63 ロゼスとトラと訪問者①
視点が変わります。
リコリスの背中を見送ると、置物であるトラはロゼスのベッドへと向かった。置物であるがゆえに、ゆっくりとしか移動出来ないトラの表情は、どんな時でも変わらない。話す時ももちろん口は動かない。移動している今も足は動いていなかった。
置物の内部から聞こえてくる声は、嗄れ声。
トラの仕組みを理解するのには膨大な知識と歴史と時間を要する。だから、ロゼス以外の人はトラの事を詳しくは知らなかった。
そんなトラの与えられた役割は、ロゼスの身の回りの世話だった。学園の規則に引っかかったとしても、いざとなれば置物だからと言い逃れ出来る便利なトラは、そういう理由で連れて来られたのだった。
トラがロゼスの枕元まで近付くと、見透かしてロゼスに言った。
「ロゼス様、いつまで寝たふりを続けるのですか?」
微かな寝息を立てて横たわるロゼスの唇がにやりと笑った。前髪の隙間から見える鋭い目がトラを捉えた。
「いつまで? リコリスが帰ったから、寝たふりもこれで終いかな」
その言葉にトラは腹を立てて「ぷんすか。ロゼス様、情けないですよ。折角リコリス様が勇気を出して迎えに来て下さったのに」と言った。
ロゼスはトラの頭をポンポンと撫でて宥める。
「トラの気持ちも分かるし、僕もそうしたかったよ。彼女の好意をこんな形で踏み躙るなんて僕も不本意だ。本当はずっと一緒にいたいと思っているし、害虫を寄せ付けたくもない。なんなら一生閉じ込めたいとさえ思う僕を、トラは愚かだと笑う?」
笑顔の下に腹黒い気持ちを吐露して、思いの丈をトラに伝えた。ロゼスとは逆に、トラは冷静に言葉を返していく。
「……なんて言うか気持ち悪いです、ロゼス様」
「……ああ、そう。所詮置物のトラには分からないか」
共感を得られなかったロゼスが、重い溜息を吐いた。ベッドから抜け出して服を全部脱いでいく。程よく付いた筋肉が何とも色っぽい裸姿は、朝の光に当たりより美しく映えた。
「その堂々たるお姿、ま、眩しいです」
ロゼスの裸にそう感想を付けると、ロゼスを包む空気が柔らかくなった。ロゼスは目線をトラに合わせてしゃがんだ。
「トラ……。本音を言うと僕は怖いんだ。称号の力で見た未来はどれもリコリスにとって残念な結果だったから。彼女に近付くと僕はまた傷付けてしまう」
「そんな事でお悩みでしたか……。ロゼス様は本当にリコリス様の事が大好きなのですね。ちなみに、どこが一番好きですか?」
トラのその質問にロゼスは驚いた表情を見せた。慰めの言葉ではない言葉をかけられて、ロゼスは嬉しくて笑った。
クローゼットから制服を取り出すと、素早くロゼスは着替た。クローゼットの扉を静かに閉めて、トラの質問に答える。
「僕はあの3年前の日を忘れた事がない。あの出来事は僕の全てだった。本当に純粋な気持ちでリコリスの人柄を好きになったんだよ」
「……愚問でした。ロゼス様の宝物は、3年前の思い出でしたね。その一途な気持ち、トラは応援しますよ。自信を持ってください、ロゼス様」
「ありがとう、トラ」
それからロゼスは顔を洗いに行った。トラはベッドに無造作に置かれた服を見る。動く手足がなくてもトラは服を畳む術を持っていた。目から風の光線を出し、それを手の代わりにして器用に動かしていく。この方法である程度の事は出来た。
「トラ、今日も朝食作りありがとう。美味しそうだ。この飲み物は何かな?」
顔を洗い終えたロゼスが隣の部屋から声をかけた。トラは急いで片付けを終えると、隣の部屋に行く。
「今日はステラ島の果実茶を用意しました。注文用紙を出しておくと部屋の前まで持ってきてくれるのが有り難いですね」
表情は変わらなくても、満悦な様子が言葉から伝わって来る。
「ステラ島の……果実茶か。初めて飲むはずなのに、リコリスが辿ってきた道では僕はこれを飲んでいた。とても変な感覚だよ」
ロゼスは果実茶が入っているカップに口を付けた。
「うん、美味しい。今日の朝ご飯は飲み物だけ貰おうかな。残りは夜に食べるよ」
「急がれる理由は、リコリス様の後を追いかけるためですか?」
「……いや、リコリスは今情報を集めるのに必死だろう。彼女の邪魔にならないよう僕からの接触は暫く控える。それに、僕はアラトマに聞かなければいけない事があるからね」
ロゼスの風が濁った色に染まるのをトラは感じた。
これ以上質問するのを控えて、トラは朝食のご飯を魔法がかけられた保存箱の中へと仕舞う。それから「そろそろ定位置に戻って風を補給してきますね」とトラは言った。
「いつもありがとう、トラ」
トラが玄関扉の前にある定位置に戻ると、ただの置物になって動かなくなった。それを確認してロゼスは外へ出ようとした。
――――が、その手を止める。
玄関扉の向こう側から隠す事もせずに泥む視線をぶつけて来る訪問者に、ロゼスは顔を歪めた。
「来たか……」
扉を開けてその姿を確認すると、そこには嬉しそうに笑う訪問者、アラトマがいた。
「やあ、ロゼス。俺を呼んだ?」
「……相変わらずの仮面だな。中へ入れ」
「はいはい、そんなに怒らないでよ」
アラトマが扉の中へ足を踏み入れた瞬間、その部屋は淡い光を放つ長細い鉱物や結晶によって、部屋とそれ以外に分けられた。部屋はもう部屋ではなく、鉱山にあるクリスタル洞窟を彷彿させる作りになっている。鉱物やクリスタルの柱が左右上下から突き出して、身動きを困難にさせた。
「これで誰にも干渉されずにゆっくり話せる。鉱物の壁は音を遮断するから秘密も漏れない」
ロゼスの言葉に感心しながら、アラトマは部屋を見渡した。
「毎回思うけど、ロゼスは中々演出が凝ってるね。令嬢が喜びそうな光景だよ、これは。根っからの女たらしだね」
「それは違う。僕はリコリスたらしだ」
ロゼスは素早く言葉を返す。気まずい空気が長い事2人を包んだ。
笑うべきか聞こえない振りをするべきか悩んだ末に、アラトマは不自然に視線を宙に放り出して、足場が悪い所を数歩後ろに下がった。
その時に触れてしまった鉱物が青い光から赤色に変わった。称号の力に乗っ取られた時のロゼスの瞳の色にそれは良く似ている。アラトマが抑えていた感情が、鉱物から発せられる色が変わった事によって、触発されてしまった。
「――――ロゼス、やっと2人きりになれたね?」
幻想的な空間の中で、アラトマは背筋を正してロゼスの前で跪いた。
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