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39 嫉妬と変貌

視点変わります。

教室棟の中へ入ると、ロゼスの前にユラが現れた。


「ロゼス、僕見ちゃったんだけど」


ユラはそう言って、ロゼスを引き留めた。


「何を?」


「僕に言わせる気? リコリスを無視しといてさ」


普段滅多に怒らないユラが、珍しく陶器のような白い肌を紅潮させて怒っていた。綺麗な目でロゼスを突き刺すように睨む。ロゼスは言い返す事もしないで、ユラの話を受け止めた。


「じゃあユラが慰めてあげて」


冷たい言葉を言い放ち、歩き出そうとするロゼスの腕をユラは力強く掴んだ。その瞬間、ロゼスは顔を歪ませてアウラを解放した。


ユラも「僕が慰めたら、嫉妬して暴れる癖に。本当に面倒なんだから、その性格」と小さな声で呟き、アウラを解放して反撃に備えた。


力強くも美しい点は同じだが、2人の美しさは違っていて比べる事など愚鈍極まりない。

2人のアウラは、研ぎ澄まされていて神秘的な光を放っている。暫く両者は向かい合ったままだった。ロゼスとユラのアウラは、行き場所を見失って空中に溢れ出していく。


教室棟にいた生徒たちは「せ、先生~」と情けない悲鳴を上げて、逃げるようにどこかへ行ってしまった。


「……こんなつまらない事で罰を受けて、3年も地下牢にいたくないな」


ロゼスがアウラを沈めると、ユラも「それには同感」と言って、喧嘩は終わった。それから2人は何事もなかったかのように話し始めた。


「ユラはこの学園に来てから、性格が変わったね」


「それはきっとこの学園のせい。ここでは身分も地位も関係ないから」


「そうか……」


ユラの言葉にロゼスは何かを感じ取ったような反応を見せた。


「……そんな事より、リコリスと何かあったの? リコリスは僕と誰かを勘違いしたみたいだけど、それってロゼス? 塗り薬の持ち主を探していたけど……」


「……僕じゃない」


「ふーん、じゃあリコリスを無視したのは何で?」


「…………」


「言えばいいのに。他の野郎おとこと仲良くするのは嫌だって。ロゼスだけがそう彼女に言える権利があるんだから」


僕には何もないのに――――。


ユラは誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。ユラの目が今の感情に合わせて少し濁る。それからユラは、ロゼスの態度に「不愉快」と一言だけ言って、先に階段を上って行ってしまった。


「僕自身も本当にそう思うよ……」


誰もいなくなった螺旋階段でロゼスはそう言った。


踵を返し教室棟を出ると、同じ特別級の男子生徒がいた。その男子生徒を捉まえて、ロゼスは授業を欠席する旨を先生に伝えて欲しいと告げた。「僕、その授業とっていないけど」と愚痴る男子生徒に耳も貸さずに、ロゼスは寮へ向かって歩き出した。


夜が来る前のこの時間は、まだ授業を受けている生徒もいれば、終わっている生徒もいる。授業が終わっている生徒の大半がすぐに寮へ帰らずに、島の外れにある町へ遊びに行くなどして娯楽に興じていた。


ロゼスはそんな生徒たちとは逆方向に歩いている。寮へ帰るため、誰もいないだだっ広い裏庭を一人歩いた。


生徒たちの話し声が遠ざかり、草を踏む音や暴れる風の音が、耳を満たす。


昨日、リコリスとここで悪児オニごっこをした事、深い話をした事を思い出して、ロゼスの表情は和らいだ。同時に、先程傷付いた顔をしたリコリスの表情が脳裏に浮かぶ。


力を入れて握った手に、爪が食い込んだ。気持ちが沈んでいく。素直に聞けばよかったと後悔が心に滲んだ。



昨日の夜、ガゼロや爛諭と何を話していたのか。


何かに巻き込まれているのか。


何故暗躍していたのか。


塗り薬の事も、昼食の時間に爛諭と2人で空き教室へ向かった事も、全部、直接リコリスに聞くべきだったとロゼスは反省した。頼って欲しかった事を伝えるべきだったと思っている。


醜い嫉妬は全部、それを怠った自分のせいなのだと――――。





「あ……」


感情が不安定になり、ロゼスは心の中を這いずり回る称号人格に喰われそうになった。目から光が消えて、人形のように冷たい“完全無欠の王”の姿に変貌しそうになる。


「――――やめろ。まだ称号人格に喰われる訳にはいかない。約束したんだ。大戦争を止めると……」


完全無欠の王の称号は莫大な力と引き換えに、自分だけでなく環境にも影響を及ぼす。


その力は足元の草花の生気を吸い取り、枯らしてしまった。枯渇する事のない魔力はロゼスの感情全てを奪おうとし、また天候を荒々しく変えていく。


しかし、そんな危ない称号だと知っていても、ロゼスはその称号を手に入れたかった。


民のためでも国のためでも父のためでもない。


ただ1人、リコリスとの約束のためにロゼスは称号を手にした。ロゼスはそんな自分自身を思った以上に独善的な人間だと思った。


余裕を持ち、他者への気遣いや思いやりのある心の広い人間になりたいのに、リコリスが絡むとロゼスの心は乱れ隙が生じる。その隙を称号の力は待ってましたとばかりに心に入り込み、ロゼスを支配していく。


青い宝石のような目から光が完全に消えて真っ黒になった後、今度は血のような深紅の色に変わった。髪の毛の色も、金髪から透き通る銀髪へと変わっていく。


狂い咲いた嫉妬の花が完全無欠の王の称号に付け入る隙を与えて、制御できない程に暴走した。


――――原則を支配していたつもりだったのに、本当に“つもり”だったんだ……。


称号の力に抗わなければ、指先一つ動かしただけでこの島を滅ぼしてしまう。それだけの力が今のロゼスにはあった。


――――今ならまだ戻れる。リコリスに会って話すまではこの力を抑えないと……。


ロゼスは頭の中で何回もそう反芻した。その時、目の端にリコリスに似た人影が映った。


「リコリス……?」


遠くてまだはっきりとは見えなかったが、ロゼスはその姿を確かめようと歩き始めた。昏い心に一分の希望の光が射す。


「リコリス!」


もう一度その名前を呼んだ。


段々と輪郭や表情がはっきりしてくる。覚束ない足取りでこちらへ歩いてくる人影は、ロゼスの呼びかけに返事をしなかった。しかし、その人影はロゼスの中のリコリスとぴったり合わさる。


ロゼスがリコリスだと認識したその時、自身に絡み付いた黒い醜い感情が剥がれ落ち、やがてロゼスの目には青い光が灯った。感情は安定し、完全無欠の王の称号の力の暴走は止まった。

読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークや広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。




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