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次に目を覚ました時は夜だった。
全部、思い出した。
私の名前はオルテンシア・フィンスターニス。
ここはグレンツェント王国。
確かに私が前世していた乙女ゲーム『ガーネット』の舞台だ。そして私は間違いなく悪役令嬢のオルテンシア・フィンスターニス。
そこまでは良い。
問題はここからだ。
地味で冴えないはずの根暗な悪役令嬢が絶世の美少女になっている理由だ。
彼女は元から絶世の美女だった。けれど敢えてそれを隠していた。丸眼鏡をつけて、常に下を向き。誰とも関わろうとはしなかった。
それは彼女の家業に問題があった。
オルテンシア‥‥‥今は私だが。私の家は代々国の暗部を務めている。国に害をなす者を排除、つまり殺すのだ。そうやって国を裏側から守ってきた。
早い話が国民の幸せや国の繁栄のためには綺麗事ばかりでは無理ということだ。そんな私が目立つ容姿では当然、やり辛い仕事もあるだろう。
周囲の者にフィンスターニスの家業のことを知られてはいけないのだ。だから目立たないようにそう振る舞う必要がある。
ただ、私の知る乙女ゲームの設定にそんなものはなかったし、もしそれが事実ならオルテンシアが悪役令嬢としてヒロインのガーネットを虐めるのもおかしいし、断罪もあり得ない。
私の知らない裏設定があったのか、それとも幾ら乙女ゲームと同じ世界だからって現実とゲームは違うから混同させる方がおかしいのか。
どっちが正しいかは分からない。
でも、悪役令嬢である以上断罪イベントが起こる可能性がある。
私がガーネットを虐めなればいいという単純な回避策でどうにかなればいいんだけど。
陰謀渦巻く貴族社会では油断は禁物だ。我が家の没落を狙った貴族が何か仕掛けてくる可能性もある。
「姉さん、起きてて大丈夫なの?」
「ヴィユノーク」
白髪に青い目をしたオルテンシアに負けないぐらい美しい少年が私の部屋に入って来た。彼は私の弟。と言っても血の繋がりはないし、生まれた月が私の方が早いというだけで私とは同い年だ。
彼は元はフィンスターニス家の分家筋の子供だった。妾腹ではあるけど。
そのせいで家族から虐待を受けており、たまたま彼の家を記憶が戻る前の私は両親と一緒に訪ねていた。その私が気づいて彼を実家から引き離してフィンスターニス家の養子にさせたのだ。
今思えば酷いことをしたと思う。
もっとまともな家の養子にさせれば良かったのに。
「過労で倒れたそうだね。父さんは加減を知らなすぎるんだよ。母さんも今回のことはかなり怒っていたよ」
そうなのだ。今の私は十二歳なのだが、その私に父がかなり厳しい訓練と教育を施した結果十二歳で過労死するところだったのだ。
かなりのブラックだ。
決して悪い父ではないのだが、自分で言うのもなんだがオルテンシアにはかなり才能がある。そのせいで父はついつい熱を入れてしまうのだ。
普段何も言わない母が父を叱ったのなら暫くは休暇が貰えそうだ。
「私、どれくらい眠っていたの?」
「十日間」
「えっ!?」
「驚くのは分かるけど、それはこっちのセリフだからね。結構心配したよ。しかも、目覚めたと思ったらまた倒れるし」
「‥‥‥ごめん」
そっとヴィユノークが私の額と自分の額をくっつける。弟とは言え、こんなイケメンに接近されたら心臓が破裂しそうだ。まぁ、血は繋がってないからときめいても問題はないんだけどね。
「熱は下がったみたいだね。良かった」