異世界への旅立ち
「んっ……ここは……?」
深海を漂っていた意識が浮上して瞼を開けるとそこには一人の幼女が俺こと神谷涼太郎の顔を覗き込んでいた。
「ようやく起きたのかい?良い夢はみれたかな?」
俺のお腹辺りに届く程度の身長に黄金に輝く髪を腰まで伸ばしている。その髪から覗く顔はまるでフランス人形のように整っていて浮世離れしている。
「ええと……あんた誰?」
「私かい?私は神様だよ。神谷涼太郎君」
平らな胸に拳を当てて身体を逸らし得意げに語る姿は大人に憧れて背伸びしている幼女にしか見えず微笑ましい光景だ。
「はぁ?神様?なんで俺の名前を知ってるんだよ。」
「私は何でも知ってるよ。神谷涼太郎。年齢は十六歳。上名木高等学校二年A組所属。3年前に両親が離婚して父親と再婚した神谷穂南は二十五歳とかなり若いせいで母親として見れずとても気まずい思いをしているようだね。まぁ思春期だし仕方ないか」
ぽかんと口を開けた俺は金髪の幼女をまじまじと見つめた。
こいつ、何で俺の名前を知ってるんだ?マジで神様?じゃなかったらただの幼女なのに一足早い中二病でも発症してしまったのか。だとしたらそれは学校のクラスメイトにいじめられるから辞めた方が良いと思う。
「……あ!そういえば穂南さんは!?」
ふと先程の出来事を思い出して俺は慌てて周囲を見渡した。
確か、義母に連行されて買い物に付き合わされた帰り道で横断歩道を渡っていたらトラックが突っ込んできてその後はどうなったのか。
「そうだ……あの時トラックに轢かれたんだ……!!」
鮮明になってきた記憶と共に一緒になって轢かれた義母の事が途端に心配になってきた。もしかして、大怪我をしているかもしれない。
「う、うーん……」
足元で妙に艶めかしい声を聞き視線を下に向けると義母である神谷穂南が横たわっていた。
「だ、大丈夫か!?」
肩を揺さぶると穂南さんは閉じていた瞼を徐々に開けたが、まだ意識が覚醒していないのかとろんとした目つきになっている。
「あ、あれ……?ここは……?」
「怪我は!?」
「う、うん……何とか……」
身体が揺れる度に白いセーターが破けそうなほど大きく実っている胸が揺れる。
肩で切りそろえられている茶髪。どこか少女の面影を感じさせる幼い顔立ちで義理とはいえとても十六歳の息子を持つ母とは思えない容姿だ。
「ああ、君達はそのトラックに轢かれて死んだよ」
「……は?」
唐突に死んだという宣言をされてもにわかには信じがたい。
「何で死んだって断言できるんだよ。現に俺達はこうして元気にしてるじゃん」
「やれやれ。今の若者は現実を直視しない奴が多いねぇ。だったら証拠を見せてやろう」
金髪の幼女は右手を目の前に翳すと空中に巨大なモニターを出現させた。
「えっ…!?」
「よく見てみろ、今お前らは火葬されているぞ」
モニターには俺と穂南さんが入っている棺桶が焼却口に入れられて蓋を閉められている所だった。
「嘘だろ……!?」
映像を見ると確かに死んでいるというのがよく分かった。俺は嫌でも自分と穂南さんが既に故人になっているという事を実感した。
「じゃあ、ここはどこなんだ?天国なのか?」
「違う。正確には天国が地獄どちらかに行く前に審判を下す場所さ」
「……俺は地獄に落ちる程悪行はしてないぞ」
「君が今までどんな悪い事をしてきたかなんて関係ないよ。要は私の気分次第なんだよねぇ」
何と身勝手な神様なんだと涼太郎は内心憤慨した。この幼女が本当に自身の気まぐれで善行を積んだ人間でさえも地獄に落とされてしまうのなら今までやってきた事全てが無駄になるという事だ。
「あのぉ、また生き返るっていう事はできないんですか?」
完全に目を覚ました穂南さんは素朴な疑問を口にした。
「ふん、確かに君達にとって死んだ事は受け入れがたい真実だろう。だから君達に提案をしたい。ここで君達を地獄に叩き落とすのも天国へ送り出すのも簡単だが、私の指定する異世界へと旅立ち魔王を倒してくれるなら君達の元の世界へ戻し生き返らせてあげようじゃないか」
「……それって……」
俺はこの神様の言う事に既視感を覚えた。それは日頃彼が読んでいる『異世界転生』と呼ばれる類の小説を想起させる展開だった。
「それって、よく小説で題材にされてる異世界転生ってやつか?」
「うん、そうだ」
「ま、マジか!?」
思わず声が上擦ってしまう程涼太郎は興奮した。
自身の状況を今まで読んできた小説に照らし合わせると主人公は強大な力を授けられて異世界で敵を薙ぎ倒して奴隷になっているエルフを助けたり貴族のお嬢様と決闘したりして自分だけのハーレムを形成するというのがテンプレートだ。
(だとすると……俺もそれを体験できる!?)
「言っておくが君が考えているようなご都合主義な展開は怒らないから安心したまえ」
「え?い、いや別に何も考えてねぇし!!」
神様には思考も読まれてしまうようだ。一瞬でも淡い期待を抱いてしまった自分が恥ずかしい。
「さて、君達が行く異世界なんだが……先程も言った通り魔王を倒す事が最終的な目標だ。だけど達成すべき事がそれだけじゃない。その冒険の中で十分に親子の絆を深めたまえ。そうしないと元の世界には帰れない。」
「は、はぁ?なんだよそれ、普通ラスボスを倒したらハッピーエンドで終わるだろ!?」
「私が気まぐれにこの子は助けたいな~って思う人間に一度チャンスを与えてあげるのさ。まぁ、私が生き返らせてあげたいなぁ……って思う人間だけを選んでるけど」
「その話、本当ですか?だったらやります!」
「ちょっ!?母さん」
穂南は両手の拳を握りしめやる気を漲らせていた。
「だってりょー君とやりたいこと一杯あるんだもん!一緒に旅行に行ったりお風呂に入ったりご飯食べたり……このまま死んだままなのは嫌っ!」
「一緒に風呂には入らねえよ!もう十五歳なのにそんな恥ずかしい事するか!!」
「えぇ~~!?十五歳はまだ子供でしょ?だったら一杯私に甘えなきゃ!」
「いや甘えねぇから!!」
なんだその暴論は。こんな恥ずかしい言葉を堂々と公衆の面前で言ってしまうのをやめてくれと何回も言っているのに一向にやめない義母に俺は頭を抱えた。
「ふん、つまらん痴話喧嘩は辞めたまえ。私の審判を待っている死者達が沢山いるからとっとと向こうの世界に飛ばすぞ」
「はぁっ!?ちょ、ちょっと待て!こういう時ってチート能力を主人公にあげる場面でしょ!?」
「ああ、お前は態度が気に食わないからこちらの母親にだけチート能力を与える事にしたよ。名付けて
『可能性の母』と『息子への想い』。この能力はかなり特殊でね。まぁ異世界に行けば分かるよ」
「ふざけんな!!ていうかこの人と一緒に異世界を冒険すんのかよ!?」
「ふふっ、なんだか楽しくなってきちゃったっ」
こんな逼迫した状況だというのにのほほんとした表情をしながら目を輝かせている。ただの天然なのか、もしくはただの馬鹿なのか……。
「詳しくは実際に異世界へ行ったら分かるよ。では健闘を祈るよ」
「おいっ!まだ話は終わってねえぞ!!」
突如周囲に光が溢れだし俺と穂南さんを呑み込むように包んだ。
「まぁまぁ、その魔王?っていう人を倒せば元の世界に帰れるんだし気楽に行こ?」
「あんたはお気楽すぎるんだよっ!!!!」
母親への全力のツッコミを最後に二人の姿は幼女の神様の前から姿を消した。