殺人事件編-3
キラキラ起業家女子が殺害された事件は、ネット騒がれていた。
1日経った今もネット上では様々な憶測が囁かれ、伊夜のSNSにはファン達のコメントが殺到していた。
文花は書斎に閉じこもり、一日中事件の成り行きを調べていた。本来なら向井の探偵事務所のパートがあったが、また殺人事件が起きた事に向井は興奮し、休んで調査しても良いという。ちょうどクライアントである広瀬の夫の不倫の証拠も抑えられ、向井も機嫌が良かったのも幸いだった。それに探偵事務所でも文花の仕事はそんなになく、あまり仕事も無いのが現状だった。
ネットのニュースによると、犯人は元ヤクザ佐倉直志で逮捕されていた。自宅からは伊夜を恨んでいたノートや手帳が見つかり、動機もあると報道されていた。殺人未遂事件の前科がある事も、犯人である説得力を増していたが、本人は「殺していない、控え室に行ったら妻が刺されていた」と警察に語っていると言う。
文花は直志に何の思い入れも無いが、夫に似てる男が犯人とされることに気分が悪い。ネット民は直志が犯人だと決めつけているが、文花はどうしても納得ができない。確かの状況証拠は揃ってはいるが、妻だったら自宅で殺せばいいわざわざセミナー会場で刺殺するのは、目立つし不自然に感じた。
「ハァ…」
文花はため息をついて朝比奈のブログやSNSを見に行った。
朝比奈のブログでは長文びっしりと伊夜の死についての悲しみが綴られていた。作家だけあって思わず感情移入してしまうほどだ。上手な文だった。
こんな文を友達が死んだ時に書いてブログにアップできるだろうか?
あらかじめ用意していた様な気もしてしまう。
SNSでショックを受けて倒れたなどと呟いているのに、ブログは比喩や詩的表現を交えながら書けるのものか?
しかし、夫はすっかりと朝比奈のSNSでの態度に騙された。心配だからと言って朝比奈の家にまで行ってしまった。
ため息しか出ない。
尾行して不倫の証拠でも抑えようと思ったが、こうもアッサリと夫に手のひらを返されそんな気力も出ない。
しかもネット民は朝比奈のこのブログ記事に感動したなど話題になり、SNSで拡散されてちょっとバズってもいる。バズるとはネットですごく拡散されて話題になる事を指すネット用語だが、この状況を見る限り、朝比奈は伊夜の死で明らかに得している。
ブログが少々バズったお陰でネット書店の朝比奈の作品がゴッソリと在庫切れを起こしていた。電子書籍も売れている様で、ランキングの上位に上がっていた。
さっそく少女小説ファンの橋本ちゃんから怒りのメールが文花の元に届いた。少女小説は普段はよっぽどの事がない限り話題にならないジャンルで、こんな風に売れる事は異例だと言う。
「キラキラ起業家女子の死という話題を逃さず本を売ってるようにも見えて下品だ!」と橋本ちゃんはかなり怒っていた。少女小説ファンが集まる掲示板やSNSを見ると、確かに朝比奈のこの行為が炎上していたが、狭いファン同士の事。
他では全く問題にならず、依然として朝比奈の本はランキング上位にいた。一瞬の事ではあるが、朝比奈は伊夜の死で得をしていた。
ますます怪しい。
確かに朝比奈を疑うだけの確実な証拠はない。直志の方が、どう考えても犯人だ、警察もそう判断している。どれでも文花のカンは「朝比奈が犯人!」と強く訴えていた。
それに夜になったら朝比奈は再びブログに記事をあげていた。
女子校時代の写真と共に、少女小説家らしい美しいポエムの様な長文が綴られていた。
写真は伊夜、朝比奈、それと知らない女が二人写っていた。学校で撮ったものの様で、背景にはマリア像が写っていた。
この写真を見て、文花は引っ掛かりを覚えた。
朝比奈は笑顔だが、伊夜も他の女も微妙な表情を浮かべている。確かに不仲では無さそうだが微妙な写真だ。心なしか背景のマリア像もちょっと悲しんでいる様のも見えた。朝比奈は整形前なのか、あまり伊夜には似ていない。その伊夜も今より少し芋っぽく、田舎のお嬢様という域を出ていない。
誰かわからない女は、キリコと安優香だろうか。若干気が強そうなギャル系が映っている。美人な伊夜と並んでも違和感はない。ただ、朝比奈ともう一人の知らない女はとっても芋っぽい女だ。たった今土から掘られたジャガイモみたいな雰囲気で、教師受けは良いだろうが、憧れる要素は全くない。伊夜も少し嫌がっている様な表情に見えた。
確かにこの四人が友達?
雰囲気が違いすぎると思う。セミナー会場で会った女との証言とも一致する。
朝比奈は、「伊夜は陰キャの自分にも優しくしてくれたマリア様の様な友達だった」と綴ってはいたが、どうも納得がいかない。ファンクラブができるほどの憧れの的のリア充女生徒が、こんな泥まみれのジャガイモみたいな生徒を相手にするだろうか。
いくら伊夜がマリア様の様な女だとそても周りは放っておかないはずだ。それに逆に朝比奈が嫉妬の対象になり得る。嫌がらせを受ける可能性もある。偶然友達になれたとしても長く続く関係に見えない。こんな格差がある友達同士はありえない。何かがおかしい。
文花も学生時代を思い出すが、目立つ女は同じように目立つ友達と居て、取り巻きに囲まれていた。芋臭い隠キャは、似たような隠キャといる。あるいはどこにも属さない。文花はどこにも属さない一匹狼タイプで、クラスの人間関係を一歩引いて見ていたので、余計に朝比奈達が友達に見えなかった。
これは大きな証拠にはなり得ないが、違和感は残る。事件と関係があるかもしれないと思い、ノートにこの違和感も書き込んだ。




