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「もう!最悪。『残業するな』とかいう割には定時一分前に仕事を持ってくるし。あの馬鹿上司。時計ぐらい見て依頼しろよな。もぉ!本当に最悪。早くしないとイベント終わっちゃうじゃん」
腕時計を確認すると間もなく二一時になろうとしていた。
私が今は猛烈にはまっている乙女ゲームのイベントが今日の一九時から二三時まであるのだ。イベントを全クリして、欲しいアイテムがあったのに。
早く帰らないとクリアする前にイベント終了だ。
だから私は途轍もなく焦っていた。
「危ないっ!」
「ふぇ?」
どんっ。
ブレーキ音と人々の叫び声。
体に今まで感じたことのない衝撃を感じたと思ったら、意識が急にぼやけて周りが何か必死に私に向かって言っているのは分かるけど何を言っているのか分からない。
どうして、そんなに焦っているのだろう?
焦りたいのはこっちだ。早く帰って、イベントをしないといけないのに。
でも体が動かない。瞼がどんどん下がって行く。ダメなのに。どうして言うことを聞いてくれないのだろう。
誰か私を家に帰して。
◇◇◇
「オルテンシア様、どうかされましたか?」
「えっ?」
どこ?誰?オルテンシア?私のこと?何言っているの?っていうか、何その髪の色?染めてるの?似合ってるけど日本じゃかなり目立つでしょう。
しかもメイド服。コスプレ?の、割には妙にはまっているわね。どういうこと?それだけ着こなしてるってこと。
「どうしましょう。全く反応がないわ」
「まだ体調が万全ではないかもしれないわね。私、旦那様に言ってお医者様を連れて来るわ」
「お願いね。さぁ、オルテンシア様。横になりましょうか」
そう言って紫の頭の女性が私をベッドに寝かせる。
何が、どうなってるの?
私、どうなった?
馬鹿上司に仕事を押し付けられて、サービス残業をした。慌てて帰っている途中に体に衝撃が走った。その前に何か、聞こえたな。
『危ない』という声とブレーキ音。その後、周囲がかなり焦っていた。
ああ、もしかして私は交通事故に合って死んだのか。
ということは私は転生した?
オルテンシアに?
待てよ、オルテンシア?それは私がはまっていた乙女ゲームに出てくるある登場人物の名前だ。
‥‥‥珍しい名前ではあるけどどうやらここは異世界のようだし、同じ名前でもおかしくはないだろう。
‥‥‥‥。
「オルテンシア様、どうされたんですか?いけません、安静にしてなくては」
私は紫の頭の女性の制止を振り切って鏡の前に立った。
モスグリーンの髪に黄金の瞳。この世の者とは思えない絶世の美少女
「何だ、やっぱり人違い」
乙女ゲームのオルテンシアは丸眼鏡をしていた。地味で冴えない人物だ。こんな絶世の美少女なわけがない。だって、将来絶対に絶世の美女になること間違いなしじゃない。
‥‥‥乙女ゲームのオルテンシアもモスグリーンの髪に黄金の瞳をしていたけど。
大丈夫と自分に言い聞かせた瞬間、頭の中に様々な情景が浮かんでは消えた。
恐らくオルテンシアの記憶だろう。
それが急に私の中に流れ込んできて、耐えられなくなった私の意識は完全にショートした。