可哀想な女編-2
夫との関係あるも悪い、事件も謎ばかり。そんな鬱々とした気分を抱えている時にチャイムがなった。
一瞬夫が帰ってきたのかもしれないと淡い期待をもったが、違うだろうと思う。宅配便に予定もないので、おそらくあの女だ。誰が来たかはだいたい予想がついた。
「こんにちは! 文花さん!」
近所に住むカルト信者・兎澤香保だった。時々自身が信じるカルトの入信勧誘をアポ無しでやってくる。
香保は、歳が25歳ぐらいだが普段何をしているか知らない。旦那もいるそうだが、その姿は見た事がなかった。ひらひらとしたイエローのレースのワンピースにキャラメル色のコートを着ていた。足元もブーツはちょっと攻撃性を感じさせるほどゴツい。ブリブリとしたファッションの女だが、顔は疲れ切って35歳以上にも見える。ただ、雰囲気はどこか危うく、落ち着きもないので老けた小学生にも見えてしまう。
「何に用かしら?」
「立ち話も何なんで上がらせて下さい!外、寒いです」
香保は大袈裟に寒そうな素振りをした。
文花はここで騒がれるのも面倒くさいと思い、ため息をついた。渋々、香保を家に上げ、客間に連れて行った。
まだ残っている向井のハワイ土産にチョコレートとティーバッグの紅茶を香保に出してやると、ニコニコしながら食べていた。
気持ち悪い女だ。
いつみニコニコしていて何を考えているかわからない。彼女が信仰しているカルト教団「エンジェル万歳教」は、24時間ニコニコとポジティブ思考になれば願いが叶うと教えているらしい。馬鹿馬鹿しいのにも程があるが、香保は律儀に実行しているそうだ。
「ありがとうございます! チョコ美味しい。ああ、尊師様! 感謝いたします!」
香保はカルトの教祖を尊師様と読んでいた。文花は顔を顰めながら、紅茶を啜る。ここはチョコをあげた人間に感謝を向けるべきでは?頓珍漢な感謝をしている香保を見て、馬鹿だなぁと冷静に思った。
「ところ何の用? チョコ食べたらさっさと帰ってくれない?」
「今日は、エンジェル万歳教に文花さんを入信してもらおうと思ってきました!」
「今日もじゃなくて、いつもそうでしょ。あなた、それ以外の用事でここに来た事ある?」
文花の冷静なツッコミも聞かずに、香保はカバンからパンフレットを取り出して文花に渡した。
尊師様と呼ばれるエンジェル万歳教の教祖は、意外にも若い女だった。パンフレットに写真が載っているが、アニメソングを歌っているアイドルのような雰囲気だ。写真だけならそこまで怪しくないが、パンフレットをめくるとポジティブ思考で願いが叶った、尊師様のパワー入りに水やパワーストーンで癌が治っただの怪しさ満載だ。見ていると頭が痛くなってくる。水やパワーストーンも十万円以上し、詐欺の類にしか見えない。こんなのを信じてしまうのは、よっぽどの馬鹿か、不幸な状況で思考力が奪われている人ぐらいだろう。香保はどちらかと言えばよっぽどの馬鹿に見えた。
「興味ないわ。さっさと帰って下さい」
「えー、嫌だ!」
香保は、ブリブリと口を尖らせていた。この女の雰囲気誰かに似ていると思ったが、朝比奈にそっくりである。やっぱり誰かを過剰に崇拝していると、こんな風に気持ち悪くなってしまうのだろうか。朝比奈も伊夜を崇拝して、マリア様も拝んでいるが、人の真似ばかりしていて人間らしさを全く感じられない。
「文花さんは、旦那さんと上手くいっていないんでしょう。私、知ってますよ。旦那さん、最近ずっとプレハブの方にこもってますよね」
「だから何?」
文花は話題が夫の事になったにで、香保をキツく睨みつけた。この様子だと家の周りをこっそりとうかがっているのかもしれない。ストーカーのようだ。しかし、文花も愛人調査で似たような事をした事があるので、香保の事は責められなかった。
「あと、変な気持ち悪い女と歩いているのも見ました!」
「誰?」
香保の話など興味はなかったが、それについては気になった。
「新船橋のイオンモールだったかな? ぶりっ子っぽい変なアラサー女と一緒に歩いてましたよ」
それはおそらく朝比奈の事だろう。どうやら本格的に夫を略奪すると考えているようだ。聞きたくもない知らせを香保から耳にしてしまい、文花はさらに顔を曇らせる。しかし、朝比奈の事を変な女と家ほど香保はまともではない。それどころか同類に見えるが、本人は気づいていないようだ。
「可哀想、文花さんは可哀想!」
「半分笑いながら人に同情するのやめて貰いません? っていうか少し人の不幸を喜んでませんか?」
「そんな事ありませんよぉ。そんな文花さんもエンジェル万歳教に入信すれば、旦那さんの心はすぐ戻ってくるでしょう」
ニヤニヤ笑いながら香保はチョコレートをぽりぽりと咀嚼していた。
「興味ないわねぇ。そんなカルトは必要ないです」
「カルトじゃないですよ。今入信したら、尊師様から特別にホーリー・ネームを貰えますよ!」
「要らないわ」
真顔でハッキリと言うと香保は面食らって口ごもっていた。




