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少女小説家編-5

 夫が退院した。


 文花も病院で付き添い、荷物などを一緒に運び、タクシーに乗り込んで一緒に帰った。


 退院できると言って夫は上機嫌でタクシーの座席に座っていた。ケチな夫は滅多にタクシーは乗らない。しかし、文花が今日ぐらいは良いだろうと押し切ると、素直に文花に従った。


「ようやく病院の食事から解放される。あれが意外とストレスだったんだよなぁ」

「それは良かったわね。でも今日から薄味のお粥と漬物メインの和食ですからね」


 そう言うと夫はあからさまに嫌そうな顔をしていた。


「どう思います? 運転主さん。退院した日ぐらい豪華な食事って決まってるでしょ?」


 夫はタクシーの運転主に愚痴っていたが、運転主の方は戸惑うばかりだった。


「お医者さんに血糖値の高い食事は止められているんですよ。普通はヘルシーな食事を作る妻に感謝するものじゃないの? そもそも私の料理をちゃんと食べていれば、こう何度も入院しないわよ。ねえ、運転手さん」


 文花にも話を振られ、運転手はただただ戸惑うばかりだった。


 夫はし食事の事ですっかり機嫌を悪くしていた。ただ、文花も医者に食事を気をつけるよう言われている限り、高カロリーで高血糖のものを食べさせるわけにはいかなかった。クリスマスのシュトーレンを作ろうとも思っていたが、医者には渋い顔をされるだけだった。


「ところで、文花ちゃん。さっそくだけど、今日の夜出かけるから」

「は?」


 意味がわからない。


 退院したばかりなのにこの男は一体何を言っているのか、文花にはわからなかった。


「あなた、退院したばかりなのよ。一体どういう事?」

「いや、ちょっと小説の取材でどうしても行かなくてはならなくて」


 嫌な予感が的中した。


 文花は隣に座る夫の表情をよく観察した。

 頬が少し引き攣り、目が泳いでいる。証拠はないがピンときた。夫は今日の夜、女と会うつもりだろう。


 しかし文花は、わざと止める事も責める事もしなかった。しばらく泳がせて油断させたところで、不倫の証拠を抑えるのも悪くはないだろう。


 ここで変に警戒されても、頭の悪い小細工しそうだ。


「そう。それはよかったわね」

「え?」


 夫は明らかに拍子抜けそていた。てっきり文花に責められるものだと思っていたようだ。この態度を考えても何かやましい事を考えていたのが手に取るようにわかる。


「頑張ってね。私も実は秋子さんのところでやるお料理教室の準備で忙しいのよね」


 それは嘘だった。秋子はミイの事件に巻き込まれた被害者の一人でがあるが、今はすっかり元気となり夫と子供の同居をするための準備で忙しい。そのため、秋子と一緒に開いていた料理教室はしばらくお休みとなっていた。


「そ、そうなんだ」


 気が緩んだ夫は、少しニヤついた顔を見せた。やっぱり疾しい事を考えているのは間違い無いようだった。文花が嘘をついている事も全く気づいていない。


「頑張ってね。朝出版でも若者の恋愛小説書くんでしょ」


 そに話題を出そたら夫は、苦い表情をしていた。


「それなんだが…。まあ、それはいいや」


 ちょうどタクシーが自宅の前につき、一緒に降りた。荷物を自宅に運ぶと、夫は離れのプレハブに直行。


 文花は書斎の窓からプレハブの様子をこっそりと伺いながら、橋本ちゃんからのメールの返事を読んでいた。


『朝比奈センセーは最悪な作家ですよ。盗作ギリギリの二番煎じばっかり。濃い少女小説ファンは評価していない人が多いです。

 それに作家になったのも、女友達が本を出版したから真似してデビューしたかったそうですよ。そんな事を本の後書きで堂々と書いていてちょっと炎上していました。

 亜傘栗子先生の作品をお手本にしているみたいで、固有名詞や話の雰囲気なんかがよく被っています。猿真似ですね。

 もしかして文花さん、また事件について調べているんですか?私は朝比奈センセーについていい印象がないし、犯罪者だとしてもおかしくないですね!』


 橋本ちゃんのメールの文面からは、怒りのようなものが滲んでいた。少なくとも少女小説ファンからは好かれてはいない作家というのがよくわかってきた。


 それに犯罪者でもおかしくないとは。橋本ちゃんの憶測で、特に証拠はないだろうが女友達の真似をしまくり、人の旦那にもちょっかいを出しているような女である。ろくな女ではないはずだ。


 文花はメールを読み終えると、メイクをし始めた。

 今回は少々お疲れの派遣社員風にメイクとファッションに変装しよう。キャリアウーマンほど完璧にメイクをせず、眉毛を太めに描き、わざと肌をテカらせてメイクした。ファンデーションはわざと自分の肌に合わない黄色っぽい色を選び、手抜きメイクっぽく仕上げる。


 服はパンツスーツだったが、アクセサリーもつけず、髪の毛も一つに纏めて、黒縁のメガネをかけた。鏡の中には冴えない派遣社員風のアラサー女出来上がった。


 尾行用のグッズを黒いカバンに入れた。夫がプレハブから出てきたので、尾行を開始した。

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