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可哀想な女編-4

 香保はこんな風に追い出せたが、夜になっても夫は帰ってこなかった。やはりあんな変な祈りなどは効果がない。改めて人の不幸を食い物にしているカルトだと思う。


 文花は、離れのプレハブの方に勝手に侵入して、何か変化がないか調べた。


 予想通りカップラーメンやチョコレート、ポテトチップスの食べカスが床に散らばっていた。


 文花は舌打ちを打ちながら、ゴミ袋を広げて、床に散らばったゴミを一つ一つ片付けた。


 夫の机のメモや付箋、進行表などを除くと、『愛人探偵』の続編の改稿や新作のミステリの企画を練っているようだった。恋愛小説は本当にやめたようだ。まあ、まだ改稿したり残っている恋愛小説の仕事はあるだろうが、新作を練っている様子はなかった。


 机には毒物や警察組織、犯罪心理学の資料が山積みになっている。その中ブルーの表紙の聖書が置いてあって驚く。新しいミステリの企画では、牧師が出てくるようなのでその資料だろう。


 文花のクリスチャンではないが、聖書は読んだ事はある。不倫などの性的不品行についてかなり否定的だし、文花を傷つける要素が全く無い書物だ。


 パラパラと聖書をめくると偶像崇拝の纏わるところにアンダーラインが引いてあった。聖書では、神様以外の木や石、仔牛の像などを拝む事を偶像崇拝といって禁じているようだ。


 文花はゴミを片付ける手を止めて聖書を読んでいた。なぜか心が惹かれる。


 朝比奈や香保が誰かを拝んで気持ち悪い存在になっていくのがよくわかる気がした。偶像を拝めば拝むほど、偶像と似たような心の無い人間になるそうだ。また、人間が誰かに拝まれたら、同じように心を無くしていくのかもしれない。おとぎ話のような印象が強かった聖書が、なんだかとてもリアリティを感じた。


 付箋が一枚、聖書に挟まっていた。


『朝比奈佳世ちゃんは、誰かを拝みすぎて心をなくしているのかもしれない』

『可哀想な佳世ちゃん』

『佳世ちゃんは心も愛も無いロボットのような女』


 偶然にも夫も朝比奈について文花と似たような印象を持っていたらしい。付箋の文面だけ見れば、やっぱり不倫関係では無いだろう。


 その事については安心するが、何とも言えない寂しさが胸に押し寄せた。朝比奈は気持ち悪い女だが、夫は妹か部下のような気分で接しているのかもしれしれない。人として当然の親切心以上のものは感じ取れない。


 ただ、夫の言葉を通して朝比奈の人間味を失った心も感じ取れて、少し寂しい。猿真似ばかりする女の虚しさみたいなものが伝わってくる。誰かを崇めると、自分を失くすしか無いのかもしれない。それは朝比奈だけでなく、香保もそうだ。


 文花はそっと聖書を閉じて、机の上に戻した。


 ゴミ袋も回収し、家に戻る。夫はまだ帰ってきていない。


 一応夫のために料理を作った。

 秋刀魚を味つけて煮物を作った。


 味見をすると甘辛い味が染みている。悪い出来ではないが、夫は帰ってこなかった。


 きっと朝比奈のそばにいるのだろう。


 泣きも怒りもしなかったが、とっくに捨てたと思っていた寂しいという感情が胸に押し寄せる。


 朝比奈の事を考えると自分まで心がなくなりそうな妙な感覚も覚えた。


 やはり、あの女が犯人だ。


 証拠はないし私怨での決めつけだが、心が無い人間にとって人殺しなんて簡単じゃない?


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