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お茶会の翌日
「やぁ」
フィンスターニス家に第一王子であるオーキッド殿下と第二王子であるロータスが訪れた。
にこやかに微笑むオーキッドと異なり、ロータスはぶすくれた顔をしている。
ただ、友好的な笑みを浮かべているからと言ってオーキッドが私たちに好意的かと問われれば真っ先に眼科に行くことをお勧めする。
表面的には笑っているけど目は油断なくこちらを値踏みしている。
私はお茶会の時と同様に地味女に見えるようにいろいろ細工をしているので変に目をつけられることはないと思う。
面倒な王族との関りはヴィユノークに任せよう。
悪役令嬢としては攻略対象者と関わり合いになりたくないし。
ヴィユノークもそのつもりなのか率先して動いてくれているし。
「オーキッド殿下、ロータス殿下。いかがいたしました?」
ん?
「何か急用ですか?」
んん?
これはあれだよね。
通常なら訪問したい旨を伝え、相手が了承したら訪問日時を決める。その流れを無視して来た彼らに急用でないのなら帰れと言っているんだよね。
ヴィユノーク。優秀な義弟だけど王族の相手は難しかった?
お義姉ちゃん、今から替わった方が良いかな。
国の暗部として陛下直属で動く我が家は当然王子たちの発言に左右されたりはしないけどさ、不敬罪が適用されないわけじゃないんだよ。
それに、扱い方間違えたら私の未来にも関わって来るんだよ。
ここはバトンタッチすべき?
「未来のフィンスターニス公爵に興味があってね。礼儀を無視したことは謝罪する。すまない。ただ、通常通りの行動をとればまず会えないと思ったんだ。優秀な番犬がついているみたいだしね」
そう言ってオーキッド殿下はヴィユノークを見る。
優秀な番犬ってヴィユノークのことか。
私の義弟は理由もなく王族の訪問を断ったりはしないわよ。できた義弟だもの。
「今のうちに唾をつけておこうってことですか?」
ヴィユノークの声が一段低くなった。
隣に座っていた私の背筋がぞわぞわする。義弟の殺気で失神してしまいそうだ。
「君たちのことだから父のことは既に情報を掴んでいるんじゃないのか?」
「何のことですか?」
陛下の病状悪化。
王位継承順位で行けばオーキッド殿下がそのまま王位に即位される。けれど、王位継承権を持っているのはオーキッド殿下とロータス殿下だけではない。
王位継承権第三位、現宰相の息子であるオルビーエ・リーリエ公爵子息。
王位継承権第四位、レム・ヴァーハン侯爵子息
王位継承権第五位、ユーティッド・グレイシャス伯爵令嬢
ただユーティッドに関しては継承順位に限らず可能性はかなり低いだろう。彼女が女性だからではない。
彼女の母が先王陛下、つまりオーキッド殿下の祖父に当たる。彼の妾腹なのだ。その子供であるユーティッドが何かの間違いで王位に就くことになれば貴族が反発するだろう。
王族の血が流れているのは確かなので継承権は与えられているが、彼女になった場合、王は彼女の夫となった人になると思う。
それぞれの真意は分からないけどオーキッド殿下は私たちと懇意にすることで自分の立場をより盤石にしたいとお考えのようだ。
「殿下」
私が声をかけるとヴィユノークに睨まれた。私と殿下が話すことが気に入らないようだ。フィンスターニス家としておかしな発言をする気はないのに。彼はどうも私を信用してくれない。私はそんなに頼りないお義姉ちゃんだろうか。
「フィンスターニス家は次期王に仕えるのではありません。現国王陛下にお仕えするのです。なのでフィンスターニス家としてお答できるものは今の段階ではありません」
「兄上が王になることは変わらない。それでもお前は兄上に頭を垂れないと申すのか」
「ロータス」
兄の為にと歯向かってきたロータス殿下をオーキッド殿下が窘める。
兄思いの良い弟だと思いながらも私は彼の甘い考えをばっさりと切り捨てた。
「はい。未来はどうであれ現在は違います。ですが、あなた様が王になった暁にはフィンスターニス家は誠心誠意お仕えいたします」
「分かった。その答えを聞けただけで十分だ。どうも時期尚早だったようだ。出直すよ」
「兄上」
不服そうなロータス殿下を促して立ち上がるオーキッド殿下に好感が持てた。てっきり食い下がって来ると思った。
「オーキッド殿下、おさげの侍女にお気を付けください」
「?」
だからつい進言してしまったのだ。
何かが起こると分かっていて何も言わないのは罪悪感があった。たとえ死なないと分かっていても苦しむことに変わりはないから。変えられる未来があるのなら変えるべきだ。
「父があなたに贈った贈り物がとても役に立つでしょう。特にあの者に関しては」
私の言った意味を正しく理解したオーキッド殿下は「ありがとう」と言って足早に出て行った。