8話師匠、降り立つ
ランニングから帰った廻理は現在、自分の部屋で腕立てを行なっていた。
「1、2、3、よ…だめだ。全く出来ない」
絶望的に腕の筋肉がないことを実感していた。
師匠から貰ったメモ帳の『走れ』と書かれた次のページからは何気に真面目なことが書かれていることに気づいたのだった。
『霊断士は、霊異と戦うために武器を使用する。その武器を扱うためには当然ながら腕力が必要だ。それを鍛えるために腕立てや素振りなどが効果的になる』
と書かれていた。
ここ最近、シャーペンなどの文具が武器であった廻理には大変なことだった。
結局、地道にやるしかないという結論になりトレーニングを続ける。
「さらに後ろのページには、霊気の扱いについても触れてたな…だけど俺には絶対にまだ早いよな」
『無理に霊気を扱おうとすると骨が折れるなど、身体を壊すことに繋がるため無理に霊気を纏うことはオススメしない。霊気に見合った体づくりを行うことが先決である』
とあったので無理は禁物だと考えた。
漫画なんかでもよくあるが無理をして敵を倒しボロボロになる所は、漫画だからかっこいいのだが、自分がやった所で迷惑にしかならない。
やはり地道が1番だと考えながら腕立てに励むのだった。
学校に行ってもやることは卒業式の練習くらいで、すぐに終わった。受験勉強をする必要もないしのんびりと過ごすことが出来るのだ。
「休みがある分、体力作りに励まないとな…」
と呟きながら家にあった竹刀で素振りをする。別に廻理は剣道をやっていたわけではないがなんでか家に竹刀があったので使ったのだ。
「おや、高校生になったら剣道部に入るのかい?」
とばあちゃんが聞いてくる。
「そういうわけじゃないけど、腕の力とかをつけたくてね」
「高校生になったら楽しい部活なんかを見つけてくれたら、ばあちゃんは嬉しいよ!」
と言っていく。
部活までやってたら体力が持ちそうにないな…ごめんなさい、ばあちゃん。と心の中で謝る。
体力作りを毎日やっていると、自然と体力がつき前よりもランニングや腕立てを長く続けられるようになってきた。
「受験中に太った分も痩せた気がするな…」
身体の調子もかなり良いため、霊気の基礎に目を通そうと思う。
『霊気とは、空気と同じでその場にあるもの。自ら感じることが出来るようになるのが初歩となる。特に優れた者は霊気を見ることも出来る。精神を集中し霊気の流れを掴むことが必要』
「これがなかなか難しそうなんだよな…」
目に見えないものを感じ取るなんてイメージすることも難しい。
とりあえず、正座して目を瞑る。どうせ感じることは無いだろうし、気の遠くなる時間が必要そうだと思った。
「ん?……」
集中した瞬間に、指先だけ水につけたような感覚があった。驚きながら目を開くが指は特に変わらないようだった。何かが見えたというわけでもない。
「でも確かに何かを感じることが出来た気がするな…」
今の感覚が霊気かもしれないと廻理は、集中する訓練を再開するのだった。
学校に行き、帰ったらランニングや筋トレ、夜は霊気を掴むための瞑想と流れが出来ていた。
「なんだろう、この1日の流れ…俺はどこに向かってるんだ…」
と道を迷う。
体力に関しては、少しずつついてきているが、霊気を感じることに関してはあまり進んでいない。
「指先だけなんだよな…」
指先を水につけたような感覚、それだけが現在の成果である。
あれこれしているうちに、中学校が卒業となった。卒業式の校長先生の話を聞きながらも頭では、霊気のことを考えていた。
「校長の話が霊気を使いこなすヒントにならないかなとか思ったけどそんなに世の中上手くはいかねぇな」
呟きながら家に帰る。
卒業式の後、そこそこ仲の良かった友達と会話してあっさりと解散した。予想通りではあるが女子から告白というような甘い展開も無かった。
家では、ばぁちゃんがお祝いをしてくれた。夕食はとても豪華で美味しかった。
のんびりとお風呂に浸かりながら、リラックスしていて霊気のことを思い出す。
「霊気は指先が水に浸かっている感覚だから今風呂に入ってる状態なら少しはイメージに繋がるかもしれない」
と言いながら気持ちを集中する。
この風呂に入っているような状態が外でも出来るようになるために感覚を覚える。
風呂から上がり、布団に横になりながら先程風呂に入っていた時のイメージを持つ。
「ん……お、」
指の関節1つ分だけだが感覚が進んだ気がした。
「進んだだけマシだな…」
進んだんだからこれからも続けていれば確実に物に出来るだろうと思う。
「それにしても霊気を意識するとかなり疲れがくるような気がするんだよな…
と言いながら廻理は、成功したことに満足して眠るのだった。
次の日からは、学校もないので朝から身体を動かすことにした。持久力もかなり上がったように感じる。案外、頑張ってみれば力はつくものである。
「よし、もっと力をつけるぞ」
と自分に気合を入れる。
その日、夜島の空港に1人の女性が降り立った。身長が高く、髪の長い女性だった。その女性は、懐かしそうに呟く。
「久しぶりに来たなこの島にも…さて、廻理のやつは修行をサボってないだろうかな?サボっているのなら、厳しくやってやるがな」
と言いながら歩くのだった。
ついに廻理の故郷に師匠である、春神叶絵が降り立ったのである。
師匠と弟子の再会も近くまで来ている。