つぶやく男
男は、飲み終えたコーヒーカップを
テーブルの上のトレーに置き
帽子を被ろうとして
ふと、横の席に目をやった。
俯き加減でコーヒーを飲む男性は
男の知人らしかった。
しかも、ここ暫くの間
顔を合わせておらず
ひさしぶりの対面となった。
男は、俯き加減の男性に
「 お久しぶりです!」と
声をかけようとした所で
男性と、目が合った。
その男性は、男の知人にそっくりだったが
別人だった。
男は、お久しぶりです の 「お」の口から
素早く「 お、忘れるとこだった。」
と、小声で言い直し
テーブルの上のトレーを
わざとらしく
持ち上げた。
何事も無かったかのように
男は、そそくさと店を後にすると
駅に向かい歩いた。
中途半端な時間に食事をとったため
小腹がすいてきた。
男は、駅前の御座候で
粒あん一個を注文した。
店員が、釣り銭と袋を男に渡した。
中を開けると粒あんが二個入っていた。
店員が間違えたのか、
あるいは、何かのキャンペーン中だったのか。
男は、二個目の粒あんにかぶりついた所で
呟いた。
( もうすでに、満腹にて御座候。)