94 とある日の滞在記録~爛論編①~
ガゼロ、爛論、アラトマがこのステラ島に30日間滞在する事になった。
彼らがやって来た1日目、噂を聞きつけ、仕事を早めに切り上げて帰ってきたお父さまは、詳しい事情を聞いてとても驚いていた。
お父さまはステラ島の顔として対応に追われる事になり、今後の予定を大幅に変更せざるを得なくなっている。
島の人の噂によれば、3人はステラ島国とモナス島国の宿泊施設を交互に宿泊しているらしい。滞在3日目にしてもう馴染んでいるようで、島の人からも特に悪い噂は聞かなかった。
ただ、ステラ島の小さな港は、ぺツィート王国とアンドーラ国の立派な船に占拠されている。申し訳なさそうにステラ島の漁師の船が、その隙間を縫って出入りしている現状であった。そんな小さな不自由が、あちこちで起きていると報告が上がってきている。
そしてその報告は、3日目にして積もってしまった。最も王族である当人たちは、そんな小さな事など気にかけて行動している様子は微塵もない。
お父さまがその小さな不自由の対処に追われ、私の心労がたたる以外は平和なのだから、目を瞑るべきかもしれないけれど――――。
「リコリス様、今日のご予定は?」
1人で朝食を食べていると、リーナに声をかけられた。
「そうね、アカネイラ先生に毎日授業を受ける必要はないって言われたわ。3~7日置きくらいの間隔でも良いそうだから、今日は……」
やる事は山ほどあった。
ユラには私の血を解毒剤の研究用に渡したけれど、肝心のお父さまの血は採血できていなかった。その血を手に入れる為に一芝居打ちたいと思うけれど、お父さまは多忙で声をかけるタイミングが掴めない。
それが、今一番私がやりたい事。
二つ目は、ガゼロ、爛論、アラトマの様子をチェックしておきたいという事だ。今回全てぶっちゃけたとはいえ、まだ彼らとは完全に信頼関係は結べていない。
時間がある時にでも話をして、仲良くなりたいと思っている。
三つ目は、ルカスに手紙を書く事だ。今回の作戦はルカスに全てかかっていると言ってもいい。そのくらいルカスには重要な事を任せてしまった。
ロゼス様の様子も逐一知っておきたいし、ルカスがちゃんと言われた事をしているのかも目を光らせたい。もちろんルカスを信じてはいるけれど、この「思い出の花」は何が起きるか分からない所がある。気が抜けない。
目の前のカップに果実茶が注がれるのを見つめながら、私は答えた。
「今日は爛論と話をしてみようと思うの。その合間にお父さまに声をかけられそうなら、健康診断のためと偽ってでも血を手に入れるわ」
「分かりました。私も出来る限り協力しますね、リコリス様。それと爛論様は、今日この屋敷の部屋を借りたいと申し出がありました」
「部屋を? どうしてかしら?」
「何でも実験したい事があるとかで……」
「もういるの?」
「はい、先程お通ししましたよ」
私は急いで果実茶を飲み干し、パンを口に詰め込んだ。
――――嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。
「今日の朝食も美味しかったわ。ありがとう、リーナ。爛論はどこの部屋に?」
「2階の空き部屋にいらっしゃいます。後でお茶菓子と果実茶をお持ちしますね。大量に買い込みましたので、リコリス様がうっかり食べ過ぎてしまっても、お客様には迷惑がかからないようにしてあります」
リーナがにっこり笑って言った。
言い返す言葉も出ない。胸がズキズキと痛むのは、自業自得だ。
ユラとルカスに全部を打ち明けたその日の夜、私はやけ食いをしてしまった。今まで真面目に頑張ってやってきた事への反動。バッドエンドで心が病んでしまったストレス解消のため。それから、ロゼス様に言葉をかけてあげられなかった事への――――。
そんな諸々の鬱憤を晴らすが如く、私はお客様用にストックしてあったお茶菓子を、自分とアカネイラ先生の二人分だけを残して食べてしまったのだ。
次の日に、他国の王族たちが揃いも揃ってやって来る事など露も知らずに。
「リーナ、もうその事は許して……」
「ふふ、いってらっしゃい」
リーナの笑顔にゴリゴリに精神力を削られながらも、私は2階の階段を上がった。右側の通路の一番奥の部屋をノックする。返事と共にドアが開いた。
「リコリス、貴女でしたか」
「爛論、少しいいかしら?」
「どうぞ」
部屋のドアが古びた音を奏でながら閉まった。
空き部屋はカーテンが閉まっていて薄暗く、物がほとんど置いていなかった。使われていない年季の入ったベッドと机が置いてあるだけの質素振りだった。
「爛論はここで何を?」
爛論の持ち物である四角いケースに目を遣ると、爛論はそのケースを閉じてしまった。けれど、私にはそれが何か分かってしまった。
「まさか爛論……」
「気付いてしまいましたか? これは貴女のために私が一から作ったのですよ?」
「媚薬を?」
「ええ、そうです。前々回、ロゼスには好評でしたから……。今回のロゼスは貴女と出会えなかった事で、きっと入学日には感情は稀薄にしたままやって来るはずです。そのため、ロゼス攻略は難攻不落の城を攻め落とすよりも難しいと思われます」
「そ、それで?」
「そんな貴女を不憫に思い、私がお助けアイテムである媚薬を作ったという訳です」
爛論は全く悪意のないような顔をしてみせた。
――――楽しそうね、爛論は。でもやっぱり、碌な事していなかったわね。
勘は当たっていた。この調子だと他の2人もきっと碌でもない事をしているに違いない。そう思うと、またゴリゴリに精神力が削られていく。
「それは副作用とか効能とか大丈夫かしら?」
「それを今から貴女で試したいのですが……」
「へ?」
腹の底から情けない声が出る。
私は今、選択肢を迫られてる? もし副作用などが出たらどうするのかしら? ロゼスはいないのに……。
疑問を投げかけるような視線を爛論に向けても、爛論は妖しく笑うだけだった。
――――この策士。
「爛論は知っているわよね? 私は前々回貴方と契約した後に媚薬を飲んだのだから」
「ええ、それはもちろん。まあ、知らない振りはしていましたが」
「……もし前回みたいになったらどうするつもり?」
じりじりと追い詰められながらも、私は爛論に言い返した。
「……今ステラ島とモナス島国の双子島には、各国の支配者一族が集まっています」
追い詰められているのは精神だけではなく、物理的にもそうだった。
爛論は笑顔でどんどん私に近付いて来る。それが怖くて私は少しずつ後退していた。
けれど、部屋の壁まで後退された私にはもう行き場がない。そんな私の耳元まで爛論は顔を近付けてきてこう言った。
「選り取り見取りですよ、この際ロゼスだけに拘る必要はないのでは?」
それは悪魔の囁きに聞こえた。
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