22 博聞強記(はくぶんきょうき)の王との出会い
ガゼロにかける言葉が見つからなかったけれど、代わりに“真っ黒な手”だと言っていたその手を繋いで、ガゼロと一緒に原生林を抜けた。
ガゼロは驚いていたようだけれど、気にしない振りをした。多少強引でないと暗い過去に引っ張られるような気がして、大胆な行動をとった。
◇
目の前に佇む聖教王都学園を見ても、まだほど遠い印象を受ける。
学園は高い塀に囲まれていて、外から中は見えない。塀が続いているので入り口も分からなかった。見えているのに入り口が分からないのは、まだ着いていない事と同じだ。
「正門はどこかしら?」
塀を伝い、門を探す事にした。
今日は4年に一度学園の正門が開かれる日だ。聖教王都学園は4年に一度13~18歳以下の生徒を募集する。それから3年間は学園の中で過ごす規則だ。3年後に全員が卒業すると、残りの1年間、学園は休止期に入り閉じる。その後1年経つと、また門は開かれるという仕組みだった。
魔法や風を使えば登れそうな塀だったけれど、誰もそれをしないのには理由がある。アカネイラ先生曰く『無理に塀を越えて中に入ろうとする者は、鉄槌が下される』との事だった。
脅しだと思っていたけれど、過去に鉄槌を下された人が確かに数人いた。その話はまるで伝説のように語り継がれている。
ただの学園と侮るなかれ。
国と同等、金城鉄壁の防御力を誇るこの学園には、幾つかの強力な力がある。学園全体に“血界”が張り巡らされていて、ありきたりな攻撃ではこの学園には届かない。
また、この血界はどんなに小さなものでも外へは出してくれない厄介なものだった。その他にもまだ秘密があるらしい。
「正門はあっちだな」
ガゼロの後を付いて行くと、大きな黒い門が見えた。
漆黒に塗られたその大きい正門は開かれていたが、外から来た者を歓迎してはいないような雰囲気だった。良く見ると塗装は剥げているのに、威厳は全く衰えていない。風に揺れる門がキーキー音を立てると、尚更不気味だ。
そんな門の前には、人が立っている。ガゼロはその人に気が付くと、繋いでいた手をそっと離した。
「遅かったですね、ガゼロ。待ちくたびれましたよ」
「トラブルがあってな」
ガゼロは、その人と親しそうに話をし始めた。
緑色の長くて綺麗な髪、黄緑色の目をした賢そうな男の人は、名前を紅爛諭と言った。もちろん攻略対象者の1人で、ガゼロの友達でもある。
ユリネス大公国(旧華焔国とユリネス公国が合併)出身のとても頭がキレる人で、博聞強記の王の称号を持っていた。博聞強記とは、広く見聞してよく記憶している事。この場合の「強記」は、記憶力の強い事を意味している。
ユリネス大公国は、ペツィート王国と協力関係にある同盟国だ。戦い慣れしているペツィート王国の頭脳になっている国でもある。この二国が手を結んだ事は、ペテロ帝国にとって大きな脅威となった。ペテロ帝国がモナス島国への支配を強めたのも、これが原因ではないかと言われている。
視線を感じ取ったのか、爛諭はガゼロに見せていた笑顔を真顔に変えて、私を見た。
「そちらの方は?」
爛諭に促されて、ガゼロは私を紹介した。
「リコリス・オーレアだ。同じ特別級らしい。理由あって一緒に来た」
ガゼロに初めて名前を呼ばれたのが爛諭に紹介する時だなんて悲しいけれど、名前を憶えていた事には少し驚いた。
ガゼロに「お前」と呼ばれる度に、少し引っかかっていたのよね。うん、名前を憶えていたみたいで、良かったわ。
胸の内がすっきりした所で、私はにっこり笑って爛諭の前に歩み出た。
「ステラ島出身のリコリスです」
「ユリネス大公国から来ました、紅爛諭です。これをどうぞ」
爛諭は丁寧に挨拶をすると、白銀の布を差し出した。
「これは?」
「ユリネス大公国の民芸品である“白銀のハンカチ”です。飾りはなく地味ですが、制服の汚れが綺麗に取れますよ」
「あ、ありがとう……」
いつ気付いたのかしら? 良く見なければ肩の汚れなんて見えないはずなのに。侮れないわ。
そう思いながら、差し出された白銀のハンカチを受け取った。
「綺麗……」
思わずそう呟いてしまう程、丁寧に縫製されたハンカチだった。手触りもとても良い。
でも、この綺麗な白銀のハンカチで肩の汚れを拭くのは、とても気が引けるわ。ハンカチを使わずに仕舞ったら、爛諭の親切を切り捨てる事になるし……。
――――ああ、もう! 女は度胸よ。
迷ったら自分の心に従う。前世で失敗したやり方だって分かってても、これ以外に方法が思いつかないもの。
優しく肩を撫でるように白銀のハンカチを当てて、こびりついている花粉を拭いた。
「えっと……。汚れが消えた!?」
強く擦った訳でもないのに、花粉の汚れは綺麗さっぱりなくなっている。もうどこを汚したのか分からない程に元通りで、新品同様の美しさを保っていた。
それは白銀のハンカチも同じで、汚れが全く付いていない。
「不思議だわ……」
「そのハンカチ、良かったら記念に差し上げますよ。洗ったらまた使えます」
「ありがとう、爛諭。ユリネス大公国の民芸品は、まるで魔法みたい。一級品ね」
爛諭にそんな言葉を返した。私の言葉に終始笑顔が印象的な爛諭だったけれど、どこか作り物の笑顔が気になった。
「さて、もう特別級では担任の先生による挨拶が始まっていますよ。教室は、あちらの棟の3階です」
棟を指差して、話を切り上げるようにそう告げる。爛諭はガゼロの方を向いてしまった。
これは、ガゼロと二人きりにして欲しいという意味よね?
そう解釈した私は2人に別れの挨拶を告げて、教室棟を目指した。
――――攻略対象者同士、何を話すの? こうもあからさまだと気になるわね。そうだわ。
「主人公特権の“見渡せる目の力”、使ってみようかしら?」
見渡せる目とは、少し遠く離れた所からでも、話し声が聞ける能力の事だ。元々耳が良い事に加えて、さらに称号を獲得したせいか、遠くの声も良く聞こえるようになった。
子供の時は壁に耳を付けて聞いていた音も、歳を重ねるうちに自然と音が拾えるようになり、称号を獲得した今では、大体500メートル以内の音や声が聞けたり、感じたりする事が出来る。
しかし、一見万能に見える能力でも弱点はあった。
大勢人が集まる場所では声や音が拾えても、誰の声や音なのか特定する事は難しい事。主要人物やサブキャラクターの重要な事、物語の根幹に関わる事を聞こうとすると、雑音が混ざり聞き取りにくい事。そして、頻繁に使うと眩暈や激しい頭痛に襲われる事。
そこを理解して使えば、中々の秘密兵器となる。そして「見渡せる目」は努力で得た称号ではなく、一定の年齢に達すると主人公特権として称号獲得し使えるようになる代物だ。
◇
「ガゼロ、トラブルとは?」
「眠り草の花粉を肩に付けられて、眠らされただけだ。遅れて下船して原生林の中を歩いていたら、人喰い植物に襲われた」
「あの女は?」
「リコリスも俺と同じだ。眠り草の花粉が微妙に違っていたから、それぞれ違う人間に同じ罠を仕掛けられた可能性がある。きっと偶然だ」
「偶然かどうかは、私が調べますよ。それまであの女には近付かないでください。その女が黒でしたら、私が暗殺を」
「ったく、お前の潔癖には毎度呆れる……。柄にもなく、お前のお気に入りの白銀のハンカチを渡すもんだから、てっきり気に入ったのかと思ったけどな」
「ふっ、まさか……。それと、これをどうぞ」
「……相変わらず、用意が良いな。白銀のハンカチを2枚も持っているのか」
「いいえ? もっとです」
「…………」
そのようなやり取りが私の耳に入ってきた。
物騒な言葉も聞こえてきたけれど、ハンカチをいっぱい常備している爛論を想像すると、少し笑ってしまった。
でも、私を疑っている爛論を野放しには出来ないわね。しかも暗殺ときた。身の潔白の為にも、私は対策を練る事に決めた。
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