第二の事件編-1
翌日になっても、ネットでの炎上は止まらなかった。
栗子、橋本ちゃん、島崎からも心配にメールが続々と届く。
しかし文花は全くダメージを受けていないので、大丈夫だと返信しておいた。
気になるが島崎からのメールだった。安優香の行方は依然としてわかっていないが、当時の作文コンクールの冊子を入手したらしい。卒業前に書いた在校時の思い出というテーマで、朝比奈が金賞をとったものである。
友達との思い出が感動的に綴られ、タイムカプセルを裏庭に埋めたという描写があるという。しかも12年後のクリスマスイブにみんなでタイムカプセルを埋めるという描写もあり、もう現実にその日が迫っている。その日まで一週間もない。
島崎はこの事を怪しんでいて、このクリスマスイブに朝比奈達が学園に舞い戻って来るのではないかと怪しんでいた。クリスマスイブは学園の礼拝などの行事があり、島崎は調査できないので文花が代わりにこの事を調べて欲しいという事だった。クリスマスイブは礼拝などの行事があり、学園は一般公開され、自由に出入りできるという。
文花はその島崎に提案には、すぐに同意し返事を送った。
確かにあやしい。
作文は朝比奈ではなく、安優香が代筆したものだろうが、友達ではなかった連中がタイムカプセルを埋めたりするだろうか。
事件に関係あるかどうかはわからないが、クリスマスイブに学園に行くことに決めた。
そんな事を考えている時、チャイムがなった。また香保が勧誘に来たのかもしれないと思ったが、夫の姉の菜摘だった。
その顔は怒りで引き攣っていた。
「あなた、炎上しているけどどういう事?」
文花はため息をついて、とりあえず菜摘を家に上げた。
客間に連れて行き、お茶とシュトーレンを出した。これでシュトーレンの在庫は全部切れてしまった。
菜摘は夫の姉だが、目に入れても痛くないほどたった一人の弟を溺愛していた。浅山ミイの事件後、一緒に秋子の料理教室に行ったりして少しは文花との関係が良くなったが、再び逆戻りのようだが。菜摘はガミガミとこの炎上騒ぎはどういう事なのか話し始めた。
そんな風に文句を言いながらもちゃっかりシュトーレン食べている。しかも若干美味しそうに。夫の自分勝手さも血筋だろうかとぼんやり考えながら、お茶を啜る。
「ちょっとあなた、私の話を聞いてる?」
「聞いてますよ。夫の事がすごく溺愛してるって話でしょ」
冷めた口調で言うと、菜摘はさらにイライラし始めた。
「一体どうして殺人事件なんて調べてるのよ。しかもちゃんとアリバイがある少女小説家を疑っているなんて。どういう事よ」
文花は薄ら笑いを浮かべながら、全ての事情を話した。どうせ事情を話しても菜摘の態度は変わらないだろうが、一応説明して置いた。
そんな事を話していると、夫がプレハブからやってきた。
今、自分がやっている事を全て事情が聞かれてしまった。
「本当に事件調査してたのねぇ、本当非常識だわ」
「ああ、もうやめてくれよ。怖い!」
案の定、二人からは事件調査について否定的だった。
「でもこの朝比奈って女、嫌な女ねぇ」
「でしょ。仕事も盗作スレスレの微妙なところですし、何よりとっても気持ち悪い女ですし、既婚者にちょっかいかけてたんですから」
意外にも菜摘は朝比奈について否定的だった。文花は、朝比奈の言動を全部話す。すると、文花の事よりもむしろ朝比奈に怒りを表して始めた。
「絶対朝比奈が犯人ね」
「あら、菜摘さん。さっきまでは、可哀想な少女小説家って言ってませんでしたっけ?」
「それは事情を知らなかったからよ。間違いないわ。アリバイだって脅してる友達同士で口裏を合わせたんでしょ」
その推理は文花がたてていたものと同じだった。文花は顔がニヤニヤとしてくる。朝比奈が殺人犯とし捕まった所を想像すると、一刻も早くとっ捕まえてしまいたいと思う。
夫は女二人がやかましく推理の様なものを披露して、すっかりタジタジで何も言えないようだった。
「でも証拠は無いのよね」
一番の問題点を文花が口にするち、夫はちょっと勝ち誇った様な表情を見せた。
「そうだろう。そもそも朝比奈佳世ちゃんが脅していたっていう証拠はあるかい?」
夫がそう言って、文花達を言いくるめたのに満足していたようだったが、意外にも菜摘は反論した。
「いいえ、こんな性悪な女、絶対に犯人よ! だいたい結婚している男にちょっかい出すなんて、ろくな女じゃない!」
文花は心の中で菜摘に拍手を送った。以前は、不倫される妻の方が悪いとトチ狂った事を口にしていたが、朝比奈の性悪さにさすがにドン引きしたのだろう。
文花はともかく夫は菜摘に頭が上がらないようだ。早くに両親をなくし、学費などの面倒を菜摘に見てもらっていた負い目もあるだろうし、結局押しの強い姉に逆らえない様だ。夫が小心者なのも姉が強すぎる環境で育ったことが要因の一つに思えてならない。
「だったらあなたは誰が犯人だと思ってるの? 報道によると元ヤクザは否認している様よ。それに担当刑事が犯行現場で聞き込みしてるの見たわ」
「そうなの? やっぱり、朝比奈が犯人よ。間違いないでしょ」
菜摘は鼻の穴を膨らませて言い切った。
「というか話を聞いてたら、私も事件を捜査したくなちゃったわ。最近、秋子さんのお料理教室もなくて暇なのよねぇ」
「だったら一緒に調べます?」
「おいおい、勘弁してくれよ。君たち、素人だよ。プロの警察に任せておきなよ…」
夫の弱々しいツッコミなど誰も聞いていなかった。
「その犯行現場が気になるわね。私、行ってみたいわ!」
菜摘は、ワクワクした目を隠せずに言った。
「じゃ、一緒にいきましょうよ。何かわかるかもしれないわ」
「もう勘弁してくれよ。何が起こっても僕は知らないからな」
夫は頭が痛そうに顔を顰めていたが、文花と菜摘はかえって事件捜査にヤル気が出てしまい、一緒に事件現場に出かける事にした。仲が良いとは言えない菜摘とこんな風になるとは。やは共通の敵がいると仲が良くなりやすいのかもしれないと文花は思った。




