少女小説家編-9
次の日も夫は機嫌が良く、朝ご飯も完食し、元気に取材に出かけてしまった。今日はパートの日でもなく、暇だった。意外と時間のかかるポテトサラダをいっぱい作っても時間が余ってしまった。
朝比奈や伊夜について調べようかとも思ったが、昨日の夫の態度に満足してしまいあまりヤル気も出なかった。嫌な予感は感じてはいるが、夫の態度が軟化してしまった為にエンジンがかからないようだった。
滝沢からがメールが届いた。
たまにメールのやりとりもするようになってしまっていた。不倫女と仲良くなるつもりはなかったが、一応滝沢も謝罪は済ませているし、二度と不倫をする様子も無いので、まあ良いだろう。
今週の土曜日、滝沢のシェアハウスでシュトーレンを作るのだと言う。シェアハウスの面々も始めてのシュトーレン作りで戸惑っているらしい。住民の一人、桃果という女性の実家から秘伝のシュトーレンレシピが見つかり、早速作ろうとしているが、誰か料理好きな人も手伝ってくれると嬉しいと言った内容だった。
土曜日は明後日である。
料理は夫のために頑張っているので、趣味では無いが、秘伝のレシピというのは気になる。どうせ愛人調査も止められているので、是非参加したいと返事を送った。朝比奈に関係あるシェアハウスの住人亜傘栗子の事も気になるが、少し興味は薄れてしまっていた。単純に気晴らしとして行ってもいいだろう。
そんなメールの返事を送信した昼過ぎ、チャイムがなった。こんな時間にアポなしでチャイムを鳴らす人間は、夫の姉の菜摘か、近所のカルト信者ぐらいだろう。カルト信者は文花がいくら入信しないと言ってもしつこく、教団のパンフレットを持ってたまにやって来る。菜摘も最近はあまり来なかったが、アポなしで来る事が多い。宅配を何か頼んだ記憶もなく、菜摘かカルト信者意外は心たりがなかった。
急いで玄関に向かい、扉を開けると予想外の人物がいた。
「こんにちわぁ。文花さん!」
朝比奈佳世が、不気味な薄ら笑いを浮かべてたっていた。
「もちろん、私の事はご存知ですよね」
『愛人探偵』の文庫本を掲げ、不気味なほどにニコニコと歯を剥き出していた。
「何か、用?」
文花は精一杯の冷静さを保ちながら言った。滅多に動じない肝の据わった文花だったが、朝比奈に不意打ちをくらって、表情が強張る。
今日の朝比奈は、伊夜のようなキラキラ女子風にファッションやメイクではなかった。髪は黒く染め、一つに纏めていた。メイクもほとんど塗っていないようで、ほぼスッピンに近い。服もカーキ色のコートに白シャツ、ジーンズにスニカーという文花がよくしている地味な格好だった。以前、夫の不倫がバレて「妻A子さん」と週刊誌に載った時と完全コピーしているメイクやファッションだった。表情も文花がよくしているような薄ら笑いまで真似ている。
この朝比奈の格好や表情だけでも、文花を挑発している事がありありと感じられて、思わず眉間にシワが寄る。居酒屋で「文花さんになりたい」と言った朝比奈のあの台詞は、冗談でがなかったようだ。
愛人調査にやる気が消えかけていた文花のスイッチが、カチリと音を立てて入った。やっぱりこの女は要注意だ。夫が少し改心したからと言って油断は出来そうにない。
「どうぞ、上がって? 泥棒猫ちゃん」
文花は、朝比奈と同じように歯を剥き出して笑った。
「わぁ、嬉しい!お邪魔しますね」
朝比奈が文花の胸の内を知ってか知らずか、さらにニッコリと笑顔を作った。




