29話無事に
「よく頑張った」
大切な弟子の命を奪おうとした拳、それを握り締めながら叶絵は、後ろにいる廻理に声をかける。
「師匠…」
ボロボロになりながらも廻理が声を絞り出す。周りには他にも受験者が倒れている。上級の霊異を相手に生きているのだ。
彼らは強くなるだろうな…と思いながら自分が今守らねばという気持ちになる。
「よく頑張った」
叶絵が言うと廻理が崩れ落ちる。
「貴様は……霊断士…それもかなりの」
霊異の男は驚きながらも声を出す。叶絵に攻撃しようと思ったのだが、全く隙が見つからないのだ。
「随分と酷いことをしてくれたものだな…私は、春神叶絵…君に最後まで抗った夜疎川廻理の師だ。霊異である君には、消えてもらう」
風がさらに強まった。
「貴様が師……どおりでしぶといわけだ。それにこの圧倒的な気配…眷属か」
「正解だよ。さて、後ろの巫女ちゃん達は倒れてる子の治療をしてもらえるかな?ここは私1人で大丈夫だから」
と声をかける。そして霊異の腕を拳で握り潰した。
「ぐあっっ!なんて力だ」
「もう太陽も出てくる。なんだったら最後は太陽にでも焼かれるか?君の今の体力なら太陽の光で死ぬだろう」
叶絵が壊した腕は、未だに再生しない。徐々に太陽の光が差してくる。
「もう逃げる力もないか……だが少しでも傷を…」
と言いながら男は叶絵に向かって拳を突き出す。
「そうか…ならば私が終わらせよう。二度と彷徨うことなかれ」
叶絵の祈りによって霊異の身体が消えていく。黒いモヤのようなものが空へと昇って言った。
「来世では、真っ当に生きろ。その魂を黒く汚すなよ」
黒いモヤに対して叶絵が言う。自我がない中級の霊異が消滅する時は、綺麗な光が出るのだが上級の霊異となるとそれはとてつもなく汚いモヤが吹き出すのだ。
完全に霊異が消滅したため巫女達の方に目を向けると未だに回復に奮闘していた。
「いきなりの上級との戦闘……辛かったな」
と叶絵は呟きながら、回復の手伝いをする。
星羅と未怜の手伝いをした後に弟子の廻理の方に行く。
「これは……見事なものだな。この短時間でここまで治療が出来るなんて」
真輪の治療の腕を見た叶絵は、驚く。廻理の怪我はしっかりと治っていた。
「ありがとうございます。そして、初めまして廻理の師匠様。私は、今回廻理と組ませてもらいました、朝道真輪と申します」
と言いながら叶絵に挨拶する。
「ああ、私は風の眷属そして1級霊断士の春神叶絵だ。廻理を支えてくれたこと感謝するよ」
と言い叶絵は、頭を下げる。
「そんな!頭を上げてください」
真輪は、慌てる。こんなにすぐに廻理の師匠と会うことになるとは思わなかった。それにここまで自分に感謝してくれるなんて…
複数の人が現れる。皆同じ服を着ているため霊断士と巫女、支人だ。
「主様の命で参上しました。叶絵様、お待たせして申し訳ありません。援護に参りましたが、遅かったようですね」
と1人が代表して言う。主が使わせてくれた霊断士達だ。
「いや、色々と調べなければならないこともある。生存者がいないか捜索を始めてくれ。それと支人は彼らを運ぶのを手伝ってくれるか?」
「「「承知しました」」」
と言い全員がテキパキと動き始める。
巫女達もすでに限界だったのか、立ち上がれなくなっている。支人に回収されみな移動を開始するのだった。
叶絵も廻理を持ち上げながら、移動し始める。
「叶絵様、斎喜様もご無事です。特に怪我もないとのことです」
と霊断士が近くにきて報告する。
「それは良かった。ありがとう」
と伝える。友の無事を喜ぶのだった。
「あら、ふふふ。叶絵にやられちゃったみたいね。そうなったらもう用はないわ…さようなら、斎喜君」
「待て!貴様を逃すか。裏切り者!爆火の武型…乱れ花火」
斎喜が技を放つが女性は、優雅に回避する。その動きに無駄はない。
「忌まわしい太陽も出てきたしね。叶絵にもよろしくね」
黒い煙のようなものが広がり女性が掻き消える。
「逃げられたか……」
斎喜は、呟くのだった。援護のために向かってくる霊断士達が見えてきたのを見ながら武器を収めるのだった。
「ここは……」
廻理が目を覚ますと布団に寝かされていた。どれだけ気を失っていたのだろうかと思いながらも起き上がる。
「上級の霊異と戦って…師匠が来て」
障子を開けると暖かい日の光が降り注いでおり、気分が良くなる。戦いは終わったのだという実感が湧く。
「みんなどうなったんだ…?」
と言い共に戦った仲間のことを考えながら廊下を歩いていると、トレーを持った真輪が歩いてきていた。
「えっ!廻理」
と言いながらぽろっとトレーを手から取り落とす。
「おっと、危ない」
だが廻理は、霊気を纏って素早く移動しトレーとコップを掴む。身体はよく動くようだ。
「良かった!廻理、起きて良かったぁぁぁ」
と真輪が抱きついてくる。それに泣いている。突然のことで廻理は、固まってしまった。
「ああ、心配かけたな。無事で良かったよ真輪!」
何とか落ち着き声をかける。
そして2人は当分そのまま動かなかったのだった。




