認識のバケモノ
いつの日からか、私はバケモノだった。
自分に興味が無いままに成長したら、いつの間にか爪は伸び、触れるものを傷つけるカタチになっていた。
周囲に興味が無いままに成長したら、味方だと思っていた『世間の目』は、いつの間にか正義の味方になっていた。
正義の味方は高らかに叫ぶ。
「私がバケモノを退治する」
待って、私が何をしたの?地震だって、疫病だって、隣のあの子が転んだのだって、全部全部私は何もしてないよ。
正義の味方が怖くって、普通の人間になりたくて。でも爪はどんなに短く切ったって、どんなに丸く削ったって、直ぐに尖って伸びていく。
「私だってみんなと同じ」
そんな言葉すら人の言葉になり得ず、唸るような声に変わってしまった。
月日は流れ、正義の味方はまた別のバケモノに目をつけた。
私の爪は短くなり、声は人間のものに戻った。
私をバケモノにしていたのは、正義の味方だったのだ。
だから、私は、バケモノを生み出す「正義の味方」とバケモノを恐れる「民衆の声」から飛び出した。
私はバケモノに抱きついた。
「君は人間なんだよ」
その一言で、彼は人の姿を取り戻した。
貴方はただ、言葉の使い方を知らないだけ。言葉を使えないバケモノじゃない。
その手は、人を傷つけるものじゃなくて、誰かを抱きしめるものだから。
だから、正義の味方の言うバケモノで居なくっていいんだよ。
彼が人のカタチを取り戻したら、今度は正義の味方だった人がバケモノにされてしまった。
「お前がバケモノを生み出していたんだ」
そう詰るのは、かつて正義の味方を応援していた民衆たち。
民衆が正義の味方になって、その声は大きくなって、みんなのためを思っていたはずの正義の味方を懲らしめる。
さすがに手に負えない、と思った。
あんなに沢山正義の味方がいたら、あの人はずっとバケモノにされたままだ。
だから、私がバケモノになってやった。
人からの認識じゃない。本物のバケモノ。
人を傷つけ、災いをもたらしてやった。
正義の味方だったバケモノと、正義の味方を応援していた民衆たちは、みんな、私を懲らしめた。
刺したり、切ったり、燃やしたり、色んな方法で私を殺した。だけど、私は死ななかった。
私がバケモノで居続ける限り、みんなが正義の味方なんだ。他にバケモノは生まれないんだ。
だから、みんなが私以外のみんなに笑いかけられるように、私はずっと、バケモノで居よう。