58 触れ合う肌と終わりを告げる声
「アラトマに嫉妬したよ。抑えきれないくらいにね。僕の事だけ見ていれば良かったのに……。アイツは駄目だよ」
ロゼスは棘のある言い方をした。今にも変貌しそうな程に感情を昂らせているのだと理解る。
「ロゼスは、どうしてそんなにアラトマを――――んんッ」
言いかけた言葉はキスで塞がれてしまった。キスは唇だけでなく身体にも注がれる。痕が残りそうな程に強く吸われて、身体が火照っていく。はしたない劣情を暴かれて自分じゃないような声が出る。それがまた余計に羞恥心を煽る事も、全部理解させられていく。
「ロ、ロゼ……。だ……だめぇ……あッ」
こんなに簡単に乱されてしまう自分自身を知りたくなかった。雰囲気に流されたくはないのに、感情も行動も全部が一致しない。
「はん……んッ」
声を押し殺して侵入してくる手を拒んだ。攻めるロゼスと守る私の攻防はしばらく続いていたけれど、最後の理性にぶら下がっている私に気付いたのか、ロゼスは変わりかけていた目と髪色を取り戻して私の手をそっと離した。
「もっと強く拒みなよ、リコリス。こんな醜い僕を簡単に受け入れては駄目だよ」
自己嫌悪に塗れたような顔をしているロゼスを責める気にはなれなかった。それに――――。
「ロ、ロゼスの馬鹿……。まだ分からないの? 貴方が事が大好きだから……。ロゼス以上に私は貴方を愛して……。途方もないやり直しさえ覚悟しているの。こんな事しても……」
「ん?」
「ご褒美にしかならないわ」
恥ずかしくて小さな声で呟いた。
「ご褒美……?」
紅潮した頬を手で隠して言うと、ロゼスは珍しく耳を真っ赤に染めた。私からそんな大胆な発言を聞くと思わなかったのだろう。飢えた狼のようなロゼスは私の言葉でお腹を満たしたようで、明らかに機嫌が良くなった。
「でも、僕の方がリコリスの事を愛していると思うよ。それは断言できる」
「……そう? まあ、確かにロゼスの愛は異世界一、重いかもしれないわね」
「異世界一? はは、そうだね。リコリスの言う通りだ」
ロゼスの顔が一瞬真顔になった事を不思議に思っていると、またロゼスにキスをされてしまった。
「このまま続きをする? 異世界一重い愛を持っていても、僕はまだリコリスと最後までしていないけどね?」
慌てて自分の服を直し、ついでにロゼスの開け掛けた服も整えてあげた。勢いで最後までしちゃうのはお話の世界だけだし、順番を守りたい派の私にはこんな序盤で致す勇気がない。
――――そんな残念そうな顔をしても駄目なんだからね?
ロゼスの顔を見てそう思うものの、危うく絆されそうになったのも事実で、私はつくづくロゼスに弱い。
それから私たちはベッドに腰を掛けて話をした。最初に切り出したのは、ロゼスだった。
「変貌した時、リコリスが辿ってきた道が見えた。リコリスが僕とこの世界のために過去をやり直している事を知ったよ。リコリスの事となると僕は不完全になるみたいだ。称号の原則を支配した気でいたけど、実際はリコリスに迷惑をかけていたみたいだね。ごめん。そして、ありがとう」
ロゼスは私の肩にもたれ掛かるようにして、頭を乗せてきた。柔らかい金色の髪が頬に当たってくすぐったい。
「…………そういう意味では、変貌して良かったのかもしれないわ。話すよりも、直接感じ取ってしまった方が誤解が少ないもの」
「怒らないの? 前回、僕はキミの命を奪ってしまったんだよ?」
「そうね……。でも、前回の失敗を踏まえて対策を取る事は出来るわ。それに、行き過ぎた嫉妬は毒にしかならないけれど、嫉妬を全くされない方が私には怖いの。それに、上手くいかない理由は称号のせいもあるんじゃないかしら……。前向きに考えるなら、今のこの状況は前回では見られなかったから、そういう意味では本当にご褒美なのよ」
それでもまだロゼスは困った顔をしていたけれど、今度は悲惨な結末を迎えないように協力すると言ってくれた。その時に指を絡めて繋ぎ合わせた手が愛おしくて、ずっとこうしていたいと思った。
――――幸せだなあ。
ロゼスの顔を覗くと、意外にもロゼスは真面目な顔をしていた。悩んでいるようにも見える。
「どうしたの?」
私が問いかけに、ロゼスは「こんなにすぐに嫉妬する小さな人間だった事に、少し落ち込んでる」と言った。それはそれは小さな声で。
そんなロゼスが可愛くて仕方ない。思わず笑ってしまうと、ロゼスは恨めしそうな顔をして反撃に出た。私のわき腹を狙いくすぐってくる。
ロゼスの力は強くて、抵抗など無意味だった。
笑い死ぬかもしれないという“幸福な死に方”が脳裏の過ぎった所で、ロゼスは手を止めた。
「今日の夜、暗躍してガゼロの部屋に行くの?」と真顔で聞いてくる。
変貌した時に私の辿ってきた道を見てそう聞いてきたのだとすぐ理解出来た。1回見ただけで全部記憶してしまうその完全無欠の称号の前では、爛諭も形無しだと思いながら答える。
「大戦争を止めるためにも必要な行動だわ」
「……分かった。でも、僕も一緒に行くよ。その代わり、野郎の部屋に1人で入る事はもうしないで。それと、ユラ、ガゼロ、爛諭、それとアラトマを仲間に引き入れよう。同じ失敗を繰り返さないように」
「……良いの? ありがとう、ロゼス」
「……尽力する」
ロゼスはそう言ってくれたけれど、きっと本心は違うのだろう。顔が笑っていない。今は1人で考えたい事もあるだろうと思い、夜の約束を取り付けた後、私はロゼスの部屋をそそくさと出た。
◇
何かが変わる予感に胸を驚かせながら、一般女子寮へ足を向ける。だだっ広い裏庭を軽い足取りで進歩いていると、前方に黒い人影が見えた。
――――あ。
退廃的な服装ではなく、制服をきちんと着こなす姿をまじまじと見たのは初めてかもしれない。それにしても、合わせたかのようなタイミングだ。
「……貴方と話をしてみたかったの、アラトマ」
「奇遇だね。俺も話して見たかったんだ。リコリスだっけ? 名前。ペテロ帝国の人間兵器、完全無欠の王の称号を持つロゼスが、あんなに簡単に欠点を曝け出すなんて。キミは一体何者かな?」
「そうね……。私を表現する言葉は沢山あるけれど、とりあえず、ただの真面目な苦労人とだけ言っておくわ」
「ふーん。じゃあその苦労人はどうしてロゼスの事が好きなの?」
「え?」
興味本位で聞いた質問なのかもしれないけれど、ただならない悪意が垣間見える。
――――どうしてかしら。素直に質問に答えたくないわ。
それが本心だったけれど、直感的に答えなくてはいけないとも思った。
「……3年前、初めてロゼスに会ったわ。大戦争を回避するという私の野望に協力すると、ロゼスはその名に懸けて誓ってくれたわ。その時に見惚れてしまったのよ」
3年前の泣いていたロゼスの顔と、その顔が凛々しく私の目を見つめたあの瞬間を思い出しながら答えた。
「子供の頃にした約束を私たちは覚えていて、それを裏切らなかっただけ。一途に想い合っただけ」
教えたくない事を省略して簡潔にアラトマに話した。すると、アラトマは歪んだ笑みを作った。
「じゃあロゼスは君のどこに惚れたんだろうね?」
「…………!」
そう問われても、私は明確な答えを持っていない。憶測の域を出ないし、本人に直接聞くのが妥当だろうと思い、私は黙っていた。
アラトマ自身もそれを理解していて、敢えてそれを聞いているのだろう。おそらくこの幾重にも仮面を被ったアラトマは、私がそこまで考えている事にもきっと気付いている。
読めそうで読めないこの仮面は、相変わらず厄介だった。
「聞く意図が分からない? 俺が知るロゼスはあんな脆弱な皇子ではないはずなんだよねぇ。もちろん、嫉妬深い男でもない。それなのに、リコリスの前では称号の原則を支配する事さえ出来ないみっともない男に成り下がる。非常に残念だよ」
「……何が言いたいの?」
「リコリスという毒花のせいでロゼスは変わってしまった。一言で言えば、もうロゼスは手遅れなんだよ?」
首を捻り傾けて、アラトマは残酷な言葉を言い放った。
――――胸が痛い。
その言葉は私の心臓に穴を開けるために用意された凶器に違いなかった。フラグは今、残酷にも立った。
何を基準に立ったのかは分からない。でも、学園生活1日目にして、残酷にも終わりを告げられる現実を中々受け入れる事は出来ない。
私はとても酷い顔をしていたのだろう。アラトマは「その表情、ご馳走様」と舌なめずりをしてどこかへ消えていった。
一人残された私は、身体の力が抜いて、その場にしゃがみ込んだ。身体の機能を停止させて、持てる力の総てを頭に注ぐ。表情を作る力さえ、今は考えるための力に変えていく。
――――また、前回とは違う大事な手がかりを得たわ。
心の中で大笑いした。
アラトマに見せていた私は絶望という仮面を被った姿だ。フラグが立ってしまった事は受け入れ難い事だったけれど、ただでは終わらせない!
まんまと騙されたアラトマは、今後私を甘く扱うに違いない。攻略しやすくなる事を期待しながら、私は口角を上げて不吉な笑みを作った。
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