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7 ペテロ帝国の騎士と花紅柳緑(かこうりゅうりょく)の王との出会い③

第一章の物語はゆっくり単調に進みます。

騎士の後姿が見えなくなっても、私はその先を見つめていた。


騎士は最後まで顔を隠したままだった。私にもこんな黒い感情あるのだと気付かせたその騎士は、最後まで謝る事もしない。

心の底に溜まっていく行き場のない怒りに、私は仕方なくそっと蓋をした。


「あの騎士の名前は、ルカス・ジュ・エネフィラ様。ペテロ帝国の皇子であるロゼス様を守る、特別騎士です」


ユラ・フィラ様は、少しだけ騎士の素性を教えてくれた。その時初めて、最高位を表す言葉が「ジュ」である事を確信した。


欲を言えばもっと騎士の事を知りたかったけれど、今は出来事イベントに集中する事にしよう。


「……ロゼス様もここに?」


「はい、でも途中で撒かれてしまって……。探している所です。だから皆、ピリピリしていたでしょう?」


そう言うと、ユラ・フィラ様は私の腕をそっと持ち上げた。


「痕にならないと良いけど……。はい、これ使って」


ユラ・フィラ様は堅苦しい言葉遣いから、友達に話すような言葉遣いになった。年相応の子供の顔に戻ったユラ・フィラ様は、何だかとっても気さくな方に見える。


手渡された塗り薬は上品な木の入れ物に入れられていて、蓋を開けるとモナスベリーの香りが漂ってきた。


「僕が調合したんだ。でも、回復魔法よりも良く効くし、痛みも和らぐよ。しかも、モナスベリー入り」


「本当に良い匂いだわ。私、モナスベリーが大好きなのよ。ありがとう、ユラ・フィラ様」


――――あれ、私もしかして笑えているのかしら? 先程まであんなに怒っていたのに?


自分の変化にふと気付いて酷く驚いたけれど、それだけユラ・フィラ様の纏う雰囲気が心地良いからだろう。花の咲くような笑顔は、私の暗澹あんたんたる気持ちを吹き飛ばしてくれる。


人差し指に適量の薬を付けて、手首に塗った。


「あ、冷た……」


ひんやりしてスース―するわ。


塗り薬は、身体の熱や感情の熱を程よく冷まさせて、痛みを和らげていく。私の頭もすっきりした。即効性の効き目に感動してしまった。


「ユラ・フィラ様。塗り薬ありがとうございました」


塗り薬をお返ししようとすると、ユラ・フィラ様に断られてしまった。「貰って」とだけ言うと、少し離れたところにいる兵士の方へ行ってしまった。


その横顔を目の端に入れて、塗り薬を胸元に仕舞う。


「やっぱり違うわ……」


3年後と今のユラ・フィラ様の横顔が一致しないと思いながら、その場に立ち尽くして思案した。


ゲームが始まる3年後のユラ・フィラ様は、何もかも諦めたような暗い目をしてリコリスの目の前に現れる。先程のような笑顔も雰囲気も全く、むしろ儚げな姿をしていた。儚いながらも花のような美しさがあり、枯れても花なのだと思った覚えがある。


「何をどうしたら、あんなに変わってしまうのかしら……?」


私が目指すのは、悲劇や大戦争を回避して青春を謳歌し、好きな人と幸せになる事、すなわち欲張りな大団円ルートだ。ユラ・フィラ様には破滅に向かって欲しくない。出来る事なら友達か仲間として絆を結びたいと思っている。


原因は何? そう言えば、ユラ・フィラ様について、私は何も知らないわ。まぁ、それもそっか……。



前世の私が中学生の頃、睡眠時間を削って3日程やり込んだ時に迎えた終幕エンディングは、普通の終幕(ノーマルエンディング)だった。


誰とも結ばれる事なく、ただただ真面目に聖教王都学園で過ごし、好成績を残して2年間を終えた。学生時代の私とそっくりな主人公が、その時は凄く誇らしかった。


『真面目か!』


友達にそう指摘され、素直に喜んだ記憶がある。


優秀な成績を収める事がこのゲームの主旨だと勘違いして、リアルだけでなくゲームの世界でも真面目に勉強した。それでも初めてのゲームは私の心を揺さぶり、その興奮を友達と分かち合えた事がとても嬉しかった。心の奥に残る程に……。


そんな理由で、私は主要キャラクターの事は上辺だけしか知らなかった。


それから48歳の時に中古品を買い、今度は主要人物を攻略するという目的を持ってやり込んだ。その時初めて攻略する楽しさを覚え、年甲斐もなく私は毎日はしゃいでいた。

幾つになっても乙女心は持てるのだとその時に知った。私生活では枯渇していた乙女心は、ゲーム画面を開けば沸き上がる程潤い、ときめいた。


でも、それだけではゲームは攻略できなかったのだ。


若い子の「やり込み」の意味は、睡眠時間を削って効率よく一枚絵スチル回収、数種類にも及ぶ終幕エンディング制覇だろう。48歳の真世(前世の私)の「やり込み」は、空いた時間にぼちぼち、恣意的な判断で選択肢を選び、老眼の目を休ませながら「あーでもない、こーでもない」と言いながらやる事を「やり込み」と呼んでいる。


今までろくにゲームをしてこなかった私が、若い子みたいに効率よく進められる訳がなかった。集中出来る時間も、若い頃とは違い短くなっている。自分が思ってもいない事を選択肢で選ぶのは気が引ける、という意固地さもあった。


その事も後押しして、私はさらに終幕エンディング制覇から遠ざかった。結果、隠しキャラの攻略しか出来なかったという大惨敗の結果に終わった。


それでも私がインターネットで攻略方法を検索しなかったのは、自分のポリシーに反する事はしたくなかったからだ。子育ても終わっているから時間ならあった。自分の力で攻略したかった。その過程が楽しみだった。


そういう理由で、私は攻略対象者の出来事イベントに露ほども詳しくない。


けれど、今回はそんな結末にはしたくはないという気持ちが強く根底にある。これは私の第2の人生の物語であり、何より「命」がかかっているのだ。

その為に私が起こせる行動は、考えるまでもなくたくさんあるはず。


私は、兵士に指示をし終えたユラ・フィラ様のもとへ近付いた。


「ユラ・フィラ様。名乗り遅れましたが、私の名前は、リコリス・オーレアと申します。今から言う事は、私の独り言なのですが、覚えていて下さると嬉しいです」


私の言葉にユラ・フィラ様は大きく目を見開いた。その後頷いて「分かりました」と言った。


「月兎の刻997年、つまり3年後に、私は聖教王都学園の特別級に入学します。その時にまた、ユラ・フィラ様とお会いするはずです。それをとても楽しみにしていますね。もし、入学前の3年間に、環境が変わったり、酷く嫌な出来事に心を打ちのめされても、私はユラ・フィラ様の味方だという事を覚えておいてください。私、この世界の事について、真面目に勉強します。誰かを守れるくらい強くなります。私は、皆に幸せになってもらいたいから。だから――――」


綺麗事かもしれない。心に響かない言葉かもしれない。


主要キャラクターの幸せな終幕(ハッピーエンド)さえ迎えられない私の悪あがきかもしれない。けれど、努力は惜しみたくない。


「これを、どうぞ」


私は、先程お父さまに買ってもらった花の付いた髪飾りを、ユラ・フィラ様に渡した。


「もし、心が折れそうになったら、これを見て立ち直ってください。決して腐らないでください。私は絶対に千年に一度の大戦争を回避してみせますから」


私の熱の籠った言葉に、ユラ・フィラ様はきょとんとした顔で私を見た。


「今は意味が分からなくても、その内分かる時が来るはずです。その時に私の言葉を思い出してくれたら……」


髪飾りを持っているユラ・フィラ様の掌を包み込むように、優しく握りしめた。すると、ユラ・フィラ様の顔が赤くなる。


その真っ赤な顔を見て大胆な事をしてしまったのだと気付き、私は思わず手を離した。私の顔もユラ・フィラ様に負けないくらい、熟れたモナスベリーのようになっていたかもしれない。


「ユラ・フィラ様にとって良き日になりますように。失礼します」


「あ、リコリス……」


私は逃げるようにその場を離れた。


この事が吉と出るか凶と出るか分かるのは、まだ先の事だった。

読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークや広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。

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