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作家の妻炎上編-2

 安優香は高校時代から万引き犯だった。


 おそらくそれをネタに朝比奈は脅して、カンニングた作文を代筆させていたにだろう。


 物証はないが、そう考えると全てが辻褄が合う。

 事件は今の所進展はないが、この事実が分かっただけでも大収穫だった。もしかしたら朝比奈に少女小説も安優香が代筆しているのかもしれない。


 文花は再び、キリコのメイクを申し込んだ。


 もちろん、浅山ミイ風のメイクを教わるのではなく事件調査の為である。あの日のアリバイもキリコの客が関係している。また、キリコも朝比奈に脅されていた可能性が高いのだ。その事も調べなくては。


 翌日、さっそく再びキリコのメイクスタジオに向かった。


 夫はしつこくどこへ行くのかと聞いてきたが、事件調査をしていると馬鹿正直に答えるはずもない。今日も浅山ミイの完コピメイクをすると、夫は幽霊でも見たかのようにビビりそれ以上、言及して来なかったが。


 ただ、家を出ると夫が尾行しているのにすぐに気づいた。なぜ尾行をしているのか全く意味がわからないが、気づかないフリをしてそのままにしておいた。


 メイクスタジオに着くと、キリコだけでなく、朝比奈にもで迎えられた。


 二人とも険しい顔で文花を睨みつけていた。


「ごきげんよう。今日はメイクして貰いに来たわ」


 文花はわざと聖ヒソプ学園風にごきげんようと挨拶をした。二人は余裕ぶった文花の態度にさらにイライラとした表情を見せた。


「どうぞ。今日はどんな死人メイクをします?」


 キリコは負けずに言い返してきた。


 文花は薄ら笑いを浮かべ頷いた。こんな事を言われても夫に不倫される事と比べれば屁のようなものだ。


「じゃあ、今日は伊夜様風でお願いしますよ」


 スタジオの隣にある鏡だらけの楽屋のような部屋に通される。キリコや朝比奈に取り囲まれるように文花は座った。


「今日は何しにきたのよ」


 イライラとした声を隠しきれず、キリコはクレンジングオイルを含ませたコットンで文花の浅山ミイ風にメイクを拭き取った。


「肌だけは綺麗ねぇ。人間何かしら長所はあるのね〜」


 朝比奈は口を尖らせて嫌味を言った。目は笑っていたが、頬や口元は引き攣っている。


「本当、何を嗅ぎ回ってるのよ。安優香から聞いたわ。彼女、クビになるかも知れないって」


 その上、朝比奈は下品に舌打ちをしていた。聖ヒソプ学園は一体何を教育していたのだろうか。下品極まりない。


「あなた、安優香を脅してた?」


 自分の顔に化粧水を塗っているキリコの手が若干邪魔だなあと思いながら、カマをかけた。鏡の中の自分は、浅山ミイ風の完コピメイクが剥がれ、いつものような地味な和風顔が現れた。


 朝比奈は平然としていたが、キリコは少し動揺し、ファンディーションを塗る筆を床に落としていた。


「そうだと辻褄が合うのよねぇ。あなたも脅されてた? 伊夜様も朝比奈さんに脅されてのかしらね? 内容はなんだろうなぁ。たぶん、ヤクザがらみかと思うのよね。女子高生時代から付き合っていて、学校や家族にバラされたくなかったら友達になってて脅したのかな?」


 文花はニコニコしながら、憶測を述べた。伊夜は何で脅されていたかは定かではないが、こう考えると納得出来る。


 キリコは顔を青くして動揺している。ファンデーションを塗る指先が小刻みに震えているではないか。この憶測は当たっているかも知れない。


 一方、朝比奈は太々しい顔を隠さなかった。太い足を組み、文花を睨みつける。今日は伊夜風のブリブリとした格好だったが、ぽっちゃりと太った朝比奈には似合ってないと思う。まだ、文花の真似した地味な格好の方が合ってた気がする。痩せれば良いのにと思うが、それは出来ないらしい。


「何言ってるの? 証拠もない憶測で、変な事言うのは辞めて」

「そうね。確かに証拠はなかったわね」

「わかってるじゃない。それに、私達にはアリバイがあるのよ? 第三者も証言してるんだけど」


 キリコは、着々と文花の肌にファンデーションを塗り、眉毛を書いていく。


 眉毛だけも伊夜とそっくりで、別人のようだった。


「第三者って言ってもキリコさんの客でしょ。どうせ弱味でも握って脅したんじゃないの。あなた、脅すの好きそうですし」


 キリコは再びメイク道具を床におとした。今度はアイペンシルだったが、朝比奈はチッと舌打ちした。


「私の事もあっという間に調べて、尾行も気付いているなんて大したものね。キリコの客一人、弱味を調べて脅す事なんて赤子の手を捻るようなものね。そんな証言のみで成り立つアリバイは硬いかしらね? あはは」


 笑いながら言うと、さらにキリコの顔は青白くなった。朝比奈は特に動揺していなかったが太い腕を組んで、何やらぶつぶつと呟いていた。


 しばらく誰も話さず、メイクが着々と行われた。鏡の中の文花の顔は、死んだ伊夜と似たものが出来上がっていた。アイシャドウが若干濃いめで、アイラインもマスカラもしっかり目だ。伊夜のようなキラキラ企業家女子風の顔になっている。浅山ミイ風のメイクは別人というほど変わらなかったが、伊夜風のメイクはかなり印象が変わった。髪もキリコに巻いて貰った。黒髪なのでそこはあまり似なかったが、茶髪にすればもっと似るだろう。


 こうして見ると憧られ、慕われていた伊夜はあまり個性のない女だと思う。文花はちっとも憧れないと思う。


 朝比奈とキリコは伊夜風のメイクの文花についてすっかり気分が害されたようだった。


「悪趣味なのもほどがあるわ」


 特に朝比奈は、文花の顔を見ながらぶつぶつと呟いた。


「あら、あなただって伊夜様のメイクやファッションをストーカーのよう似せていたじゃない」

「それは…」

「憧れている割には酷い事するのね? 伊夜様も気分悪かったでしょうね、こんなに真似されて」


 なぜか朝比奈は泣きそうに顔を歪めていた。


 思っても見ない反応だった。違和感が残る。太々しい朝比奈なので、てっきり何か言い返すと思った。


「そうよ…。伊夜様は完璧なのに。だんだん完璧じゃ無くなった…」


 あれ?


 やはり強い違和感が残る。


 朝比奈が伊夜を殺された理由は、嫉妬だと思い込んでいたが違うかも知れない。憧れの存在の人間らしい面を目の当たりにして許せなくなって殺した?


 確かに伊夜は美人で頭も良さそうだ。仕事もできるだろう。しかし、所詮人間だ。実際、パートナーは怪しい男であるし、朝比奈が満足する「完璧な伊夜様」をずっと提供できるかどうかは疑問だ。


「もう、帰ってよ!」


 ついに朝比奈は泣き始め、再びキリコにメイクスタジオを追い出された。


 最後に朝比奈に「あんたの事は絶対に許さない!」と呪いのような言葉を吐かれた。

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