ベテラン少女小説家編-2
広々としたキッチンにエプロンをした文花、滝沢、栗子、そしてレシピを持った桃果という女性がガヤガヤとシュトーレンを作り始めた。
桃果はシェアハウスの大家でもあり、本日のシュトーレンの秘伝のレシピを持つ人物でもある。栗子と同じぐらいの年代の女性で、いかにもキツそうな見た目だったが意外にも朗らかな女性だった。本当はもう一人幸子という女性もシェアハウスの住人でシュトーレン作りに参加したかったそうだが、仕事で来られないそうだった。
レシピを持った桃果の指示の元、レーズンやナッツ、ハーブ類を準備したり、パン種の準備をした。自然と役割分担が出来、桃果が指示して栗子が大まかに作り、文花がフォローしながら滝沢が汚れた食器を洗うという流れでシュトーレンを作られていく。料理は苦手という滝沢は洗い物を任せた方が良いだろう。文花はフォローするかたわら、手順をメモした。あとで夫に作る時に活かそう。夫との仲は再び悪くなってしまったし、医者に血糖値が上がるものを控えるよう言われてはいるが、結局のところやっぱり夫の事しか文花は考えてなく、シュトーレンも夫に作ってあげたいと考えていた。
生地を形成し、ハケでバターを塗り、最終の工程であるオーブンに入れた。あとは焼き上がったものに粉砂糖をかければ完成だ。
「わぁ、出来上がるの楽しみだわ」
汚れた食器しか洗っていない滝沢だったが、目をキラキラさせてオーブンをのぞいていた。
「滝沢さん、そんなオーブンを見つめていたって焼き上がらないわよ」
文花が冷静にツッコミを入れると、おばさま二人がケラケラと笑っていた。
「それにしても真面目に料理しちゃって疲れたわぁ。桃果、焼き上がるまでお茶にでもしない?」
「そうね。疲れた」
おばさま二人は少々大袈裟に疲れたとボヤき、リビングでみんなでお茶にする事になった。
滝沢が紅茶を入れて、リビングのテーブルに人数分置いていく。シュトーレン作りではあまり活躍しなかったのでと言い訳をしながら滝沢は首をすくめていた。
「あら、この紅茶美味しいわ」
文花が滝沢が淹れた紅茶を飲んでつぶやいた。
「そうでしょ。これ、駅前の商店街の輸入食品店で買ったんだけど、美味しいのよね」
栗子も紅茶の匂いを嗅ぎながら飲んでいた。
「安い割に美味しいわよねぇ」
桃果もゆっくりと味わうように紅茶を口に含んでいた。
「そういえば、あの少女小説家の友人が殺されたって事件が話題になってるわね」
続けて桃果が話題を振った。
文花は美味しい紅茶を啜りながら、栗子の様子を覗った。
「ああ、あに朝比奈先生のアレねぇ」
栗子はちょっと苦笑していた。
「朝比奈先生って言うんですか? 何か知ってるんですか?」
文花は何も知らないフリをして隣に座っている栗子に聞いた。滝沢はちょっと呆れたような顔をそている。まだ朝比奈についてしつこく調べているのか?と言いたそうな顔だった。
「朝比奈先生ねぇ。何か私の作品を真似てるっていう噂を聞いたけど。まあ、出版業界なんてそんなものよ。売れれば正義で、売れたものの二番煎じ、劣化コピーが山のように生まれるのよね」
以外にも栗子はサバサバとしていた。
「本当は私はコージーミステリっていうジャンルを書きたいんだけど、なかなか書かせてくれないのよ。本当は少女小説は妥協して、我慢して書いているようなものだから」
少し寂しげにそんな事も言っているので、他のみんながどう反応していいのか困る感じだった。この口ぶりでは栗子は朝比奈について何も思ってなさそうだったが。
「まあ、あの事件も夫が捕まったんでしょう。元ヤクザなんだって」
滝沢は空気を変えるように話題を事件の事に戻した。
「ヤクザが犯人なの?まあ、ヤクザなら人殺しぐらいするかもね」
桃果は決めつけていたが、そうハッキリ言われると文花は納得いかない。
そこへ灰色の猫がニャーニャー鳴きながらやってきた。
「可愛い猫ちゃん!」
文花は猫を見て思わず笑って言ったが、猫は栗子の方へ行き、膝の上に乗った。猫はここが指定席だと言わんばかりの顔をしていてよっぽど栗子に懐いている事が窺える。
「ルカって子なの」
「可愛いですねぇ」
動物はそんな好きな方でもない文花だったが、こうして目の当たりにするとやっぱり可愛いと文花は思う。
「本当にヤクザが犯人なのかしらね?」
栗子は猫の背中を撫でながら、ポツリとつぶやいた。




