93 アカネイラ先生とユラ
視点が変わります。
先程までは穏やかな気候だったが、段々と風が強くなってきた。雲の流れが速く、先程から太陽を何度も隠している。地上でも同じように風は吹き荒れていた。木々や草が擦れる音がすると、海から潮の香りが運ばれてくる。
この様な光景は、ステラ島では珍しい事だった。
白雪の節から蒼天の節、雷雨の節、寂風の節と季節は移り変わり、また白雪の節へと巡る。今は蒼天の節。本来なら穏やかな季節である。
広場にはまるで風の勢いにも勝る烈風が吹いてた。
そんな中で、先程のリコリスの姿を思い浮かべてユラはふっと笑った。
「アカネイラさん、今の見ましたか? 可愛いですね、リコリスは。兎のように逃げていってしまいました」
「ユラ殿下……あんまり虐めないでやってくれないか? 私の可愛い教え子なんだから」
ユラの性格を見透かしてアカネイラは言った。
土くれや砂を払いゆっくり起き上がる。剣を拾い腰ベルトに引っ掛けると、姿勢を正しユラを見た。
「焦る必要はないと思うが」
「そうですか? 昨日のリコリスの話も今日の爛論さんの話も、全てがリコリスの視点から見た情報でした。やり直す前の僕が何を思い何を考えていたかなんて事は、推測でしか言えません。だから、今の僕はもう後れをとりたくないんです。一緒に肩を並べて歩きたいから」
「ユラ殿下は敏い子だ。3年間もあれば、リコリスと信頼関係でも絆でも何でも結べよう。ただ恋愛ばかりは……」
そう言いかけて、アカネイラはこれ以上言うのをやめた。
子供という程子供ではなく、大人という程大人でもない。そんな歳だからこそ、そんな表情が出来るのだと思った。ユラの表情は、天井や諦めなどを知らない無限の可能性を秘めている。
「美形が本気を出すと怖いな」
アカネイラは呟いた。
ユラは凛とした佇まいで、強風にさらされようとも散らない花のように美しく、また雑草のような逞しさもあった。揺さぶられず、動じない。何ならこの強風さえ力として飲み込もうとする気迫が感じられる。
末恐ろしいとアカネイラは思った。
「そう言えば、ステラ島は風が強いですね」
「いや、今日の風の吹き方は珍しい。今は蒼天の節だから、本来穏やかな気候のはずだ。海風なら普段も吹くが、今日の風は特別に強い」
「風って白色だったんですね。初めて見ました、あんな風」
アカネイラはユラを凝視した。敏いとは思っていたが、この風の異常さに気付いていたかと思いながら、アカネイラは言った。
「あれは…………風じゃない」
「え?」
「風は無色だ。先程から時折この場所に白い突風が吹くが、あれは風じゃない」
「だったら何ですか? あれは」
ユラの目は面白い答えを期待している目だった。
アカネイラが答えを言うのは容易かったが、それを言ってもいいものなのか迷っていた。言えばユラを焦らせてしまうのは明白だ。
「どちらの肩も持ちたくはないんだがな……」
思わず本音がこぼれる。
頭を使う事は苦手だと思いながら、獣が唸るような可愛げもない声でアカネイラは唸った。そんなアカネイラを見たユラは「答えたくなければ答えなくていいです」と断った。
「ユラ殿下は、お優しい。その優しさに免じて、ヒントを教えよう」
「ヒントですか……」
「ああ、昔話のついでにな」
ユラとアカネイラは、屋敷に向かう道から外れた細道を選び歩いた。
その道は人があまり通らない道で、大きさが違う石がたくさん転がっていた。
歩く度にザッザッと音がし、また耳元では轟々と風の音が耳を満たす。
そんな状況でも、アカネイラの声は良く響いた。
「昔、私が聖教王都学園の生徒だった頃、同じ特別級の生徒の中に天才がいた。その天才は執念の風を使っていた。分かりやすく言うと、器用に風を使った。学園の先生でも風をそのように使いこなす事なんて出来なかったくらいだからな。皆そいつを尊敬していた」
「風ですか……。僕も使えるでしょうか」
「称号を手に入れるよりも、風を使いこなす方が簡単だ」
「その執念の風は?」
アカネイラは静かに首を振った。
「あれは出来る出来ないの次元じゃない。風で自分と同じ姿の人形を作り、それを操り、話す事まで可能の――――特別な風だ」
「あの白い風もそれと同じと言いたいのですか?」
「いずれ、な。今は人形ではないが、完成するのも時間の問題だ。今は話を盗み聞くだけだが、その内話せるようになる」
「そんな風を一体誰が使って――――」
ユラは笑みを引っ込めてその場で立ち止まった。隣を歩いていたアカネイラはユラが立ち止まった事にも気付かずに、先を歩いていく。
アカネイラのヒントに気付いたユラは、アカネイラを追い越し向き合った。睨み付けるような目をしてユラは睨んでいるのを見て、アカネイラはぎょっとした。
「どうしてその人がわざわざ僕たちを観察しに来るのですか? 確かに昨日その人を探しに行きましたけど、ルカス様に任せて僕たちは隠れて見ていただけです。興味を引くような事は何もしていな……。狙いはリコリス?」
「ユラ殿下……」
「……目が合っただけで? 意味が分かりません」
分かりませんよ、ロゼス様――――。
心の中でユラは繰り返した。
ユラはずっと自分と似た境遇のロゼスに同情や憐憫、親近感にも似た感情を抱いていた。だから2人で1つしかないものを争うなど夢にも思っていなかった。
その可能性となる火種が今ここにあると気付いて、ユラの心の中は酷く混沌とした。
「この世には言葉で説明が付かない事象が度々起きる。特に感情は厄介だ。恋愛だって感情でするものだぞ」
アカネイラはユラを諭したが、それに対する返事はなかった。
ユラはずいぶん長い事押し黙り、それからやっと口を開いたが内容は色恋や浮ついた話ではなかった。
「アカネイラさん。いいえ、アカネイラ先生。僕にも風の使い方を教えてください。解毒剤を作る合間に、僕の指導もお願いします」
「王族にもいるだろう? 優秀な騎士が……。私は礼儀知すらずな野良騎士だ。貴族の相手ならまだしも殿下となると……。そもそも、今でさえ私は失礼極まりない態度だぞ?」
「むしろその方が良いです」
決めた事は絶対に曲げないユラの信念を目の当たりにして、アカネイラは頭をポリポリとかいた。
失礼ついでに面倒だと足蹴にしても良かったが、青臭い若者達の未来を間近で見る方が楽しそうだと考えた。
大きな口を弦のようにしならせると、「協力しよう」と言った。
ユラもその言葉を聞いて納得した。2人は歩き出し、細道の先へと進んでいく。
細道の先は屋敷の裏側へと続いている。屋敷の裏側は雑草が生えているが、もう少し奥へ行くと崖がある。その下は崖をめがけて幾度となく波が押し寄せ、波しぶきを散らしている壮観の景色が広がっている。
その崖の上、雑草に覆われているその場所で、今からアカネイラはユラに指導する事にした。
「ところでユラ殿下は、昨日初めてリコリスに会ったのに、どうしてそこまで執着……じゃなくて愛情を?」
「アカネイラ先生には秘密です。僕にも、言葉で説明が付かない事象が起きただけですから」
か、可愛くねぇ……。
喉まで出かかるも、アカネイラはそれを飲み込む。
リコリスをめぐる三角関係の図式を頭に描きながら、これからもっと入り乱れるだろうと予測する。
リコリスが不憫になったがそれも一瞬の事だった。
「青いな」
アカネイラは空を仰ぎ見ると、流れゆく雲に若者たちの今後の行く末を重ねた。
読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークして下さいね。広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。




