VR製作者の悲願
カタカタカタカタ・・・
機材が多数並んでいる部屋で画面に向かって一心不乱にキーボードを叩く男がいる。
部屋の電気は点いておらず明かりは彼の前にあるパソコンの画面の光りだけであった。
彼の前には三台のパソコンが並んでおり、一台一台に異なった画面が表示され、一つの作業が終わると隣へ、といった様に休む間も無く作業をこなしている。
彼は今まさに世界の偉業に残る発明の製作に携わっているのだ。
彼の作り上げている物とは「VRS」―Virtual Reality Systemと呼ばれる脳に微弱な電波を与える事で五感を刺激し認識させ、現代技術を駆使して作り上げた現実世界と然程変わりのない仮想空間の世界に入り込み、まるで仮想空間を現実の様に感じさせる技術。
しかしVRSも問題点は山積みにある。果たして人体に影響は無いのか、危険性は無いのか、倫理的な観点から脳波を刺激する事は人体実験を行うと同義ではないのか、等様々な指摘をされてきたのだ。
当初はVRSに集められる注目も少なく、実験も動物実験を繰り返していた。しかし仮想空間に入り込み五感を刺激するため、動物実験では脳波を計測する事でしか実験結果が得られなかった。VRSの醍醐味は仮想空間を目で見て、耳で音を聞き、手足で感じる事なのだ。被験者の実体験に基づく感想がなければ中の様子を知る事が出来ず、意思疎通の出来ぬ動物では思う様に成果が得られず研究は行き詰っていた。
だがそれでも動物実験を繰り返し、検査をして、異常が見られなければ再度実験と体に与える影響を調査してきた。同じ作業を同じ被験体で繰り返す事により体に与える影響が無いと判断出来たため、ついに人体実験に乗り出す機会が巡ってきたのだ。
彼はVRS人体第一被験者をCODE:α(コード・アルファ)と名付け、細心の注意を払い実験を続けていた。
人体による初めての仮想空間へのダイブ。彼は緊張を隠せずαの帰還を待ち望んでいた。失敗は許されない。一度でも失敗すれば研究は即座に凍結され、長年に渡る研究も無意味な物へと成り変わるのだ。もう少しで予定終了時間の一時間が経つ。モニターを確認しても脳波の異常は見られない。―後はαが帰還するだけ―彼は祈る様な仕草でじっと待ち尽くしていた。
突如ピクッとαの体が動き、ゆっくりと体を起こす。顔に付けられていたゴーグルを外し彼へと振り向く。αは微笑み彼にこう告げた―実験は成功ですね―彼は歓喜に溢れ大声を上げて喜びを露にしていた。αも彼の喜ぶ姿を見て自分も嬉しくなり、共に喜びを分かち合っていたのだ。
だが実験は成功でも人体への影響も確認せねばならぬためαの精密検査がある。この検査の結果により実験の本当の成功が確認出来るのだ。
彼は歓喜が収まらぬままαの精密検査を始めた。検査する事一週間、αの体は実験前と実験後での変化は見られず、VRS初の人体実験は成功を収めたのだ。
VRS人体実験の成功によりVRSは一気に注目を集め、共に研究をしたいと多くの研究者が集まってきた。しかし彼は集まってきた研究者達を全て払い除け、一人で研究を続けていたのだ。
αによる人体実験は実験→検査→成功→実験の流れを何度も繰り返し行ってきた。動物実験と同様に何度も同一被験者で実験を行う事でVRSが人体に与える影響が全く無いと確認する事が出来たのだ。VRSの安全性が証明出来た今、彼は長年の夢に手が届きそうになっていた。
彼の夢―それは幼き頃より憧れていた世界の冒険。モンスターと戦い、迷宮を探索し、各地を旅する。彼は自らの夢を叶えるためVRSの開発に着手したのだった。
これを期に彼はゲームの開発、後に「VRMMORPG」と呼ばれる新しいジャンルを作り上げるのだ。
今度は彼のゲーム開発の話を聞きつけた技術者達が多数集まってきた。しかし先の研究者同様技術者達も全て払い除けたのだ。多くの研究者や技術者は彼を「歴代の天才」と認めていたが、天才とは難儀な者だと半ば呆れていたのだ。
こうして彼は製作を続けていたのだが、製作の発表や報告が何一つ無いまま3年の月日が流れ、人々からVRSが忘れ去られ始めていた頃、事態は急転換を迎えたのだ。
彼は技術者を一斉に募集し始めたのだ。突然の事に驚きを隠せなかったが、当時諦め切れなかった者が大半であったため、直ぐ様定員は埋まりこれからの研究や開発に胸を躍らせていた。しかし彼らが彼の研究室に集まった時、世界の違いを肌に感じてしまったのだ。
既に開発が終わったと言っても過言では無いゲームシステム。完成されたVRS搭載のヘッドギア型のVRS機器。多くの研究チームが手を組み10年掛けても成しえない偉業を彼は3年で作り上げてしまったのだ。
多くの技術者達は彼の作り上げたゲームシステムを解析しようと必死だったが、あまりの膨大なデータ、緻密なシステムにお手上げ状態だった。技術者達の出来る事と言えば、グラフィックに異常が無いか、小さなバグは無いか等僅かであった。中枢システムは彼にしか扱えず、神懸り的な才に技術者達は羨望の眼差しを贈っていた。
こうして世に出された新しいゲーム
Skill Ocean Online―通称"SOO"と呼ばれる様になった初のVRMMORPG。
そのシステムは実に奇抜的な物であり、名称からも分かる様にスキルを重点的に考えられている。
基本スキルの総数は軽く100を越え、プレイヤーは数多く存在する基本スキルを20個まで取得する事が可能なのだ。スキル取得の種類に制限は無く、戦士系スキル、魔術師系スキル、生産スキルなど好きなスキルを取得出来る。自由度が高く初のVRMMORPGであるSOOは瞬く間に話題騒然となり、多くの人々がサービス開始を心待ちにしていた。
そして何よりユーザーの心を鷲掴みにしたのは、基本スキルを組み合わせて新しいスキルを派生させる事が出来るSkill Derivation―通称SDの存在。SDにより得られたスキルは基本スキルと違い個数制限が設けられていない。SOOの製作発表会ではSDの総数は数百を越えると発表された。如何にSDを多く取得するかがSOOの上位プレイヤーとなる鍵を握っていたのだ。これにより多くのテスター達は頭を悩ませ、知恵を絞りSDを模索していたのだ。
SOOβ版のテスターは500人の募集が掛けられたのに対し応募総数は実に5万を越えていた。倍率は実に100倍。幸運に恵まれ選ばれたテスター達はVRの世界を体験し、感動を覚えこの世界の未来に期待を抱いていた。
二週間という短いβテスト期間が終わり、テスター全員の体に異常が表れていないか精密検査をする必要がある。全員の詳細な検査に必要な所用期間は凡そ一月。その僅かな期間で小さなバグを修正し、SOOの最終調整に取り掛かっていたのだ。
カタカタカタカタ・・・・
彼はずっと変わらず作業を続けていた。自身の夢を叶えるため、彼は最後のプログラムを作り上げていたのだ。時間にしてどの位経ったのだろうか、部屋の中の唯一の音であったキーボードを叩く音が突然鳴り止んだのだ。彼は目を瞑り天井に顔を上げ一言だけ呟いた。
「終わったか」
目を開けると彼は机の上に立てられている一つの写真立てを眺める。中に収められている写真の中には笑顔の彼と笑顔の女性が一緒に写っていた。
「もう直ぐだ・・・もう直ぐで夢が叶う。あと少しだけ、待っていてくれ」
そして彼はエンターを叩く。直後三台のパソコンの画面は目まぐるしく動いていく。彼は最後まで確認する事無く部屋を後にしたのだ。
誰も居なくなった部屋でパソコンの画面だけが動き続けている。突如ピーという機械音が鳴り響く。画面を確認すると一つの単語が表示されていた。
それは―
― Fin ―
あとがき
この物語は当時から考えていた「こんなMMORPGがあったらやってみたいなぁ」を執筆した作品となっています。
今後、この作品をベースにしてVRMMORPG物を執筆したいと考えております。
ですが現在別作品を執筆中ですので、完全な連載開始はそちらが完結してからになると思われます(実際にどうなるかは未定ですが)
構想はあるのですが執筆は何一つ出来ていない状況ですので、多少でも公開するにしても先の話になることはご了承下さい。