46 雷騰雲奔(らいとううんぽう)の王①
見渡せる目と影の跳躍の力を使い、暗躍活動を始める。ガゼロたちと合流する事も考えたけれど、ロゼスの気持ちを汲んでそれは止めておいた。
2回目のお茶の時間の時、ロゼスとガゼロは決闘場で殴り合った事がある。その時に私なんかが2人の間に割って入るべきではないのだと悟った。2人の事はそっと外側から見守るべきだという事も……。
その時に比べたら、今の2人は少し仲が良くなったと思う。少なくとも表面上は……。腹の内はまだ分からないけれど、今日の暗躍活動の機会を活かして2人の関係が深まればラッキーだ。
こんな状況でも冷静に物事を見ているなんて、私という人間は思った以上に残酷かもしれない。ロゼス以外の恋愛フラグを立てる事を避け、出来る事なら自分の関わらない所で上手く収まって欲しいと、狡猾に考えている。
都合良く仲間や同志としての関係をしれっと築こうとしているのだ。ガゼロの好意に気付いている事に蓋をして、フラグを立てないように押さえ付けている。
乙女ゲームの醍醐味だって分かっているけれど、現実問題としては良心が少し痛んだ。
思い悩める心とは裏腹に、目の前の夜はあまりにも静かだった。風がすり抜ける音、木々が木の葉を揺らす音に、生き物の鳴き声が響き渡るそんな夜。自然を感じさせる音しか耳には届かない。
一般女子・男子寮、教室棟、宿舎など人が集まりそうな所を重点的に探っても、いつものように黒い声は聞こえない。音や話し声、行動の一つ一つに目を光らせても、何も拾えなかった。
「どうして音が…………?」
耳に集中して深く探っていくと、やっと人間の寝言や寝息を拾う事が出来た。でも、夜が深まる前のこの時間に全員が寝ている事はとても不自然で、胸がざわつく。
「おかしい。一体何が起こっているのかしら……?」
ロゼスやガゼロ、爛諭の気配を探ってみる。この3人なら何が起こっても大丈夫だと思っていても、不吉な予感が拭えない。
――――あれ? 気配が辿れない!?
見渡せる目では3人の気配は何かに遮られて辿れなかった。その代わりに夜の粒子が薄い所を探ってみると、痕跡は決闘場の方へ続いている。夜の粒子が薄いという事は、ガゼロたちがそこを通った可能性が高い。
進むべき道を見つけると、西洋館の屋根の上から影の跳躍を使い、決闘場の方角へと向かった。一般級の生徒たちが使う教室棟から西の方角に突き進むと、道はさらに細くなる。その細長い道を道なりに行くと、巨大植物の中にひっそりと佇む伝統的な決闘場があった。
西の方角にある細い道を見付けて、私は足を止めた。
「うん、間違いないわ。3人は決闘場にいる。出来事なんてこんな序盤にあったかしら? 攻略未踏のルートに入ったとか? まさか喧嘩なんてオチは……」
――――ないわよね?
決闘場は特別な事がない限り、夜は施錠されている場所だ。そこにガゼロたちが向かったのだとしたら、何かが起こっているからに他ならない。
目の前の道にはお化け木々が道を挟むように立っている。枝と長い葉を垂らし、風が吹く方向とは真逆の方に揺れていた。他の生き物を驚かすためにお化け木々は枝や葉を落とすと、ロゼスがこの前言教えてくれた。
ロゼスとガゼロが決闘場で殴り合った時も、この道を通った。その時は何とも思わなかった道が、今では少し怖い。
「こうして見ると不気味だわ……」
影の跳躍で駆け抜けてしまえば一瞬かもしれないと思う事も、最初の一歩が中々踏み出せない。
そんな事をしていると、今度は斜め後方からまた別の気配がした。
タイミングを計っている私の邪魔をして、自己主張するように向けられたこの気配に思わず振り返った。
「何よ、この嫌な感じは……」
目の前のお化け木々にも勝る気味の悪い気配が、私の肩を撫でて誘っている。
「入学してからまだ日は浅い。それなのに、ラスボス級の嫌な感じがする出来事の同時発生は、やっぱりおかしいわ」
本来「思い出の花1」は入学から2年間の恋愛物語。
月兎の刻999年、学園生活最後の1年が始まる。ここからが「思い出の花2」の物語だ。白魔の刻に千年時計が鳴り、大戦争の幕が切って落とされる。今から2年後の事だ。
――――今はっきり分かった。「思い出の花2」の物語はもう始まっているんだわ。「思い出の花1」と同時進行、またはそれに近い形で進んでいたのね。私が先手を打つ度に、きっと物語の進むスピードは速くなってしまったんだわ!
その事は攻略難易度が高くなった事を意味している。恋愛攻略もろくに出来ない私が毒の真相と大戦争回避など、器用に立ち回れるはずがない。でも、運命は止まる事なく時を刻んでいく。
だから――――私は目を閉じた。
目の前に見えるお化け木々の姿も、ガゼロたちの痕跡も、背後に漂う不気味な気配も、全部視界から消した。自身に10秒の時間を与え、覚悟を決め、自分を納得させるための時間を設けた。自分の決断に後悔しないための時間でもある。
私はロゼスと幸せになるための一歩を踏み出したばかりで、ガゼロや爛諭と築いた少しばかりの信頼の絆もあるのだから、本来なら迷わず彼らの後を追うべきなのだろう。でも、私は彼らを信じて引き返す決断をした。
後ろ髪を引かれるような思いで、決闘場に背を向けた。
私が目指すのは平和な世界。武器を持つ世界ではなく、言葉で傷付け合う世界でもなく、平和な世界で調理器具を持って愛する人のために温かいご飯を作りたい。戦禍の中の物語なんてきっと涙が止まらないから、そんな事は絶対に避けなくてはいけなかった。
誰かが命を落とすようなそんな悲しい結末は、誰も望んではいない。
「ごめんね、皆。後で絶対に向かうから……」
最大限まで力を引き上げて、影の跳躍を使う。裏庭の真ん中を突っ切った先にある夕闇の森の中心部まで、全速力で駆けた。
決断してからの行動は早かった。冷静に事態の収拾に努める。二者択一を迫られて優先順位を付ける事になっても、後回しにした選択さえ納得のいく結果を出せるように、私は考えたい。
そのための努力をしてきたのだから……。
夕闇の森の手前まで来ると、片足に風を纏わせて思い切り地面を蹴り、空高く跳躍した。出来るだけ高く、空を掴み夜の太陽に手が届くような高さを目指して跳躍する。
上空から見る夕闇の森の中心部は、そこだけぽっかりと穴が開いたように何もない。植物すらそこを避けて茂っている。あるとしたら、苔むした大きな岩だけだ。そこに狙いを定めて、全身の力を抜いてその身を落としていった。
「誰かしら? 私を呼んだのは……」
地面と顔が触れる直前で風を使い、柔らかい身のこなしで着地した。もう一度その岩の前で呼びかける。
「誰なの!?」
風は流れ厚い雲が太陽を隠して真っ暗闇になる中、私の言葉に返事をする者は誰もいなかった。暫く突っ立っていたけれど、いつまでも現れない事がじれったい。
「呼び出しておきながら、遅刻なんていい度胸だわ」
風を練り上げて剣を形作ると、7秒後に近付いてくるその人に先手を取られないための準備をする。
すると、ちゃんと7秒後にその人は私の背後に現れた。気配を隠す事もせずに、枝を踏み折るような音を立ててやって来た。微かな殺気を纏わせて――――。
振り向き様に切りかかろうとすると、その人は指3本で剣を止めた。凄い力で剣を押さえているのが分かる。相手の力量を読み取って剣を向けたつもりが、読みは間違っていたのだと知らされた。
「アラトマ・デスロ…………!!」
名前を呼ぶと、その男は飄々としながら笑った。
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