↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/138

4 イベント始動前②

第一章の物語はゆっくり単調に進みます。

お父さまはピーロットの扉を開けて、中へ入っていく。その背中を追うようにして、私もまた足を踏み入れた。


扉に引っ掛けられた鈴が軽快に鳴る。


その鈴音を聞いて、どこからともなく現れた店の女主人がお父さまと言葉を交わした後、私の方へすり寄ってきた。


「本日はどのようなドレスをご希望で?」


「えっと……」


何て言えばいいのかしら?


貧乏だった前世では、ハイブランドの店に入る機会など全くなかった。それは貴族に転生しても同じ。ついこの間まで引き籠りで、よそ行きのドレスなんて必要がなかった。

必要な服は、全部リーナがここで買って来てくれたから。


それでも、戦時には出来ない事をして楽しむのが今日の目的だわ。


女主人にぎこちない挨拶をした後、私は思い切り服選びを楽しむ事にした。


「あ、あの、私に似合いそうなドレスを見せて欲しいわ」


私のその一言で、目の前はあっという間に色鮮やかなドレスで埋め尽くされた。目の前がチカチカしたけれど、折角の機会だから全部着てみる事にする。



「お父さま、この派手な色は私には合わないみたい」


申し訳ないと思いながらも、そう結論を出した。


目の前に並べられた華やかなドレスは、素人目で見ても美しいし、丁寧に縫製されている。けれど、華美の原色ドレスは自分の心の有りように似合わないと気付いてしまった。


奥の方に隠すように置いてある控えめなドレスを手に取る。


「これが良いわ」


「着てもいない服に決めるのかい?」


お父さまが驚いて見ている。


前世の私は自分にかけるお金がなかったから、服装は安くて機能性を重視したものを買っていた。そんな私だから、落ち着いた色や形の方がしっくり心に馴染む。


それに、色々なドレスを着尽くす事を体験したのだから満足だわ。


「これが良いの」


そう言うと、お父さまは納得したように頷いた。


美しい海を思わせる緑と青の中間色のこのドレスは、ステラ島に良く似合う。足元を見せるスカート丈も、短過ぎず長過ぎず丁度いい。一見地味に見えるこのドレスには、丁寧な刺繍や透かし模様(レース)が施されていて、華美なドレスにも負けてはいなかった。


それに、私の薄茶色のこの髪にも、お父さまが私の髪にさり気なく付けてくれた髪飾りにも合いそうだわ。もちろん、宝石の飾りと花模様が描かれたこの靴にも。


「では、着替えておいで。私はその間に会計を済ませてくるから」


「ありがとう、お父さま」


女主人に案内された先は、分厚い真っ赤なカーテンの中だった。着替え部屋なのだろう。ここで待つようにと指示をされた。


「ふぅ……」


カーテンが閉まったのを確認してから、溜息を吐いた。気が抜けて項垂れる。当然目線もだだ下がり。


戦争時には出来ない事をして楽しもうとは思うけれど、慣れない貴族の服装も、生活も、未だに肩が凝って仕方がなかった。


身体のラインを綺麗に見せる為に、ドレスは体を引き締める。貴族の服――――社交界の戦闘服と言われるドレスとはまだ仲良くなれそうにない。


それに、ステラ島にはオーレア家以外の貴族はいなかった。社交界の噂も、こんな島には届かない。


そんな環境で暮らしていると、私もドレスを脱ぎ捨てて島の人と同じ目線で暮らしたくなる時があった。贅沢の中にも悩みがある事を、私はこの世界に来て初めて知った。


ふと目線を上げると、この部屋が全面鏡張りになっている事に気が付いた。どの角度にも、疲れが蓄積されている私の顔が映っている。


「失礼します」


店の着付け係が一声かけて、私の選んだドレスを持って中へ入ってきた。

着付け係は私の着ている物を手慣れた手付きで脱がしていく。


この世界で何が一番大変かと聞かれたら、私は迷わず1人で服の着脱が出来ない事、と答える。そんな事を考えていると、着付け係がこんな事を言ってきた。


「黒いハンカチは、この隠しポケットの中に入っています。ドレスの付属品ですので」


何の事か分からなかったけれど、適当に返事をした。ドレスにポケットなんか付いていない事くらい、私にだって分かる。


何かの間違いだわ。


そう自己完結する中、着付けは着々と進んでいた。淡いオレンジ色の灯りの下、重苦しい雰囲気の中で、新しいドレスを漸く着る事が出来た。それから、鏡で最終確認をする。


ドレスが隙もなく形よく整っているのを見て、くたびれた私の顔にやっと笑顔が戻った。


「うん、素敵。それと、綺麗に着付けをしてくれて、ありがとう」


満足して着替え室から出ると、お父さまはもう店内にはいなかった。窓の外に荷物を抱えたお父さまの姿が見える。女主人に挨拶をして、私も外へ出た。


「お父さま、お待たせしました。どうですか?」


スカートを掴んでお辞儀すると、お父さまは優しい笑顔になった。


「……リリスに似てきたね」


お母さまの名前を口にすると、お父さまは黙ってしまった。


立ち直っているように見えても、ふとした瞬間に亡くなった人を思い出すのは、それだけの愛をお父さまとお母さまが育んできたからだろう。愛情が深い分、悲しみは大きい。


「お父さま……」


感傷に浸るお父さまと私の間を、ステラ島の海風が荒っぽく駆け抜けた。私の髪とドレスは時間をかけて整えたのにも関わらず、あっという間に乱れてしまった。


そんな私を見て、お父さまは悲しみを吹き飛ばすように笑う。私まで何だか可笑しくなって、一緒に笑った。それから、お父さまは私の髪を整えるように撫でて言った。


「リコリス。私が用事を済ませている間、しばらく街を散策しておいで」


「いいえ、私もお父さまと一緒に……」


「ステラ島の鐘が4回鳴ったら、またここで待ち合せよう」


「あの、お父さま? 私も付き添います」


私の言葉が聞こえていないのか、お父さまは1人で行ってしまった。追いかけようにも、この靴ではお父さまのスピードには追い付けない。仕方なく、お父さまの背中を見送った。


お父さま、何だか様子がおかしかったわ。


突然1人にされてしまった私は、行く当てもなく暫く立ち尽くした。鬱々とする前に帰ろうと向きを変えた時、ステラ島の鐘が3回鳴った。


「何かしら……。この感じはまさか出来事イベント?」


「思い出の花」のゲームは、月兎の刻997年、14歳の私、リコリスが聖教王都学園の特別級に入学するところから始まっている。今の私は11歳。


まだゲームは何も始まっていないのに、急かされるような気持ちになっている。


もしかして、何か大事な事を見落としているのかしら……。


静かに目を閉じると、瞼の裏にセピア色の花畑の景色が見える。


「まさか――――」


その瞬間、疑問がするすると解消されていった。


お父さまが私を置いて1人で先に行ってしまったのは、このため。私を連れ出してドレスを買ってくれたのも、全部出来事(イベント)のためだわ!


物語は今、予定調和の如く動き出した。私は舞台へと上がらなくてはいけない。

居ても立っても居られない程の衝動に突き動かされて、私はモナス島国へ続く橋に向かって走り出した。

読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークや広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。