3話 勇者勇人の戦い
こんばんは、月猫ネムリです。日を挟みましたが2話目です。これの前にも魔王サイドを一話投稿していますので、ご注意下さい
カァンと澄んだ音をたてて、刃のない剣が宙を舞う。
事も無げに己の持つ剣を跳ね上げた眼前の益荒男に、勇人は訓練が始まってから何度目かの溜め息を漏らして座り込む。
「また溜め息を吐かれましたな勇人殿。某の数えが誤っていなければ本日だけで14度目ですぞ?」
「ハハハ...。じゃあ僕もフリオ将軍に14度目の訂正をさせて貰いますけど、これは溜め息ではなくただ止めていた息を吐いただけです」
「それは異な事を。勇人殿の言が正しければ、勇人殿は某と剣を交わしている間、息を吐いていない事になりますぞ?某、勇人殿が斯様に肺の腑が強いとは知りもしなかったですな」
おどけた様に言葉を返すエルディン王国の将軍、フリオに、勇人は降参の意を示して両手を上げ、そのまま上体を柔らかな草に横たえる。そして流れる雲を茫洋と眺めながら、ここに至るまでの経緯を回想していた。
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勇人がマグノリアに召喚され、アラド王を始めとするエルディン王国の重鎮たちの前で啖呵を切ったあの日から早2ヶ月半。その間に勇人は目の前のフリオを始めとするエルディン王軍の面々から戦場で戦う訓練をみっちり受けていた。
勇人自身は本職の軍人たちからどの様な扱いを受けるのか戦々恐々としていたのだが、始まってみるとどうやら自分の切った啖呵が城は愚か国中で噂されていたらしく、いっそ居たたまれない位に好意的な対応を受けた。
とは言え訓練は訓練。
元の世界では戦争どころかスポーツくらいでしか『戦い』と分類される行為を経験していない勇人には一人前の戦士として求められる水準は、やはりそれなりに高かった。
加えて勇人の啖呵に触発されて『勇人を無事に元の世界に帰す』事を目的に加えたエルディン王国は、国民性のままに国の総力を上げて勇人を援助する決意を掲げ、『苛烈ではないものの只ひたすらにキツく大変な教練』を課した。
戦いの中に生を見出す類の人種からすれば非常に温く、しかし平和な国の住人からすれば十分厳しい訓練をくぐり抜け続けたこの2ヶ月半。勇人は一人前とは到底言えないが、それでも戦場で死に難くなる技術と心得を身につけていた。
「ーーーなにやら呆けて居られるようですが勇人殿。気を落とされなくとも御身の技量は訓練を始めた頃から格段に上がっていますぞ。確かに我々の様に鍛錬と経験を積んだ軍人とは比べるべくもありませぬが、それでも雑兵や少しばかりの功しか持ち合わせておらぬ連中が相手ならば互角!もしかすると勝ちも有り得ます。自信を持ちなされ。勇人殿は、我らのーーーふむ、我らのーーーーー。そう、同朋なのですから!」
歴戦の将が言葉の選択に迷いながらも掛けてくれた励ましと男気に溢れた笑みに、勇人の唇はいつの間にかひとりでに弧を描いていた。
「そうですね。では、同朋の為にもうひと頑張り致しましょうか。ではフリオ将軍。もう一回だけお相手願います」
「おぉ!承りましょう!」
フリオと勇人が刃引きの剣を取る。
数呼吸の間隙を挟み、両人は再び刃を交えた。
勇者サイドも後一話続く予定です