36 爛諭の恩返し①
――――もうお腹いっぱい。美味しくて食べすぎちゃったわ。
まだ時間がある事を確認してすると、消去法で塗り薬の持ち主を探す事にした。
ガゼロと爛諭は、たぶん違うと思った。
あの夜ガゼロは情報を知る男を尋問していたから、私に構う余裕はなかったはず。爛諭も教室棟にいる“男の仲間”の処分をしていたから、同じ事が言える。
そう考えると、一番可能性が高いのはロゼスだろう。でも、上の階でガゼロを見張っていた可能性もある。アラトマについては今のところ接点がないから、分からない。
「う~ん」
――――思い切ってロゼスに聞いてみる?
深い仲になりつつあるロゼスなら、私の推測が外れていても快く受け止めてくれるかもしれない。あくまで最終手段だと自分に言い聞かせていると、賑やかな声が学生食堂まで届いた。思わず席を立って窓の外を見る。中庭では羽を伸ばし寛いでいる生徒が予想以上に多かった。娯楽が少ない学園の数少ない溜まり場となっているようだ。
――――ロゼスも中庭にいるかもしれないわね。
窓越しにロゼスの姿を探したけれど、大きな木が邪魔をしていて2階からは良く見えない。
“見渡せる目”や“影の跳躍”が使えたら良かったけれど、昨日は眩暈と激しい頭痛が起こるまで見渡せる目を使ったから、今日は身体のためにも使えなかった。身体を酷使する影の跳躍も身体の事を考慮すると使えない。
それでも、何もしないよりはマシだと思い、学生食堂を出て1階へと移動する。中庭へと続く廊下を足早に歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「失礼。少し宜しいですか?」
次期大公候補なのに畏まった言い方をするのは何故だろう?
少し性格に問題はあるけれど、丁寧な言葉遣いや気位の高い人に仕えるような仕草が染み付いている。そんな彼に声をかけられて、ふとそう思った。
「用件は何かしら?」
早く事を済ませようと愛想笑いをする。
「昨日のお礼をしようかと思いまして……。おかげ様でたくさんの情報が分かりました」
爛諭は相変わらず蛇のような視線を這わせながら、私の耳元で囁いた。他人の目を気にする爛論に配慮して小さな声で話す。
「あの男たちの処分はどうなったのかしら? 学園長に引き渡して、地下牢行き?」
爛諭は「まさか」と怪しげな笑みを浮かべた。
「ま、まさか、殺し……」
「――――してませんよ! そんな野蛮な事、戦争でもない限りしません。彼らには、私の部屋で実験に付き合ってもらっています」
爛諭と話していると、学園の規則もペトロトリア法も無意味なものに見えてくる。
「……バレたらどうするの?」
そんな“へま”を爛諭がする理由がないと思いながらも、聞いてみる。すると、爛諭は「むしろどうやったらバレるのです?」と自信満々に答えた。
「貴女さえ口を割らなければ大丈夫ですよ」と脅しの一言も添えられる。
――――ですよね。私もそう思っていました。
言いたい事を全部笑顔で表現してみたけれど、爛論には無意味だった。
「……ゴホン。で、お礼は何をしてくれるのかしら?」
爛諭の要件が私にお礼をする事ならば、早くそれを受け取って立ち去りたいわ。何なら、お礼なんていらない。
爛論を急かして、中庭へ急ぎたいと視線で訴える。
「ああ、そうでした。昨日の夜、睡眠時間を削って実験をしたのですが、彼らには毒が注入されている事が分かりました。その毒はとても珍しく、生きている人間の精神を壊し、化け物に変える毒です」
「え?」
「その毒は少しずつ時間をかけて身体を蝕んでいきます。葉の模様が成長すると、最後に大輪を咲かせます。大輪を咲かせると、人としての精神は完全に消えるようですよ」
「つまり?」
夢と似ていると胸を騒つかせながら、爛諭に聞いた。
「――――死です。肉体は生きていますが、精神を完全に消されていますから、死と同義と言えるでしょう。先程1人の精神が完全に消えて、化け物になりました。今は私の呪術で何とか抑えていますが、封を解くと襲いかかってきます。中々の強さですよ」
段々と見えてきた全貌に、思わずごくりと唾を飲んだ。
そんな私とは違い、爛諭の目は生き生きとしている。“実験”と言っていたから、元々色々と試す事が好きなのだろう。
ゲームの中では差ほど興味を惹かれなかった爛諭の事が、少し分かった気がする。
黙っていれば美形で聡明なのに、この性格が一癖も二癖もある。猟奇的な部分さえ魅力的に見せる爛諭は、少しだけズルいと思った。
「お礼がこの情報だけでは足りませんか? なら、これも付けましょう」
私がじっと見つめていたからか、爛論は勝手に誤解して話を進めていく。爛諭は小さな瓶を私に差し出した。
「これは?」
「女性の喜ぶものを私は知らないので、他人に聞いてみた結果がこれです。何でも恋に効くものだとか……」
「もっと詳しく聞かせて欲しいわ、その話」
王道の乙女アイテムを目の前にして、その話に飛びついた。
「薬を飲む」か「薬を飲まない」の選択肢が、ゲームなら絶対に出るに違いないわ。
そんな場面を想像して、悦に入る。
「媚薬、としか聞いていません。効くのかどうかも怪しいですが……。効能も飲むまで分からない、まさにゲーム感覚で試す代物だそうです」
「良いのかしら? もらっても」
「私が持っていても必要ないですから。どうぞ」
爛諭からそれを受け取ると、重ね重ねお礼を言った。
「爛諭は思っていたよりも、義理堅い人なのね。ありがとう」
「どういたしまして」
その時初めて、心から笑った爛論の笑顔を見た気がした。
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