48 雷騰雲奔(らいとううんぽう)の王③
「……さい。うるさい」
胸ぐらを掴み、アラトマに顔を近付けて噛み付くように言ってあげた。
風の質を変えてしまう程の感情を乗せると、眩い光にも似た私の風は紅黒くなった。真っ赤な花を枯らしたような風が、アラトマを飲み込もうとする。
でも、アラトマには無駄だった。アラトマは動じていない。私がどんなに風を濁らせて威嚇しても柳に風、アラトマには通用しなかった。
――――悔しい。苛々する……のはきっと、元夫と同じセリフを言われたからだわ。真面目過ぎて飽きるだなんて、つまらない人間と言われているのと同じだもの。それを理由に浮気したのはあっちが悪くても、そんなつまらない原因を私のせいにしたアイツの顔がチラついて……。でも、一番苛々するのは、消化できたと思っていてもこんな風に簡単に心を乱してしまう自分の弱さかもしれないわ。
嫌な記憶を呼び起こされてつい胸ぐらを掴んでしまったけれど、後悔はない。
普通なら他国の一貴族の令嬢がこんな風に楯突けば、命はないかもしれない。学園にいる間は対等な関係でいる事が決められていても、怒りを買って証拠を残さないように暗殺される可能性もあるし、卒業後に報復されるかもしれない。
それでも、目線を外す気もこの手を離す気もさらさらなかった。
一方、胸ぐらを掴まれたアラトマは怒りに感情を揺らすのでもなく、嫌悪感を見せる事もしなかった。最初は動じていなかった顔付きが、段々と興奮しているように見えてくる。次第に、初めて見るおもちゃにキラキラ目を輝かしている子供のような表情を浮かべるようになった。
――――どうしてこんなにも嬉しそうなのよ……。偏った性癖の持ち主だった? でも、報復は免れそう?
肩透かしを食らった私は、胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「リコリスの事、勘違いしてたみたい。ごめんね? 貴族の令嬢みたいに綺麗なだけの花だったら、手折ってやろうかと思ったけど。ロゼスがリコリスの事気にするのが、やっと分かったよ」
「……そう。急かすようで悪いけれど時間もないから、私を呼んだ理由をさっさと教えてくれる?」
「時間は沢山あるよ。それに、ロゼスの事なら俺は何でも知ってる。ロゼスはもう手遅れだ。もしかしてリコリス、選択肢間違えちゃった? ロゼスより俺の方を選ぶなんてさ」
他人を怒らせるような発言をわざとしているのか、無意識なのかは知らないけれど、そういう才がアラトマにあるのは確かだった。このアラトマという男に先程から振り回されている気がする。
アラトマに煽られた感情は嵐に逆巻く波のように落ち着きがなかったけれど、何とか表情は笑顔を作った。
「選択肢を間違えたかもしれないけれど、そんなの前世からそうだったわ。それに、アラトマとのフラグはロゼスが全部折ってしまうわよ?」
フラグという前世で使い古された言葉を使うと、アラトマは不思議そうな顔をしたけれど、言いたい事は伝わったようだった。
「確かに、ロゼスは俺とリコリスの仲を引き裂くだろうね。でも、リコリスは本当にそれで良いの?」
「……どういう意味?」
「暗躍、暗殺においてアンドーラの民を上回る者なしって言葉、聞いたことない? 正攻法じゃない戦い方は、アンドーラの民の得意分野。俺は毒を作った人を知っているし、真相に誰より近付きつつあるんだよねぇ」
「…………」
「あれ、知りたくない?」
私が黙った事にアラトマは少し驚いている様子だった。
「お願いしたところで、貴方は無料では教えてくれないと思うわ」
「鋭いね。段々俺の事分かってきたって事かな。じゃあ、この考えも読めた? リコリスがロゼスと結婚しないって誓うなら、毒を作った人の事を教えても良い。その代わり、泣いて懇願してね? 心はロゼスに捧げたままでも良いけど、身体は俺に頂戴。泣き喚く君を俺は美味しくいただきたいからさぁ」
アラトマはそう言うと、長い舌を口から出して舐めるように唇をなぞった。待ちきれないというような目をして、誘ってくる。
――――この変態……。攻略対象者5人の中で、一番の変態だわ。変態・オブ・ザ・変態!
狂気染みたその行いに鳥肌が立ってくる。アラトマが何をしたいのかが全然見えてこない。ただ思うのは、あしらい方一つで今後の未来が変わりそうだという事。これはもう分岐点に立たされていると考えても良いかもしれない。
頭を空っぽにして、心を落ち着かせるために空を仰いだ。
上空は風の流れが速く、厚い雲が夜の太陽を隠したり出したりして遊んでいる。アラトマの視線を感じながらも、私の心は次第に夜の太陽のように安定感を取り戻していった。
「アラトマ、その手には乗らないわよ?」
余裕があるような笑みを作ると、アラトマが上手く隠している本心に辿り着くまで、一枚一枚仮面を剥ぎ取っていく作業に取り掛かった。アラトマの瞳が一瞬揺らいだ瞬間を見逃さない。両手でアラトマの顔をしっかりと掴み、私の顔と向き合わせる。
「今はそういう性格の仮面を被っているのかしら? 本当のアラトマを見せて欲しいわね」
「何それ……。面白くない返事……」
声の調子が少し下がり、明らかに動揺しているのが手に取るように分かった。若干、先程よりも瞬きの回数が増えた気がする。
「もしかして図星だったかしら? 私って意外と人を見る目があるみたい」
「とんだ悪女だよ。俺にそんな態度とっていいの? もう二度と情報を教えてあげないよ」
そこまで言われても、引き下がるわけにはいかなかった。
「教えてもらわなくても、自分で探すから結構よ」
はっきりと断ると、アラトマは顔を背け、後ろを向いてしまった。アラトマの背中は私との会話を拒絶しているように見える。
――――言い過ぎたかしら? もしかして、攻略失敗!?
つい感情的に言い過ぎたかもしれない。もっと話したくなるような言葉掛けや気遣いが出来ればと思うものの、冷静に対処出来ていない部分もあった。
ゲームでは恣意的な判断で選択肢を選び、悉く失敗した。そんな前世の経験があるのに、私はまたその失敗を選び取ってしまったのかもしれない。
――――もっと寄り添えば良かったかしら? でも、私も苛々していたし、どの道こんな結果になっていたかも。仲間になりたかっただけなのに……。あ~、どうしよう。しかも、仮面により性格が変わるし、変態仮面を持っているだなんて思わなかったから、つい手加減せずにやっちゃったわ……。
アラトマの後姿は寂しそうな背中が印象的だった。言葉は難しくて、前世でも現世でも上手く使える気がしない。
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