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助けたのに脅されました。助けてください。

ふと思いついたので書きました。

良かったらお読みくださいませー。

 世の中というのは、理不尽な事だらけである。


 どれだけ真面目に生きたって、結局良いところを持ってくのはコミュ力があったり、顔が良い奴だったりするのだ。


 宝くじはどうしたって自分だけには当たらないし、初恋は実らない。


 ヒーローはいないし、政治家は汚職する。


 不良に絡まれてる女の子なんて、まずいないし、いたとしても目撃しない。自分には関係ない。


 そんなもんである。世の中そんなもんなのだ。


 30超えたおっさんになれば、世の中そんなもんだと嫌でも気づく。


 だから、本当にびっくりしたのだ。


 目の前で不良に絡まれてる女の子を目撃した時は。

 

 しかも、それが自分の受け持っている生徒であるとは、思いもよらなかった。


「お、君可愛いね、遊ぼうぜェ!」


「……いやです。遊びたくありません」


 それがクラスでも……いや、学年……いや、学校でもトップクラスの美人な女の子であれば尚更だ。

 

 一条花。それが今、不良に腕を掴まれてる高校2年生の女の子の名前だ。


 今は夜の9時。場所はショッピングモールの裏口で、人気の少ない場所だ。


 不良からすれば、こんな時間のこんな場所に、一条みたいな美人が居れば、構いたくなるのは当然の事かもしれない。


「ちょっとカラオケ行くくらいいーじゃん。行こーよォ!」


「明日学校があるので嫌です」


「サボっちゃおうぜ。大丈夫。カラオケくらいおごるよォ!」


 語尾を伸ばしたがる癖があるのか否か、やたらと何だか喋り方が鼻に付くそいつは、かなり強引に一条を連れて行こうとしている。


 しかし、一条はクールな性格の持ち主だ。クラスの中心的な男子が言う冗談にも、俺がホームルームの時に言うつまらない冗談にも笑わない。誰かに合わせるという事をしない女の子なのだ。


「――離してください」

 

 故に、この場でも一条はそのクールさを発揮したのだが、今日ばかりはそれが裏目に出た。


 一条の女子にしてはちょっと低い声――俺はその声を密かにかっこいいと思っていたのだが――が、明確に相手を拒絶する感じを出してしまったのだ。


 こういうのはやんわり断るのが一番なのだが、彼女はそれを分かっていなかった。


 不良の顔つきもパッと変わる。ナンパモードから、喧嘩モードに切り替わったのが、俺には分かった。


「――んだテメェ。ちょっと可愛いからって調子こいてんのか? あぁ?」


「……っ……」


 金髪でピアスという、今どき逆にあんまり見ないテンプレな不良は、怒りを露にし、明らかに一条を威嚇していた。


 流石にクールな彼女も、ちょっと怯えた表情になっている。


 ……さて、俺は教師だ。それでもっておっさんであり、一応大人だ。


 あんまり関わりたくはないが、不良が怖いからと言って逃げる訳には行かない。


 そして大人には、ウソを付くという秘技があるのだ。


「……あ、おーい、警備員さん、こっちでーす。女の子が不良に絡まれてまーす」


 大声で叫ぶ。不良と一条に見えるように大げさに警備員に向かって手を振るフリをしながら。


「……チッ」


 不良は舌打ち一つすると、一条から手を離し、足早に立ち去っていった。


 ふぅ、何とかなったな。


「よう、一条。災難だったな。怪我ないか?」


 怪我がないのは分かっているが、一応一条にそう聞く。ついでに全身をちらっとみる。


 彼女は華奢で、制服のスカートから出ている足もまぁ細い。まるでモデルのようだ。


 セミロングの黒髪で端正な顔立ちの彼女は、清楚で可愛いと評判の我が学校の制服が良く似合っていた。


 俺が担任の先生だと分かったのか、ちょっとびっくりして目を見開きつつ、一条は口を開く。


「ちょっと掴まれた程度なんで大丈夫です……先生、いつから居たんですか?」


「ん、まぁついさっきだな。たまたま見かけたら、一条が居てびっくりしたぞ」


「……すみません、助けてくれてありがとうございます」


「大人の義務だから気にすんな。それより先生的には、こんな時間に一人で出歩いてるのは感心しないな。まだ10時前だからギリ大丈夫だけど、さっきみたいな事も起きちゃうだろ?」


「……はい、すみません」


 一条は、素直に頭を下げる。俺はそれにちょっとだけ驚いていた。


 一条花は、成績はどの科目もトップクラスだし、運動も出来る。それに何度も言うようだが美人だ。

 

 クラスの中心に居てもおかしくないクラスのポテンシャルを持っていながら、しかし彼女は一人だった。ボッチではなく、一人で居る事を選択しているように思えた。


 彼女とお近づきになりたい生徒が居たのは容易に想像が付くが、しかし一人で居るということは、全員撃沈したのだろう。それでいて、クラスで一人で居ても一切浮いていない。


 故に誰もが、彼女についてはこう思っているに違いない。一条花は、名前の通り高嶺の花だと。


 実際、彼女の倍以上生きている俺ですら、一条に関してはどこか憧れというか、畏敬の念のような物を抱いていた。


 何せこちとら、能力も顔も平々の凡々。自分一人で生きていくなど到底出来ず、他人の顔色を伺って、他人の力を借りて何とか生きていける程度の人間なのだから。他人を寄せ付けず、他人に媚びず、一人でも平然としている一条が羨ましく、何ならかっこいいとさえ思っていた。


 だから、一条が俺に頭を下げるなんて、思ってもいなかったのだ。


「一条って、頭下げるんだな……」


 だからつい、本音が出てしまったのだが。


「……先生は、私を何だと思ってるんですか。最低限の礼節はわきまえてるつもりです」


「ああ、だよな。すまん……いや、すまん」


 一条がちょっと怒ったような雰囲気を出す。美人でクールな女の子に怒られるの、マジで怖いので平々凡々な俺はすぐに謝る。しかも自分でも知らんが何故か二回。ああ、こんな風にすぐに謝るから、生徒に舐められるんだろうな、俺は。


「別に、そこまで謝らなくてもいいですけど……」


 一条は髪の毛の毛先をいじりながら、そう言ってくる。


 そして訪れる沈黙。


 何か話題をと、脳みそをフル回転させるとと、俺はそこで一条のカバンにとあるストラップが付いているのに気がついた。学校で使っているのと違う、一条の私用カバンであろうそれには、二頭身ほどにデフォルメされたキャラクターがついていたのだ。


 クールな一条が身につけているとは思えない、見覚えのあるそれは、確か……


「一条、それ、シルバーマンか?」


 確か、かなり前に見たヒーロー映画の主人公だった。科学の力でヒーローになった主人公が、手から出す光線や肩に装備した小さなミサイルで敵をバッタバッタと倒すのは、かなり面白かったのを覚えている。


「え?」


「ああ、いや。確か前見た事ある気がしてな。俺もその映画」


 何の気なしに言った一言だったが、しかし一条の目の色が、変わった、気が、した。


「……本当ですか?」


「あ、ああ、まぁ……」


 一条が言いながら一歩俺の方に何故か近づいてくる。俺はそれに動揺して、一歩下がったのだが、また一歩近づいてくる。


「映画の最後のセリフ、覚えてますか?」


「ああ、確か記者会見して、私がシルバーマンだって自ら正体をバラすんだろ?」


 ヒーローが自分から正体をバラすというのが斬新で、すごく印象に残ったのを覚えている。


「……!!」


 俺の言葉に、一条は目を輝かせる。さらに一歩詰めてきた


 間近に見ると、若いからか、一条の肌はきめ細やかで張りがある。俺のおじさん肌が惨めに思えるほど。しかもめちゃくちゃいい匂いがする。


「……その次の作品は見ましたか?」


「いや、何となく見てない、すまん……」


「何でですか!?」


「いや、何となく、としか……」


 一条の綺麗な顔面や、いい匂いが色んな意味でやばくて、俺の返答は曖昧なものになってしまう。というか何でそんな必死なんだ。


「はぁ……そうですか……」


 俺の返答に、一条は露骨にテンションが下がり、俺からも離れる。そういう感情表現が露骨な所は、まだ子供なのだと安心出来る。


「まぁ、大人は忙しいからな、中々映画見る時間も取れないんだよ」


 我ながらつまらない言い訳だと思いつつ、一条が離れたのでホッとする。美人は心臓に悪いな。


「というか、何でこんな時間に、こんな場所で一人なんだ? 俺は買い物に来ただけだが」


 そもそもの疑問をぶつけると、彼女はちょっとだけバツが悪そうな顔になった。


「私も買い物です。普段はもうちょっと早く来るんですが、今日は学校から帰ったらすぐに寝ちゃって、今日がグッズの発売日だったので、急いで買いにきたんです。私の家はここから近いので一人でも大丈夫かなと……」


「そうか。まぁ、そういう事情なら分かるし、たまになら構わないけど、毎回は辞めといた方がいい。分かったな? というか、グッズってそのシルバーマンの?」


「……いえ、キャプテン・アメリカンのグッズです」


「そ、そうか……」


 どうやら相当に一条はその映画系統のヒーロー達が好きらしい。


 まぁ、俺には関わりのない事だ。明日学校で会っても気まずくならない程度の会話はしたし、教師としての注意も終えた。


 俺みたいな独身で冴えないおっさん教師と、一条みたいな高嶺の花みたいな女子が一緒に居ると、絶対に回りからとやかく言われる。

 

 今はスマホなんか誰でも持ってる。それで動画でも取られて、『教師と生徒の秘密の密会!』みたいな風にでも取り沙汰されたら、俺の教師人生は一瞬で終わる。


 まぁ回りに人の気配もないし、その可能性は万に一つもないだろうが、君子危うきに近寄らず、だ。


「そういう熱意は先生好きだし、止めはしないけど、程々にしとくんだぞ? それじゃあな、一条。気をつけて帰れよ」


 なので、一条を家まで送ろうという気にもなれずに、さっさと別れを告げようとしたのだが……


「あ、待ってください先生。何か落としましたよ……って、これ」


「え? って、ああ……!?」


 俺が落としたそれは、『爪を切る。そんで女子高生を泊まらせる』というタイトルのラノベだった。


 ショッピングモールの書店で買って、バックにしまおうとしたら、絡まれてる一条を見て、慌ててしまったのだ。ただ、その時どうやらバックのチャックを閉めるのを忘れていたらしい。その拍子に落ちたのだろう。


「……何ですか、これ?」


「え、あ、い、いやそれはそういうライトノベルだよ!」


 我ながら、噛みまくり、どもりまくりで必死さが滲み出ている。というか、見たまんまの説明しかしてねえな、俺。


「へぇ。先生ってこういうの好きなんですか」


 一条は無表情ではあるが、どこか目線が冷たくなった気がするな。


「あ、ああ。まぁな……」


 冷や汗が出る。目線があちらこちらに飛ぶ。別に俺がどんな本を読もうとも自由なのだろうが、タイトルがタイトルだ。


 ましてや、俺は高校教師。そういう願望があると思われても、おかしくはない。


「先生って生真面目で、授業内容も的確で、私、嫌いじゃなかったのに、なんか……がっかりです」


「うぐっ……」

 

 まぁ、そうなるよな! そういう風に誤解されるよな! と内心で開き直って叫ぶ。 

 

 クソ、中身をネットで数ページ立ち読み出来したら面白そうだったから、買っただけというのに、何で俺はこんな気持ちにならないといけないのか……。


「ご、誤解するな、一条。それは中身に惹かれて買ったんだ。返してくれ」


 寝る前に読もうと思っていた作品なのだ。仕事で疲れた社会人が、一時だけでも妄想に逃げて癒やされるのを、奪う権利は誰にもないはずだ。


 そう思い、嘆願するように言ったのだが……


「これ、教頭先生や校長先生に見せたら、どうなりますかね?」


「や、やめろ。それだけは辞めてくれ……!」

 

 恐ろしい事を一条は言う。なんて事だ。そりゃあ別に業務上は問題ないだろうが、職業倫理上どうか、とかそういうめんどくさい事を問われるに違いない。


 ただでさえ貴重なプライベートの時間を、そんな説教で潰されるなど、本当に勘弁してほしい。


「じゃあ、先生。私のお願いを一つ、聞いてくれますか?」


 一条の顔が、ちょっとだけ悪そうな顔になる。美人はそんな顔ですら魅力的なのだから、本当に得だな……。


「な、なんだ……? か、金なら無いぞ……」

 

 俺は恐怖で喉がカラカラになり、つっかえながらそう言うと……


「お金じゃ脅迫じゃないですか。そんな事しません。私のお願いは――この、シルバーマン関連の映画を見てほしい。それで、感想を教えて欲しい。それだけです」


 一条は、ちょっとだけ俺に期待をしているような顔で、そう言った。


 俺はてっきり、私高いバックが欲しいんですけど~とか言われると思ったから、拍子抜けした。


「……な、なんだ。そんな事でいいのか……」


 俺は心からホッとして、そう言ったのだが……


「ええ、シルバーマンを含めて、たった21作品程度ですから、頑張って見てくださいね」


「……は?」


 俺は思わず聞き返した。21作品……? なんだその膨大な数は……


「知りませんか? LCU……ラーベル・シネマティック・ユニバース。全てが同じ世界観で作られた映画なんです。大分前に、日本よ、これこそが映画だ! ってキャッチコピーで話題になったでしょう? アレです、アレ。アレと同じようなヒーローの集合映画もありますが、まずそれぞれのヒーローの単独映画が2~3作品ありますから、それを見てください」


 言われてぼんやり思い出す。ああ、確かそんなのあったような……


 しかし、それよりも今は、その数に圧倒される。


「……21作品って、マジ?」


「はい」


「……見なきゃ、だめ?」


「じゃなきゃ、言いますよ」


「うぐっ……」


 一条はあくまでどこまでも、クールな表情を崩さず言う。

 

 その表情は、何をしても開かない蓋を連想させる。あるいは詰みの棋譜。


 つまり、俺はどうあっても見なくてはならないらしい。21作品を。


「……分かったよ、見るよ。でもすぐに全部見るのは無理があるぞ。仕事があるし……」


「勿論、今すぐ全部なんて言いません。でも、一ヶ月後にまでに全部見てください。また新作をやるので」


「こ、この上また新作をやるのか……?」


「ええ。しかも、シリーズの集大成の作品なんです。初日に見に行きます。先生も絶対に見てくださいね。とりあえず今日一つ見てください。シルバーマンでもキャプテン・アメリカンでも、マイティー・ゾーでも、なんでもいいので。あ、インクレディブルバルクは見なくてもいいです」


 すごい早口で、確かな熱を持って一条は言う。


 クールな一条にここまでの熱意をもたせるとは、LCUというのは相当にすごいらしい。


「先生の感想楽しみにしてます。それでは、また明日学校で」


 手を上げると、一条は去っていく。建物の影に消えていく。そっちには歩行者用の出口があるから、きっとそちらから家に帰るのだろう。


 残されたのは俺一人。

 

 21作品って……大体映画一本2時間だから、42時間……? ほぼ2日掛けて見なきゃ、終わんないのか……。

  

 そんな計算をしたあと、冷静になって思う。



 ……おかしくねえ……? 



 生徒を助けたのに。なんか逆に脅されてるんですけど、俺……


 そりゃあ漫画やアニメのようにかっこよくは助けられなかったけども。だからってなんで俺脅されてるんだ?


 んで、しかも俺が買ったラノベも何気に持ち帰られてるし……読めないじゃん。楽しみにしてたのに。


 もう一冊買おうと思えば買えるけど、流石にちょっとバカらしい。もったいない。気分も乗らない。


 ……真面目に生きてるだけなのに、どうして俺がこんな目に……


 世の中というのはどうしようもなく理不尽なのだなあ……。


 ヒーローが助けてくれないかなあ、と思ったが、ヒーローがこの世にいないのは知っている。なのでとりあえず帰ろうと、踵を返そうとした所で、


 ひょこ、と一条が建物の影から顔だけ出し、


「感想。本当に、楽しみにしてますからね、先生」


 と、笑って、一条は今度こそ帰っていった。


「……」


 一条の笑みを、俺は初めて見た。


 とても、とても。


 とても。


 可愛らしい笑みだった。


「……」


 その後、とりあえず俺は、ショッピングモールの中のレンタルショップで、シルバーマンの続編と、キャプテン・アメリカンの一作目を借りた。

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