12 一日の終わりと忍び寄る影②
第一章の物語はゆっくり単調に進みます。
「ウホン……」
お父さまの咳払いが先に沈黙を破った。顔だけ後方にいる私に向ける。目が合った瞬間、元の優しいお父さまの顔に戻った。
私の胸は不安と安堵でぐちゃぐちゃになりながらも、お父さまの事が心配で隣まで距離を詰めた。
けれど、私はお父さまが優しい顔に戻っても、話しかける事は出来なかった。それを察したようにお父さまは言った。
「すまない。でももう心見の森の事を話題には出してほしくないんだ。心見の森の事を知っている人間は限られているからね」
「はい……ごめんなさい。お父さま」
私が素直に謝ると、お父さまは頷いて「この話はこれでお終いにしよう」と言った。私も当たり障りない返事をして話を切り上げる――ふりをした。
本当は、理由を尋ねたかった。
その気持ちを悟られないようにそっと飲み込んだ。
根掘り葉掘り聞きたいのを我慢して、聞き分けの良い私になって笑顔で「分かりました」とお父さまに言った。
今が夜で良かったわ。偽った心を隠してくれるから……。
これ以上の詮索は危険だと判断して、私は水面下で動く事を誓った。どんなに時間がかかっても秘密裏に調べ上げ、この事がどう物語に絡んでくるのかを見極めようと思った。
緩い上り坂の所で、お父さまは立ち止まって言った。
「それと今日手続きをしたから、明日には優秀な家庭教師が来る。モナス島国出身の有名な人だ。名前をアカネイラと言う」
「アカネイラ先生ですね……分かりました、お父さま。真面目に……頑張ります」
「励みなさい」
会話はそれっきりだった。
屋敷に着いた後、お父さまは何も言わずに2階にある自室へ閉じこもってしまった。
私自身も疲れていた。お父さまを気遣う気力はもう残っていなかった。使用人のリーナがそんな私を見て心配の言葉をかけてくれたけれど、声を絞り出す力もない。リーナに手伝ってもらいながら着替えをする。夕食と湯浴みを軽く済ませ、寝る支度をした。
今日の戦利品――ユラ・フィラ様から貰った塗り薬を、私は貴重品箱の中へそっと仕舞った。心見の森で摘んだ3種類の花は、リーナが水を張ったガラスの器に浮かべてくれた。
「リコリス様、こんな綺麗な花どこで摘まれたのですか? ぺツィート王国の花とユリネス大公国の花、アンドーラ国の花までありますね」
リーナは目を輝かせながら、サイドテーブルの上にガラスの器を乗せた。
「うん」
そう返すのが精一杯だった。けれど、長年私のお世話をしているリーナは、何も言わなくても私の状況を分かってくれる。私よりも私の事が分かっているのかもしれない。
私が望んだタイミングで、望む事をリーナはしてくれた。私が1人でやれる事には手を貸さなかった。衣類の着脱には、私が1人で出来ない所だけ手を貸してくれる。だから、ありがとうと伝えたくても伝えられない今の私の状況さえ、リーナには伝わってしまうのだ。
「お礼はいいですよ。リコリス様、ゆっくりお休みになって下さいね」
リーナは心を読んだようにそう言うと、静かにドアを閉めた。
リーナがいなくなってから、私はそっと令嬢の仮面を脱ぎ捨てた。特に今日みたいな日は、堅苦しい事は抜きにして自分を慰めてあげたくなる。
前世に戻って、羽目を外す行為をして発散する。ずっと真面目では心がもたない事を私は知っている。昏い海底にいる心を再浮上させる為にも、私にとってこういう行為は必要なのだ。
私は天蓋付きベッドに思い切りダイブした。ネグリジェがひらりとめくれ、肌が露になる。はしたない事をしても誰にも叱られない。そんな密やかな反抗を私は楽しんだ。ベッドの上で転げたり跳ねたりと一通りの事を楽しんだ後、私はふと本音を漏らした。
「疲れたー。色々な意味で本っ当に心臓に悪い一日だった」
心の中から色々な感情が飛び出る。きつく締めた口紐を緩めると、もう口は止まらなかった。オーレア家専属の家庭教師から指導を受けた言葉遣いも、気を抜くとご覧の有り様だ。
「所詮はゲームの世界だと甘く見ていたけど……。考えなしに動くのは命がもたないかも」
そんな反省の言葉も出る。でも次の瞬間、私は思い切り枕に拳を当てた。
「それにしてもあの騎士には流石に腹が立った。死ぬかと思った。悔しい、勝手に命を摘み取られるだなんて、そんな事させないんだから。ルカス・ジュ・エネフィラ、貴方の正体掴んでやるわ。お父さまの件だって、ロゼス様やユラ・フィラ様の件だって――」
繋ぐ言葉がすぐに出てこなかった。言い切れないものが喉元にこびりついている。
それが何なのか思案に耽っていると、いつの間にか令嬢の言葉遣いと姿勢に戻っていた。習慣とはそういうものなのかもしれない。
「お父さまの件も絶対何かあるわ。ロゼス様とユラ・フィラ様の件も……相当上手く立ち回らないと取り返しのつかない事になりそうな……」
戦争を起こさない為に、色々な人と良質な人間関係を築く。それは、前世の世界でも無理だったように、このゲームの世界でもきっと難しい。
肉親であるお父さまにさえ知らない顔があった。憎しみが内から溢れ出すような、そんな顔だった。
時期が来たらその顔と向き合う日が来るのかもしれない。
ベッドに姿勢よく腰掛けていた態勢から、私は仰向けになってベッドの天蓋部分を見た。透かし模様が付いている白い布は、感情を整理するのに丁度良かった。
「悟りが開けそうだわ……」
どろどろの感情もぐちゃぐちゃの頭の中も、上手く料理してしまえばいい。前世で培われた「真面目」な性格も、役立たせればいいのに。どうしてだろう。上手く出来る自信がない。前世でも仲良くなれない人は沢山いた。割り切れなくて心は何度も折れた。その修行のような行いを、今度もまた一つずつ丁寧にしていかなければならない。今度は命をかけて――。
「ああ、もうどうでもいい……」
眠気に勝てずに、私は投げやりになった。意識を手放して、深い深い眠りに落ちていった。
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