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56 舞い戻りの扉

その瞬間、扉の中から細長いものが顔を出し、私の腰と腕に絡み付いた。それが植物の蔓だと分かった瞬間に、身体は扉の中へ引き摺られてしまった。


扉の中は、アーチの形をしたトンネルが延々と続いている。途中に幾つもの分かれ道があったけれど、そのトンネルはいずれも蔓植物の花で覆われていた。トンネルを彩る花は薄っすら光っていて、とても幻想的だった。




「薄暗くてトンネルのおわりが見えないわ」


私の生まれ育った「思い出の花」の世界。慣れ親しんだその世界の匂いが全くしなかった。


――――なんて寂しい場所。


そんな感想を胸に仕舞って、とりあえず道なりに歩く事にした。



先程までいた小川と花畑の場所も、今いるこの場所も、初めて来た場所だった。「思い出の花2」に出て来る場所なのか、まだ攻略していないルートで出て来る場所なのか、今の私にはそれさえ判別出来ずにいる。


この事一つとっても、私という人間はつくづく情報を持っていないのだと思った。



――――ロゼスが絶望したのも、分かる気がするわ。



『俺とリコリスが結ばれない世界なんて、滅んでもいいと思わないか?』


まだ耳にその言葉が張り付いている。


完全無欠の称号の力を最大限まで引き出して見えた未来が、どれも結ばれないと知った時のロゼスの気持ちを思うと、胸が痛くなる。


それは即ち、私なんかではロゼスルートを攻略出来ないという烙印が押されているという事に等しい。枝分かれした未来のいずれも、ロゼスの隣には私がいたはずなのに。


シリーズ全てを攻略し尽くしている者であったならば、ロゼスにあんな言葉を言わせなかったのかと考えると――――。




「悔しい……」


気持ちが口から零れてしまった。


この蔓の先があの世界に続いていて舞い戻れたとしても、枝分かれした未来の一欠片を過ごし夢半ばでまた死ななくてはいけないのは、想像に難くない。


それをあと何回、いや何十回、何百回と続けた先に、それでも未来はないとロゼスに言われてしまうのだとしたら……。この途方もない作業の果てに、私は絶望の権化となり果てるのがオチかもしれない。




もしこの状況から逃れる方法があるとしたら、先程いた場所で転生の扉の中に入る事。または、ロゼスルート以外のルートに入る事だ。


前者を選べば、もう二度とこの世界の皆には会えなくなる。


前の世界にお別れを告げたように、この思い出の花の世界にお別れを告げなければいけない。中途半端な人生しか過ごさなかった私は、因果応報により来世も碌な目に合わないだろう。それでも攻略出来ずにこの逆行を繰り返すよりは、幾分かマシかもしれない。


後者を選べば、自分の心にもロゼスにも周りの人間にも、嘘を吐いて生きる事になる。本当の意味で私は毒女どくじょとなり、最も最低な人間になるだろう。


例えば、攻略済みのユート・サーベルのルートを選び、他の誰とも関わらない生き方をしたとしても、心は違う方向を向いているという矛盾に私は自分自身だけでなく、ユートや他の人間も傷付けてしまうのだ。これでは誰も報われない。



そんな逃げの一手を色々と考えたら、やっぱり泣いてしまった。子供みたいに顔をくちゃくちゃにして泣いた。どの方法も考えただけで胸が痛み、今の私には劇薬だった。



――――本当は、もうとっくに答えが出ているというのに。



一番自身の傷が浅い方法こそが「失敗を重ねる事」だと気付いた時、私はやっと前を向けた。


「…………ロゼス、私は馬鹿みたいに何度でも過去に舞い戻り繰り返すわ。花を渡り歩く裏切りの蝶を、誰より憎んでいるから。そんな浮付いた蝶に私はなりたくはないし、一途でいる事が絶望だなんてそんな事、認めたくない……。絶対に証明して見せる。一途に想う気持ちには、他のフラグなんか霞んでしまう程の力、運命さえ殺してしまう力があるのだから」



流れた涙は絶望と一緒に地面に落ちていった。


手で涙を拭うと、開けた視界の中で腕に巻き付いている無数の蔓の中の一つが光っている事に気が付いた。それがどこに続いているのか気になり、蔓の先を辿る。気持ちと比例して早足になった。



「器用に生きれない人間にだって、それなりの戦い方があるはず。情報を集め必ず攻略してみせるわ」


そう高らかに宣言できる程には、立ち直りつつあった。


光っている蔓を辿っていくと、その先に扉があった。迷わず扉を開け放つと、眩しい光に視界を奪われる。2、3秒程目を瞑りゆっくりと目を開けると、そこには懐かしい匂いと見慣れた光景があった。


吸い込まれるように一歩足を踏み入れる。





「ここは……私の部屋?」


後ろを振り返ると、まだ扉は開いていて花のトンネルが見える。腰や腕に巻き付いていた蔓の植物がするすると解けて、扉の中へ帰っていく。蔓が中へ引っ込むと心做しか扉の存在が消えかけている事に気付いて、思わずその蔓を掴んだ。




「まだ逃がさないわよ……」


舞い戻った先が“いつ”なのか確認が出来るまで、蔓をずるずると引っ張りながら自室を移動する。


人差し指をジュエリーボックスに向けて、左から右へなぞり魔法を使う。すると、部屋のジュエリーボックスの中に隠してあった鍵が引き出しの鍵穴に挿さり、ロックを外した。引き出しの中の日記帳を見て、今がいつなのかを推測していく。


答え合わせをするために貴重品箱の中を見ると、ユラから貰った薬が仕舞ってあった。次にサイドテーブルを確認すると、そこには水を張ったガラスの器に心見の森で摘んだ3種類の花が浮かべてある。花はまだ摘まれたばかりだと分かる程に綺麗だった。



「間違いない。今はアカネイラ先生と初めて会う日の……夜明け前ってところかしら。前日にロゼスやユラと会って、お父さまの怖い顔を見た――――」



そう言いかけた時、天蓋付きベッドの方から音がした。天蓋付きベッドの天蓋部分から透かし模様(レース)の付いた布が垂れている。その隙間からそっと覗いてみる。



――――あ。


そのまま静かに後退し、持っていた日記帳を開いたままそっとしまった。魔法で鍵をかけると、ジュエリーボックスの中へそれを静かに飛ばす。自分が舞い戻りたい場所は“ここ”ではない事に気付いて、蔓を引き摺りながら一緒に扉の中へ引き返した。


暫くすると、その扉は完全に閉ざされて姿かたちを消した。






「驚いたわ……」


胸がドキドキしてまだ興奮してる。初めてする体験に心を躍らせながらも、お腹を抱えずにはいられなかった。


「……可笑しい、可笑しいわ。私、あんな寝相で寝てたのね。ロゼスに見られる前に気付けて良かったあ」



先程見た光景を思い出すと、笑いが込み上げてくる。思いきり泣いて感情を爆発させ、自分自身と向き合ったせいか、今の私には少し余裕がある。



「……まだ1回失敗しただけ。あと何回繰り返しても、その分ロゼスの色々な顔や物語、一枚絵(スチル)のような尊いものが見られると思えば、むしろ幸せかもしれないわ」


目を閉じて自己暗示を掛ける。自分を励まし奮い立たせる事が出来るのは、やはり自分自身なのだと言い聞かせて、静かに目を開けた。緩めていた表情を引き締める。



「絞り出して考えるのよ」


花々で飾られたトンネルの下を私はずるずると蔓を引き摺りながら、過去を振り返っていく。時に独り言や反省の言葉も口にして、視線を花に釘付けた。どこで間違えたかを自問自答しては首を傾げる。



「あまり過去を遡り過ぎても、攻略が大変だわ。失敗を取り戻せない地点に舞い戻ってもまた失敗するだけ。問題はどこで失敗したかよね」


客観的に見ると、押さえ付けていたガゼロの恋愛フラグが立ち、それが引き金となった。その結果、私はロゼスに殺されたと言えるだろう。



――――でも、本当にこの解釈で良いのかしら? ガゼロの恋愛フラグが立っていなくても、このような終幕になっていたと思えて仕方ないのは、どうして?


もどかしさに苛立ちを覚えて、私はロゼスから貰った指輪を見つめた。心を落ち着かせる一番の安定剤は、こういう時には何とも頼もしい。



「どこで死亡フラグが立ったのか教えてくれる“フラグ探知機”でもあれば良いけれど。誰か教えてくれたら……。あっ!」



――――1人いたわ。



「フラグ探知機は、アラトマだったのかしら。そう言えば、アラトマだけがロゼスが手遅れだと教えてくれた気がするわ……。ああ~、私の馬鹿」


失敗を嘆き頭を抱えながらも、物事が好転する瞬間を私は確かに感じ取っていた。今なら希望の光が見える気がする。


「アラトマは、ロゼスの状態を唯一把握する事が出来るキャラクターだとしたら……」


可能性に過ぎない事を絶対にそうであると言い切ると、私の身体は奥底からそうだと反応した。



「アラトマと初めて話したのはエリューの出来事イベントの夜だったわね。ロゼスに何度も止められていたから、私はアラトマとの接点を持てなかったわ。でも、あの夜に話した感じではアラトマはロゼスの事を……」


悔しいけれど、私よりロゼスの事を良く知っているような口振りだった。


「……ロゼスに遠慮しないで、最初からアラトマと話せば良かったわ。ロゼスが嫉妬するというのなら、最初からロゼスとアラトマを引き合わせて同時攻略するべきだった」




行くべき場所が定まると、手に持っていた蔓がまた光った。その光る蔓を頼りに歩みを進めると、扉が見えてきた。


扉の先は間違いなく聖教王都学園に入学する日へ続いていると自信持って言える。


入学する日は、とても内容が濃い一日だった。船に乗った事、ガゼロや爛諭と初めて会った事、ロゼスと再会し悪児ごっこをした事、夜に暗躍した事。どれも記憶に新しい。


「折角舞い戻るのだから、ついでに私の肩に眠り草を付けた犯人を知っておきたいわ。船に乗る前の場面(シーン)を所望するわね」


私は勢いよく扉を開けた。

読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークや広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。正直な感想に飢えてます。

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