47 雷騰雲奔(らいとううんぽう)の王②
「いきなり切ろうとするなんて、酷い人だなぁ。ねぇ、リコリス?」
気安く声をかけてきたアラトマという男は、アンドーラ国の治者だ。攻略対象の1人で雷騰雲奔の王の称号を持っている。その意味は“一瞬も留まらずに過ぎ去る事”を意味する。
来たかと思うとすぐいなくなる自由気ままな猫。そんな人柄を表す称号だった。それ以外の称号の力はよく知らないけれど、隠された力の一つや二つはありそうな感じがする。
ゲームの中でもアラトマは謎が多かった。その謎を解いていく事が攻略の鍵になるのは明白だったけれど、前世の私はアラトマに振り回されて、人間関係を築く事がいかに面倒なものなのかを学んで終わった。
謎にすら触れなかった記憶がある。
「どうして呼んだのかしら?」
風で形作った剣を消し去り、魔法で小光玉を空高く打ち上げた。小光玉は薄っすらと辺りを照らし、辛うじて互いの表情が見える程の明るさになった。
――――最小限の光なら、いつでも逃げる事が出来るわ。アラトマから逃げる事は難しそうでも、退路がある事は気休めにもなる……。
アラトマから距離を置き後ろへ下がると、アラトマは凶器を孕むような目で笑った。アラトマに観察されている事を意識しながらも、私も同じようにアラトマを観察して反抗する。
――――どうしてかしら……? アラトマから「王の風格」を感じるのよね。まるでロゼスみたいに。
前に学生食堂ですれ違った時、食事の所作が綺麗だと思ったからだろうか。黙々と食べるその姿に何故か目が惹きつけられたのは、「王の風格」のせいかもしれない。そんな突拍子もない感想が漏れてしまう程、「王の風格」を感じる決定打を私は上手く言葉に出来なかった。
本当の事を言うと、ずっとアラトマの事を気にしていたのは確かだ。ロゼスには止められていたけれど、本当は皆と同じように話したり友達になりたかった。
――――今からでも友達になれる? でも、こんな出会い方はゲームでもした事がないわ。そもそも、こんな出会い方して良かったのかしら……? 会話も今日が初めてなのに、私の名前を知っていた奴よ? うーん……。
長い沈黙の後、私を観察し終えただろうアラトマが、やっと口を開いた。
「ずっと話したいと思っていたんだよね。リコリスは俺らを誑かす女王だから。でも、誰も紹介してくれないから強硬手段に出ちゃった♪」
「……誑かしてなんかいないわ。そんな事は誓ってしていないから安心して? でも……そうね。話したいと思っていたのは、私も同じ。今まで機会がなかったから……」
「ロゼスが駄目だって言ったんでしょ? 悲しいなぁ、そんな風に仲間外れにされると、悪戯もしたくなっちゃうよね? 塗り薬とか置いたりして、気を引きたくなったりさぁ」
アラトマが意味深な笑みを作ると、塗り薬を返した時のロゼスの様子が、どことなくおかしかった事を思い出した。しかも、あの塗り薬の持ち主がロゼスではなくアラトマ自身の物だと言っている。てっきりロゼスだと思っていたけれど、今にして思えばロゼスは塗り薬を受け取っただけで、自分のだと言っていなかった。
――――ロゼス、どうして……。
「あれ、ロゼスから聞いてない? あはは、意外と大事にされてないんだねぇ? あの塗り薬は俺がリコリスの部屋に置いた物だ。ロゼスの部屋から盗んでね」
アラトマはの話し方は、神経を逆なでするような話し方だ。ロゼスが私をアラトマに近付けさせない理由が分かった気がした。アラトマには得体の知れない不気味さがある。
そんな事を考えていると、アラトマは至近距離まで近付いてきた。この距離の近さは初めて話す2人の距離感ではない。ロゼスなら許される距離でもアラトマは違う。拒絶の意思表示として私は一歩後ろに下がった。
逃げた獲物を追うようにアラトマもまた笑顔で近付いて来る。
笑顔なのに、凍り付くように冷たくて怖い。本心をどこかに忘れてきても気にしないような薄っぺらさを嫌でも感じてしまった。学生食堂で見るのと実際話すのとでは、抱く印象がこうも違うなんて……。
でも。
深く、もっと深く潜って観察すると、そこには意外な顔が隠れているのかもしれない。人間という者は多かれ少なかれ、皆、仮面を幾つかぶら下げて演じ分けているから。
ゲームの中のロゼスやユラがそうだったように、こんなアラトマでも過去に何かがあった可能性もある。この得体のしれない不気味さがその産物なら、それを“今”攻略しなくてはいけない。攻略出来なければ、終わる気がする……。
――――うん、やってやるわ!
アラトマが上手く隠している本心に辿り着くまで、一枚一枚仮面を剥ぎ取ってやる。アラトマという人物像を頭の中で、仮定と否定を繰り返しながら推測していく。その推理が正しいかどうかは分からない。だから、今から答え合わせをしよう。
「うん? そんなに見つめられると照れるなぁ。恋に落ちちゃった?」
「大丈夫、落ちていないわ。アラトマの方こそ私の事がそんなに気になるのかしら?」
敢えて挑発するような言葉を投げかけた。
普段なら絶対に言わない言葉を口にすると気恥ずかしい。自分に自信があるみたいで、本当の悪女になった気分になる。でも、悟られないようにアラトマに接しないといけなかった。
「ロゼスがリコリスに夢中だからね」
「……アラトマはロゼスが気になるみたいね?」
「……」
探られては探り返す、そんな事を私たちは繰り返している。無言でさえ、探る材料になった。
動揺だけはしてはいけないと本能が警告している。例え血の匂いが先程から鼻先を掠めようとも。
アラトマが近付いて来た時から薄々感じていた匂い。気の所為かもしれないと思ったけれど、それは段々と確信に変わっていく。
「……誰かを殺したの?」
探ってみると、今までで一番アラトマが反応した。
「あー、気付いちゃった?」
鼻に付く匂いは血の匂い。まだ新しい鉄の匂いだ。
――――あ。
タイミングを見計らったように、雲に隠れていた夜の太陽が顔を見せた。小光玉の魔法では見れなかったアラトマの全身の姿がはっきりと見える。服は所々破れ、血と泥で汚れていた。整えられていない髪と退廃的な服装を纏う姿は、アラトマのイメージに合っている。
孤高の治者そのものだった。完全無欠の王の称号の力で感情が希薄になったゲームのロゼスの姿と、どことなく重なる。
「誰の血なの?」
「さあ? それ重要?」
「学園内での殺生は禁止事項なのよ」
「はは、真面目だなぁ。それ本気で言ってる? 暗躍とかしてるのに? あんまり真面目だと飽きられちゃうよ、ロゼスに」
「――――はぁ?」
その言葉は私の古傷に塩を擦り付けた。感情を逆なでするつもりでその言葉を吐いたのなら、これ以上に的を得た言葉はないだろう。
魂の奥底のゴミ箱に捨てた元夫の記憶が面白いように飛び出してきた。
不倫した元夫と同じ言葉をそんな顔をしてアラトマも言うのだとぼんやり思いながら、動揺よりも怒りの方が大きかった。
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