49 雷騰雲奔(らいとううんぽう)の王④
それでも、攻略失敗を取り戻したいという気持ちで、縋るようにアラトマの服を掴む。
「え~っと、あのね、アラトマ。これだけは聞いて欲しい。色々な人に言っている言葉だけれど……。私は千年に一度起こると言われている大戦争を止めたいと考えているわ。だから……」
「平和な世界で好きな人と幸せになる事」
私が何度も口にしてきた夢を、アラトマは私の代わりに言った。
「……どうしてそれを知っているの?」
「別に……。俺の得意な事と言ったら暗躍と暗殺だから。任務中に偶然知る情報もある。随分お花畑な事を言う貴族の令嬢がいるなぁと、最初は心底腹が立ったよ」
「――――ごめんなさい。でも、そんな簡単に言ったつもりでは……」
「それも知ってる。リコリスのその強さが、努力してきた事を証明しているって事も。外見だけ着飾る女が沢山いる中で、リコリスは自分の未来を他人に任せずに行動していた。誰より綺麗な花だって気付いていたんだ」
アラトマは憑き物が落ちたように静かに話した。薄っぺらさも今は感じない。先程のような刺々しい言葉もなかった。
「俺はさ、リコリスとずっと話してみたかった。ロゼスがそれを許さなかったけどね。だから、ロゼスが決闘場にいる今を狙って、リコリスを誘い出したんだ。でも、俺には顔がないから、どんな顔をしてどんな風にリコリスに接すれば良いのか、分からなかった」
「顔がない?」
「うん。アンドーラ国は元々戦争孤児が集まって建国した国だ。民のほとんどは建国以来、愛情を知らないまま世代を交代している。子供を産むための必要な行為も、アンドーラ国が滅びないための義務行為だしね。そんな親に育てられた子供は、暗殺を得意とする暗殺者なんだよ。だから、表情を作る事が苦手な俺らは、皆仮面を使い分けて仕事をしているんだよね。今まで仕事で接してきた人間や、殺した奴の真似をしてさ」
それを聞いて、ずっと分からなかったものがすとんと心に入ってきた。アラトマの事情を知った今、もう何も不気味には感じない。
――――問題点は多そうだけれど、信頼を紡ぐための糸が見えてきた気がするわ。
その糸をもう離さないために、私は手を力強く握った。
「……あの、私、アラトマの事をロゼスにちゃんと説明してみるわ。アラトマの知っている事を知りたいし、私も教えてあげられる事があれば教えたい。良かったら来週のお茶の時間にぜひ来て。アラトマを仲間として招待したいから」
そう誘うと、アラトマはやっと振り向いてくれた。顔がないと言ったアラトマの顔は、どんな顔をしたら良いのか戸惑っている顔だった。
先程のアラトマとはあまりに態度が違い過ぎて、何だか可笑しい。先程まで胸ぐらを掴んでいたというのに、次の展開ではこんな風に話せるなどと誰が想像しただろう。
――――きっとこれが素ね。
黒い髪に、灰色の目、そして薄っすらと色付いた頬。そして、言葉にしてしまうのは勿体ないアラトマの笑顔を私は心に刻んだ。
「絶対行く。仲間として」
「うん」
私たちはそう約束した。
「それじゃあ私、そろそろ行かないと……」
決闘場がある方角へ私が目を向けると、アラトマは素早く反応した。
「ロゼス達がいる決闘場へ行くの?」
「うん、あそこで何が起こっているのか知りたいわ」
私がそう答えると、アラトマは知っている情報を話し始めた。
「学園にいる人たちが全員眠っているのは、生徒に紛れ込んでいる使者がやったんだ。ロゼスたちを決闘場へ誘き寄せるために」
「使者?」
「うん。リコリスたちは毒を作った人を探しているんだろう? その毒を作った人はね、始まりの国と呼ばれる6人の幹部だった――――その末裔だよ。そして使者は、手下。どういう訳か、千年毎に大戦争を引き起こして、何かをしようとしているんだ」
「始まりの国、6人の幹部の子孫が毒を……?」
「そう……。始まりの国からペテロ帝国、ぺツィート王国、ユリネス大公国、モナス島国が生まれた。もちろん、それ以外の国も。今はもう始まりの国の原形すらないけど、6人の幹部の末裔は生き繋いでいるんだよ。詳しい話は、また皆がいる時にでも話そ?」
アラトマの言った言葉は、想像より上を行っていた。この世界の歴史の中で一番最初に出来た国、始まりの国という言葉が出てくるなんて、想像だにしていなかった。
敵は国という枠組みを遥かに超えている。
古からずっと邪な願いを紡いで千年毎に足跡を残していたにも関わらず、今まで周知された事はなかった存在だ。大戦争という足跡を残しているのに、それに今まで誰も気付いていなかった。
学園の中や世界中の国々に侵入しているというよりは、ずっとそこに最初からいて、時を待っていたのだろう。
ただでさえ物語の進行は早い。3年後の千年を待つより先に歴史が変わりそうだと睨み、私の視線は虚空を彷徨った。
黙ってしまった私の代わりに、アラトマはアラトマなりの気遣いをしてくれた。
「大丈夫だよ、リコリス。俺を使って? この体も骨も血も全部あげる。リコリスのためなら、何でもするし、死ねるよ?」
性格は猫のように気まぐれかと思えば、懐くと犬のようになるのだろうか。主に付き従う犬のように尾尻を振って、アラトマはすり寄って来る。
「……使う? 骨も血も? 死ねるって……。ええっ!?」
言葉が詰まり、思考が止まる。3秒ほどフリーズした後、私は後日、アラトマに言葉の使い方を教えてあげようと思った。それと、アラトマの仮面ストックの整理と変態仮面の処分も、忘れずにする事を誓う。
アラトマの持っている仮面はどれも偏っていて変態染みている。今までろくな人間に接してこなかった事がよく分かる程に。
――――ロゼスの前で変な仮面を付けようものなら、大惨事だわ。
でも、今まで自分の素顔と向き合ってこなかったアラトマが、健気に私の役に立とうとしているのは嬉しい。
「それならアラトマが死なない事を条件に、手伝ってもらおうかしら?」
そう言うと、アラトマは抱き付いてきた。その瞬間、私の目に映る景色ががらりと変わった。
「えっ、何!? どこなの?」
アラトマに抱き付かれた事よりも、目の前の景色が急に変わった事に意識が全部持っていかれてしまった。
「夕闇の森」の鬱蒼と茂る木々と苔むした大きな岩がある風景から、遥か上空の景色に変わっている。足元を見ると、体重を支える大地がどこにもなかった。
つまり、宙ぶらりん状態。
眼下を見下ろすと恐怖で足が竦む。私が落ちていかないのは、たぶんアラトマに抱き付かれているからだろう。アラトマの顔を見ると、私に抱き付いたままへらへらと笑っている。
――――アラトマは、影の跳躍よりもずっと優れた移動手段を持っていたのね。
上空の風は地上の風より狂暴で、私とアラトマを容赦なく吹き付ける。髪は乱れスカートは風に踊り、私の白い太ももが露になる。恰好など気にしていられない程の暴風は、私の柔肌を悪戯に痛め付けた。
そんな状況にも慣れてきた頃、やっと肩の力を抜いて真下を見る事が出来た。一つずつ状況を確認していく。
まず、真下に見えたのは決闘場で、私たちはその上にいるらしい事が分かった。決闘場を包み込むように根を生やしている巨大植物は何かに怯えて、決闘場から離れて茎を曲げている。自然豊かな決闘場の周りには、生き物の気配が全くなかった。夕闇の森の方へ、大移動した形跡が残っている。
決闘場では今も大きな音を立てて、瓦礫が崩れていた。屋根には大きな穴が開いていて、建物はすでに半壊している。ぽっかり空いた天井からは、大きな影が暴れている事が確認出来た。
「あの大きい生き物は、まさか――――」
「……リコリス、落ちるよ」
その瞬間、重力が全身を襲い、物凄いスピードで落下していった。着地に備えるために風を足に纏い衝撃を緩和させる。
――――落ちる感覚はやっぱり怖いわ。例えアカネイラ先生の地獄の授業を受けて、鍛えていても。
大きな瓦礫の上に無事着地しても、心臓を握られたような感覚が中々拭えない。
「リコリス、それにアラトマ。お前も一緒か」
大きな瓦礫から顔を覗かせ声をかけてきたのは、ガゼロだった。アラトマはそんなガゼロに友好的な挨拶をしている。
――――ロゼスとは違い、ガゼロはアラトマに対してそんなに否定的じゃないように見えるわ。
そんな2人を交互に見ながら、私は瓦礫の上から降りた。
「ガゼロ、一体何があったの?」
「何が……? それは、ゴホッ。私も知りたいですね……」
答えたのは、爛諭だった。
ガゼロの後方から姿を見せた爛諭は、粉塵を払いながら眉間に皺を寄せている。手首には布が巻かれ、そこから薄っすらと血が滲んでいた。
崩落に巻き込まれ怪我をしたのだろう。爛諭の傍に駆け寄ると、爛諭は私が声をかける前に「手当は自分でしましたし、大した怪我ではありませんから」と言って、私の足を止めた。
「この学園は愚か、島の人たちは皆眠っています。音がする決闘場に来てみれば、この有様でした。不用意に歩き回り音を立てて、アレを刺激しないで下さい」とご立腹の様子で、爛諭は付け足した。
爛諭の指と目線の先には大きな生き物、つまりドラゴンがいる。
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