88 大集合①
――――次の日の早朝。
リーナを含め、屋敷の使用人がバタバタしていた。
「リーナ、そんなに慌ててどうしたの?」
「リコリス様、後で説明します!」
そう一言だけ言い終わるや否や、もうどこかへ消えてしまった。
用意された朝食を見ても、彼女が忙しいと分かる。
いつもなら焼き加減の丁度いいパンが、今日に限ってだいぶ焦げていた。パンに塗るバターも用意されていなかった。他にもいつもと違う事がテーブルの上で起きていたけれど、私はリーナにそれを知らせる事なく、自分で用意する事にした。
バター付きのパンを頬張りながら、視界を忙しなく動くリーナを見遣る。普段は仕事を完璧にこなし気遣いが出来るリーナが、私の横を溜め息を吐きながら走り回っていた。
「リーナ、私も手伝うわ」
「ギルツァ様がご不在の今日に限って、お客様が……。それもどういう訳か……ああ、どうしましょう」
私の質問にも上手く答えれない程、リーナは慌てふためいていた。珍しい。
パニックになりながらも手を休めないリーナを離れたところから見ていると、訪問を知らせるベルが鳴った。
朝の澄んだ空気に耳障りの良い音が響く。同時に、バタついていた使用人が顔を真っ青にして固まった。
私は大急ぎでパンを口に放り込むと、噛み終わるまで待ってから席を離れる。
「私が出るわ。アカネイラ先生だと思うから」
「あ、すみません……。リコリス様」
「こんな時くらい気にしないで、私に任せて。それと、後で応接室へ来てくれるかしら。アカネイラ先生とリーナに話したい事があるの」
「…………私もリコリス様にお話したい事があるので、後から伺います……。果実茶と……いえ、美味しい果実茶をお持ちします」
「? ありがとう」
いつもなら、リーナは果実茶とお茶菓子を持ってくる。リーナの言葉にお茶菓子がなかった事を不思議に思いながら、私は豪奢な玄関扉を開けた。
「アカネイ……………………え?」
視覚情報を受け入れるのに6秒かかる。フリーズしてしまった身体を動かすまでは9秒かかった。
「えっと」
思考がまとまる時間は永遠に来ないだろうと悟る。
そっとドアを閉めようとしたけれど、そのドアの隙間に黒色の高そうな靴が挟まった。
「どうして閉めるんだ?」
「おかしいですね。今日訪れる旨は伝えてあるはずですが……」
「ずっと船の上だったから、疲れちゃった。早く寛ぎたいなぁ」
「おい、爛論。この女、ずっと動かないぞ? 大丈夫か?」
「この女、ではありませんよ。リコリスです。昨日から何度も説明したでしょう?」
それからも見知った顔よりも少しだけ幼い3人は、話を続けた。けれど、キャパオーバーになった私は倒れてしまった。それはそれは漫画のように派手に。
想像以上の出来事が起こったりすると、本当に面白い程大げさなに倒れるのだと思った。頭が地面に付く一瞬の間に、私はそんな事を考えていた。
◇◇ ◇◇
「あ……」
目が覚めた。ぼやけた視界に最初に映ったのは、天井にぶら下がっている豪華なシャンデリアだった。それから、私を覗き込むたくさんの見慣れた顔。
「やっぱり夢じゃなかったのね……」
ソファに横たわっていた私は、ゆっくりと上半身を起こした。ガゼロ、爛論、アラトマの顔を交互に見ながら。視線を後方に向けると、リーナ、アカネイラ先生、ユラもいた。
ゲームは3年後に始まるといういのに、もう役者が揃っているわ。どういう事かしら。
頭をフル稼働させながら、鳥肌が立つ腕を摩る。
「リーナが朝から忙しそうにしていたのは、ガゼロ……様たちが来るからだったの?」
「ええ。手紙が届いたのが夜明けだったので、準備が出来ておりませんでした。お茶菓子の準備も間に合わず……申し訳ありません」
「気を遣わなくても大丈夫ですよ。私も随分と急いでいたので、無理を言ってすみません」
爛論がリーナにそう言うと、リーナに少しだけ笑顔が戻った。
「そろそろ話を聞かせてもらおうか。私は家庭教師として呼ばれたんだ。書面にサインをしたからには、リコリスを指導しなくてはいけない。時間が惜しいからね」
アカネイラ先生の鶴の一声で、場は引き締まった。皆おもむろにソファに座り、聞く体勢にはいる。
最初に口を開いたのは爛論だった。
「私はリコリス・オーレア嬢が過去をやり直している事を知っています。ガゼロとアンドーラ国のアラトマには昨日会う機会があり話をしましたが、その反応から察するに、モナス島国の王子も事情を知っていますね」
「はい、リコリスから昨日聞きました」
「そうですか。では、アカネイラ先生とリーナさんに向けてお話しましょう」
そんな言葉から始まった。
爛論は私の身に起きた出来事を一つずつ説明していく。私が補足する必要がないくらい過去のやり直しを知っていた。始まりの国の事も、毒の事も、大戦争を止めようとしている事も、その他の事も。
それを聞いて総てに合点がいった。今まで感じていた違和感が払拭されていく。
前回の最後、爛論は『…………ガゼロ。リコリスの首にチョーカーを付けてください』と言っていた。その通りにするとロゼスがどうなるかを知っていて、あんな発言をしたのだと理解した。思惑通り、ほとんど称号に意志を踏み付けられていたロゼスは、最後のあがきで嫉妬心を燃やして世界を滅ぼした。称号に滅ぼされるか、ロゼスに滅ぼされるか、その程度の差の結末だったけれど。
――――それにしても、爛論はどうやって私が過去をやり直している事を知ったのかしら?
爛論の話に耳を傾けながら、私はそんな事を考えていた。
「……という訳です」
一通り説明が終わる。
部屋の中が一瞬だけ静かになった後、すぐに賑やかになった。反応はそれぞれだったけれど、今日初めて会った者同士が同じ話題で盛り上がっている。そんな光景を私は一歩下がったところで見ていた。
「……私がいつ貴女のやり直しに気付いたか分かりますか?」
左隣に座っている爛論がそう聞いてきた。
「分からないわ……。爛論はいつ私が過去をやり直している事を知ったのかしら?」
「それは手を出せば分かります」
「手を?」
差し出した私の手が爛論の手と重なる。何事だろうと思い爛論の顔を確認すると、じんとする熱さが身体を駆け巡った。そこで私は思い出した。
「私、前々回に爛論と契約を結んだわ!」
「ええ、媚薬を渡した後、空き教室に移動して2人で話をしましたね。私の称号はその時から今までの事を全て記録していますよ。貴女に起きた事は全て」
少し間違えるとストーカーのような発言になると思いながら、私は頷いた。
「爛論の称号の力は、契約した人の情報が知れるという事かしら?」
「……大体そんな感じです。私の称号は記憶力が良い。過去だろうと未来だろうと、その人が辿った道を追いかけて記憶しますから」
「さすが抜かりないわね。でも、心強いわ」
爛論が動いてくれた事で、3年後に向けて足場が固まっていく。ヤンデレ仲間が頼もしい。
「でも、欲を言えばもっと早くこの事を教えて欲しかったわ」
「私も情報を集めたかったですからね。それに、苦痛に顔を歪め涙する貴女も、毒々しい顔をしている貴女も、見ていて楽しかったですし」
不気味に笑いながら、爛論は私の耳元まで顔を近付けてくる。
「もうやり直しは今回限りにしましょう。今回でロゼスと幸せな最後を迎えて下さいよ? 出来なければ、私が貴女を諸々の対価としてもらい受けますからね」
そんな言葉を投げかけられた私は、目を瞬かせた。
爛論ってこんな性格だったかしら。悪い冗談だわ。
「爛論はガゼロの事が好きなのだと思っていたけれど?」
私の右隣に座っているガゼロに聞かれないように、爛論の耳元でこっそり話す。
「それは忠誠だと気付きました。今私の愛情を捧げたい人は貴女ですよ」
「そう…………ってええ?」
ああ、何かが変わってきている。ユラといい、爛論といい……。
「爛論、お前がそんな嬉しそうな顔をして話す女がいるとはな」
爛論の方を向いて座っていた私は、背後からの声に反応して振り返った。ガゼロの鋭い目にジロリと睨み付けられる。
まるで懐く前の野獣だわ。でも、全然怖くない。
初めて会った時の事を思い出しながら、私はガゼロの目を見つめた。
「ガゼロも良かったら、リコリスと話してみてはどうですか?」
「そうだな、おいお前。俺にも話せ」
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