13 前世の私は、大海に憧れる底辺蛙
第一章の物語はゆっくり単調に進みます。
「覚さん、またここ間違えてるわ。いつになったら覚えるの? 使えない子ね」
その一言に傷付いて、次は間違えないようにしようと思う。でも、心理的重圧を感じてしまい、中々上手くは出来ない。また失敗してしまう悪循環。
こんな不器用な人間もいるのだと知って欲しいのに、上手く伝える努力もせずに諦めてしまう。どうせ言っても理解されないと思い、口を閉ざしてしまう。
それに、仕事を覚えて出来るようになれば文句は言われない。結局それが一番の近道だと知っているから、黙って飲み込むしかない。
勉強は努力した分上がり、仕事は違った。覚えた事をすぐに活かせる人間は、きっと器用に柔軟に生きていける。でも、私はそんな人間ではなかった。
少しずつ溜まっていくフラストレーションを上手く吐き出せなかった。
知らなければ覚えればいい? 出来るように努力すればいい? 周りが変わらなければ、自分が変わればいい?
その言葉は私には重くて、簡単には言われたくない言葉だった。
そんな事を軽々しく言う人間も、所詮は井戸の中の蛙だと思っていた。自分と他人の井戸を比べて、自分の井戸の方が優れていると思っているだけなのだと。
最新技術は常に前を向き、物はその度に新しく生まれ変わる。古いものは消えるか、形を変える。
でも、人間はそんなにすぐには変わらないし、簡単には消えない。会社を辞めたり学校をやめたりしてその場からいなくなっても、何もなかった事にはならない。
染みついた悪しき風習を変えてみせると強く思っていても――――。
そんなにすぐに変えられたら、私がほぎゃーと生まれた日にはもう生きやすい世界になっていた筈で。
それなのに、今もこんなに世界が息苦しいのは……。私達は大海を知らないのに知った気でいる利己的な蛙だから。皆が生きやすい社会にしようなんて、大多数の蛙は考えていないから――――。
「…………様、――――リコリス様、お目覚めですか?」
ドアの向こう側でリーナの声がする。その声に呼ばれて夢からは目覚めた。
「今起きたから、大丈夫よ」
「そうですか……。では朝食の準備をしておきます。あと、今日はアカネイラ先生が来る日ですから、早めに支度をお願いしますね。」
「うん」
リーナに促されて、すぐ天蓋付きベッドから出た。使用人であるリーナは余程の事がない限り、私の身の回りのお世話をしない。私がそう頼んでいるから、リーナもそれを尊重してくれた。
ネグリジェを脱ぎ捨て、服を選んでいく。動きやすく1人で着脱出来る服装を手に取った。
「昨日は色々あったから、こんな前世の夢を見たんだわ」
シャツのボタンを掛けていく。
夢の内容はしっかりと覚えている。浅い意識の中で見た夢の内容は、前世で体験した事や思った事がそのまま反映されていた。
この「思い出の花」の世界に来てから何年も経つというのに、前世の嫌な出来事は昨日の事のように思い出せる。楽しかった記憶もあったはずなのに……。
嫌だわ、もう私はリコリス・オーレアなのに。
「あ! 昨日、日記を書かずに寝ちゃったかも……」
ふと日記の事を思い出して、思い切り目が覚めた。
「思い出の花」のゲームにはセーブ機能がある。生憎、この世界にはそんな便利な機能はないけれど、私はセーブの代わりに日記を付ける事を習慣にしていた。
文字が書けるようになってからは、昔の事も含め遡って書いている。大事な事は、全て記録する。それが何の役に立つかは分からないけれど。書かずにはいられないのは、きっと前世の性分だ。
日記を書く事で自分の心を客観的に見れるのもいい。昨日の事は特に重要だったから、3年後の為にも覚えておかなくちゃいけないわ。
人差し指をジュエリーボックスに向けて、左から右へなぞるように魔法を使った。すると、部屋のジュエリーボックスの中に隠してあった鍵が、鍵穴ではなく私の手に勢いよく飛んでくる。
独学の魔法ではこんな失敗も付き物で。恥ずかしい。
仕方なくその鍵を手動で、机の引き出しの鍵穴に挿した。
カチッとロックが外れる音がする。
引き出しの中を開けると、日記帳が開いたまま仕舞われていた。
「あれ、開けっ放しで仕舞ったかしら?」
日記帳を手に取り、確認する。
中身はそのままだけど、誰かに見られていたら? ううん、お父さまもリーナも私に無断でこんな事はしない。
きっと何かの拍子で開いてしまったんだわ。
そんな風に自己完結して、それ以上は気に留めなかった。
早く準備をしなければアカネイラ先生が家に来てしまう。
「記録」
そう唱えると、筆は私の心や記憶を読み取るように勝手に日記を綴っていく。
「時間が許すのなら、私が直接じっくり日記を書くのに」
筆に思わず手が伸びるのを律しながら、仕方なく鏡台の前に座る。
記録している間、丁寧に髪を梳かした。絡まることなくするすると櫛が通るのは、やっぱりいいわ。
前世の私の髪質と全然違う。
鏡の前に静かに映っている姿は、綺麗でまだあどけない少女の姿だ。
薄茶色の髪に薄桜色の瞳。顔のパーツはどれも小さくて綺麗に整っている。
「自分でもびっくりの容姿」
化粧品の価値を下げてしまうその自然な顔立ちは、私が見ても羨ましいと思った。けれど、その中身は前世の記憶をそのまま引き継いできたもう一人の私。
私なのに私じゃない感覚。この身体に私の心は似合わないんじゃないかって――――。
あっという間に整ってしまった髪をリボンで結んだ。その頃には記録はもう終わっていて、鍵と日記帳を定位置に戻す。
「さてと。今日はアカネイラ先生に初めてお会いする重要な日だから、気合を入れて頑張らないとね」
自分自身を鼓舞して部屋を出た。
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