真っ赤
急ごう。
二十三時五十二分。
終電まで、あと四分。
地下鉄の改札を抜けて、ホームへと降り立ったのは、列車の到着する一分前。
酔っ払いのサラリーマン。
声の大きい学生の集団。
手を繋ぐ若いカップル。
この時間帯は、人目も気にせず自由奔放に振る舞う人達で溢れかえる。ほら、そこのカップルも、濃厚な口づけをし始めた。気持ち悪い。
リーンコーン。
間もなく、二番線に、二十三時五十六分発、〇〇行きが、到着致します。白線の内側まで下がって、お待ちください。
アナウンスが鳴り響く。
ゴオオ、と列車の近づく音。
混んでいないといい。
腕組みをして、列車の到着を待つ。
視界の端にいたカップルが、目の先に移動する。
おいおい、順番守れよ。
そんな、些細なことが気になって気になって仕方ない。
そのカップルの更に前をふらっと横切る髪の長い女性。
おいおい、放送、聴いてなかったのか。ホームの端を歩くのは危な──
ぶわっと強い風が吹く。
きゃあああああああああ
ホームに響いた耳を塞ぎたくなるような高い音は、列車の入ってくる音と、人の叫び声だった。
見慣れたホームは赤かった。
目の前のカップルの衣服も赤かった。
こんなにも、鮮やかで生々しい赤色は、未だかつて見たことが無い。
足下に目を落とす。
何処の部位かも分からない肉片。ぐちゃぐちゃに潰れた赤い塊から、数本、黒くて長い毛が生えていた。
嗅いだことの無い、魚の腐ったような汚臭に、吐き気が止まらない。
「大丈夫ですか」
足元のふらついた自分に、後ろから、一人のサラリーマンが声を掛けた。
「いやいや、驚いた。あの彼女、自分から列車に突っ込んでいきましたね。いやあ、人って死ぬ直前は何を考えるんでしょうね。実に気になる。それにしても、あれですね。どんなに若くて綺麗な人でも、こんな汚い肉片に、成り果ててしまうんですなあ」
サラリーマンの浮かべた満面の笑みに、俺は言葉も出なかった。