そっくりだよ、あんただ」
「私?」
「非常階段のところで黒いバッグを持って逃げて行くのを見たよ。あんたじゃないのか?」
当日セミナー会場にいたが、非常階段の方には一歩も足を踏み入れていない。黒いバッグも持っていない。
ここで清掃員に自分では無いと主張しても仕方がないだろう。不審な女の特徴を聞き出そう。特に朝比奈ではなかったかどうかが問題だ。
「ぽっちゃり太った女は見なかった?」
「いいや。小柄であんたみたいに痩せた女。メイクもあんたみたいに地味な感じだったよ。っていうか、あんたじゃないのかい?」
「わかった。お仕事中ごめんなさね。ありがとうございました」
文花は頭がを下げて男子トイレをでて、外で待っている菜摘と合流する。
「どうだった? 何かわかった?」
「それが不審者を見たらしいんだけど、どうも朝比奈では無いっぽいのよね」
「何ですって。どういう事よ」
朝比奈が犯人だと思い込んでいた菜摘は納得できない顔をしていた。文花も同じで全くい意味がわからない。
とりあえず他の階のトイレに行き、他の清掃員にも当たってみたが、朝比奈のような女を見たものは居ないようだった。それどころか自分とそっくりの女を見たという意見ばかりだった。
非常階段を菜摘と一緒に降りながら、文花も菜摘も首を傾げていた。
「もしかして、朝比奈が犯人じゃないのかしらね?」
「いいえ、絶対その気持ち悪い少女小説家が犯人でしょ」
菜摘に断言されると、逆に朝比奈犯人説の確信が揺らぐ。
「もしかしたら…。でも、そんな事はないかな…」
頭の中で様々ない憶測が浮かぶ。私怨で朝比奈が犯人だと決めつけていたが、実は違うかもしれない。実行犯ではないのかもしれない。実行犯は脅していたキリコか安優香。安優香は文花のメイクやファッションで変装して、カモフラージュしていたとしたら清掃員達の証言と辻褄は合う。
だとしたら朝比奈はかなり危険な橋を渡っている事になる。脅しはリスクがある行為だ。脅していた坂井智香も結局返り討ちにあい、殺されていた。何か嫌な予感もした。
「何言ってるの、文花さん。次はどこ行くつもり?」
「いえ。まあ、もう一人の容疑者のキリコのメイクスタジオに行ってみましょうか。ここから近いんですよ」
「そこって近いの?なんか怪しいわね、文花さん」
文花と菜摘はビルを出て、メイクスタジオの方の向かった。




