60 暗躍日和、再び②
「凄く高い……。鳥みたいに飛んでいるわ……」
風の羽は鳥の羽を再現させたように緻密だった。風切羽を動かして、私たちは地上から数十メートル離れた空を飛んでいる。
魔法が強いと言われていた時代、人々は魔法で空を飛ぶ事が出来た。
その時代の魔法は自由であり、表現豊かであったと記録に残っている。生活に欠かせない魔法は、大昔に生きた人の心でもあったらしい。
欲張りな王様が魔法を独り占めして、魔法が自由でなくなってしまってからは、魔法は衰えてしまった。それがきっかけで、人々は魔法の解釈と自由を忘れてしまったそうだ。
そんな魔法の「繁栄」と「衰退」を記した内容の書物を読んだ事があった。その事をふと思い出した。
限界が見えてしまった魔法の代替として生み出された風の力は、使える人が限られるという制限はあるものの、それを除けばとても優れた力だった。昔の人々が魔法の中に見つけた可能性が風の中にも生きている。
大昔の人が魔法で初めて空を飛んだ日に感じた事を、私は今それを風で感じている。
――――私、飛んでる。
鳥をイメージしながら、私は自由に両手を広げた。
「……空を飛んだのは初めてだわ。凄く興奮してる」
「それは良かった。ありきたりな移動方法では芸がないからね」
「ロゼスは何でも出来るのね。このままどこか遠くへ行ける事も出来たらいいのに……」
思わず本音を漏らした私の手を、ロゼスは強く握り締めた。
「確かにこのまま逃避行も悪くない。飛行だけに、ね……。誰にも見つからない場所なら幾つか知ってるよ?」
ロゼスらしくない言葉に、思わず笑ってしまった。
私たちはこれでも一応暗躍している最中で、しかもこれから大事な話をしにガゼロたちの元へ行かなければいけない。それなのに、ロゼスは私のために本気で逃避行しそうな勢いのある言葉を口にする。
私を気遣い、笑わせるような事を言いつつも、その顔は冗談とは思えない。思わず笑って誤魔化した私の表情をきっとロゼスは良く読んでいる。
先程私は、学園の外へ視線を向けて、知らない国に逃げ出したらこの物語の終着点はどこになるのだろうと考えていた。どこへ行ける訳でもないと知っていても、一度は考える可能性が心の奥底で顔を出して、私を唆している。
このままどこか2人で逃げてしまえ――――と。
でも、逃げる事が出来たとしても、それはもっと大きな怪物となって私たちを追い回す事を知っているから、私は内なる心の声を踏み潰すしかなかった。
そんな私の心をロゼスはどこまで読んだのだろう。
――――恐らく、全てだ。
そんな事を思いながらロゼスの横顔を見た。
綺麗な金髪の髪に青い宝石のような瞳。この世界で一番強い称号を持っているのに、嫉妬深く感情豊かな皇子様は、その羽が生えた姿もとても良く似合っている。
絵本に出て来る皇子様の姿に良く似ているのに、背中に生えた黒い羽根だけが絵本とは違っていた。私にはそれがとても罪深くて綺麗に見えて仕方ない。
「……ねえ、リコリス。男は夜、狼になる。もちろん僕もね。そんなにジロジロ見られると……」
「ご、ごめん。綺麗だったから……。つい」
思わず顔を伏せた。ロゼスはクスクスと笑うだけで、それ以上何も言わなかった。
眼下に特別寮が見えると、私たちは5階の開いている窓から中へ入り、4階へと下りた。拘束された男たちはガゼロの部屋の前で転がっていた。私とロゼスがガゼロの部屋の扉の前まで来ると同時に、その扉は静かに開いた。
「入学早々、騒がしいな」
まだ乾き切っていない髪からは石鹸の匂いがほのかに香り、慌てて着たと思われる服から覗く逞しい肌からは大人の色気が漂う。
ロゼスの手助けもあり、前回よりも早くガゼロの部屋を訪れたせいだろうか。入浴を邪魔されたガゼロはどことなく機嫌が悪そうだった。
ガゼロは一通り見渡した後、その鋭い視線をロゼスだけに向けた。
「女連れの色男が何の用だ? こんなならず者を手土産に俺の部屋を訪れても、歓迎はしてやれねぇな」
「そうか……分かった。僕はリコリスから事情を聞き、彼女に協力すると決めてここに来た。でも、ガゼロがそれを拒否するなら遠慮なく立ち去ろう。眠り草の花粉を付け、外来凶毒種の人喰い植物を嗾けた事を知っているこの家畜以下の男たちは、僕が処分する」
踵を返そうとすると、ガゼロはロゼスの前に神炎の壁を作り、行く手を塞いだ。
「へえ、これが噂の残忍酷薄の王の……称号の力?」
興味津々に言うと、ロゼスはその神炎に引き寄せられるように手を伸ばし、それに触れた。ロゼスの指先に神炎が乗っかり真っ黒に焦げていく。
「ロゼス、指が……」
心配して声をかけるも、当のロゼスは全然気にしてはいないように見えた。指先に付いた神炎にふーっと息を吹きかけて消すと、真っ黒になった指先から黒い炭のようなものがボロボロと落ちていく。
すると、指先は綺麗に元に戻った。
「……意外としつこいな」
苛立ちを隠さずにロゼスが呟いた。ガゼロは不吉な笑みを浮かべて「例え完全無欠の称号持ちでも、この炎を完全に消すのは時間が掛かる。その間にさっきの話、詳しく聞かせろ」と言った。
――――この2人、やっぱり仲良くなるのに時間がかかりそうだわ。
「…………」
「…………」
ロゼスとガゼロの間に不穏な雰囲気が漂う。きっかけさえあれば、一触即発するかもしれない。展開を憂いた私はその2人の間に割り入り、仲を取りなす気でまずロゼスに言った。
「ロゼス、喧嘩をしに来た訳じゃないわ。2人の仲が悪くなって一番迸りを食うのは私なのだから、ここは我慢してね?」
自分の中で一番の笑顔を作る。その笑みの下に前回の私の終幕をチラつかせると、ロゼスは口にチャックをして素直に従った。
次に、ガゼロの方へ向く。私とロゼスのやり取りを見ていたガゼロは、一瞬狼狽えたように見えた。
「ガゼロ。私たちはご覧の通り、喧嘩をしに来た訳じゃない。むしろ私たちは仲間になれる関係にあるわ。私の……私たちの話を聞いて欲しいの。ガゼロにとっても悪い話じゃない事は保証する」
笑顔から一転。真剣な表情で言うと、ガゼロは溜息を吐いた。
ガゼロは床に転がっている男たちを風で部屋の中に放り投げると、私たちに「入れ」と指示をした。
「……押しかけておいて悪いのだけれど、少し待ってくれる? ユラとアラトマもここに呼びたいの。今から話す内容を2人にも聞いて欲しいから……。良いかしら?」
「……チッ。好きにしろ」
「僕がアラトマを呼んで来るよ。ユラは、特別寮にはいないみたいだから」
「……確かにユラの気配はねぇな。……爛諭が俺の部屋にいる事はお見通しか」
ガゼロは面白くないというような顔をして言った後、ロゼスはアラトマを呼びに立ち去った。
――――うん? ユラ? そう言えば確か……。
中々仲間に招き入れる事の難しい攻略対象者、ユラの前回の言葉がふと蘇った。
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