明夫は音訳者の卵になりました。
音訳 (最終幕)
作 葉月 太一
(舞台中央に小部屋の録音室A・Bがある。A室には
明夫。B室には梅木綾子が入っている。A室の田中明夫は、
パソコンをいじりながら録音を始めようとしているが、
マニュアルばかりを見ていて全てがたどたどしい。
梅木綾子は、既にマイクに向かって、録音を始めて
いる。パソコンの操作も板についている。
上手より川本竜子先生が登場。)
川本 「新人養成講座を無事終了した二人で
す。A室は田中明夫さん。B室の女性は梅木綾子
さんです。
梅木さんは申し分ないんですが、田中
さんはあまりよくないですね。修了証は渡しました
が、これからの三ヶ月が勝負ですね。みっちり勉強し
なければなりません。梅木さんはすでにプライベー
トサービスと言って、視覚障碍者個人への音訳サー
ビスで、三〇〇ページぐらいの文庫本を音訳してます
ので有望株ですが、、田中さんはなかなか、、、これ
からの補講学習次第ですね。この補講は、基本的には
自主学習ですので、一人で大丈夫か心配です。私も
何かと忙しくて教えられないと思うの。北杜夫の新書
版を読むそうだけど、うまくいくといいですね。」
(A録音室の明夫にスポットライトが当たる。明夫は
まだ、マニュアルを読んでいる。パソコンやマイクも
いじっているが、首をかしげてばかりいる。)
明夫 「キーボードのファンクションキー8の録音キーを
一回押すと、テスト状態になります。右枠に黄色く
TESTと表示され、ここで実際に声を出して読んで
みて、録音レベルを適切な位置に調整します。マイナス
10デシベルの上下に振れる程度の音量レベルになる
ように、マイクの位置、レコードレベルを調整。調整が
済んだら、もう一度ファンクションキー8を押すと、
録音が始まります。、、、おう!よしよし、と。これでよし。」
(明夫は、ぶつぶつ繰り返し乍ら動作を続ける。B室の
綾子は、普通にスラスラと単行本の小説を読んでいる。
時々読むのを止めて、パソコンを操作し乍らマイクに
向かって、一人で録音している。)
綾子 「静かな住宅地の一角だった。大きな家が並び、ひと通り
もない。犬はその中の一軒に入っていった。昔風の石塀が
あり、最近では珍しい立派な両開きの門がある。門扉は
片側が開け放しになっていた。車寄せには大きな車が
停まっている。犬と同じように真っ黒でピカピカで
しみひとつない。玄関のドアもやはり開け放しになって
いた。犬は立ち止まりもせずに、そのまま屋内に
入っていった。、、、、」
川本 「雲泥の差と言っては、田中さんに申し訳ないけど、、、。
一緒に勉強を始めた二人とは思えないほどね、、、、。
田中さんは、東京育ちらしく、歯切れのいい読み方を
するんだけど、ちょっと読み方に癖があるのよね。
助詞が上がってしまうのよね。その為強調しすぎる
結果になるのね。あれを直さなきゃ、蔵書は到底無理ね。
そう、蔵書読みというのは、一人の音訳者が読み始めると、
サピエネットワークを通じて、そのことが全国に通知
されるの。そして、全国の図書館や施設や団体が同じ
本の音訳を控えるんです。だから全国で一人しか
読まなくなるんです。
同じものをあちこちで音訳するより、違うものを沢山
やった方が良いからね。だから、引き受けたら途中で
やめられないんです。音訳者は、特に蔵書を読む人は、
専門家としての自覚と継続する責任が要るのね。時間も、
制限されるのです。だから、パソコンの操作、つまり、
デイジー編集技術も上手でなければいけないんです。
なにせ、国会図書館を始め、全国の色んな図書館には
3億冊ぐらいの蔵書があると言われてますが、音訳された
本や各種タイトルは、たったの70万冊です。その中には
30%ぐらい重複もあるそうです。いずれにしても、音訳された
ものは0・2%にもならないのです。」
(川本先生、上手に退場。明夫、録音室を出てくる。)
明夫 「 『音訳の実務』
音訳の実務はいろいろある
蔵書分の音訳、
これが最重要課題だ
全ての蔵書を音訳するなんて
不可能だ
その必要もない
しかし、それにしても
現状はあまりにも少なすぎる
音訳の実務には蔵書以外もある
対面音訳がある
蔵書の様に堅苦しくない
一対一の対面で読むから
時には、朗読っぽくなっても
許せることもある
しかし、文学だけではない
ありとあらゆるものが対象となりうる
市議会議事録も出てくる
対面の時、
「これ、お願いします」と
突然、渡されることも多い
まさにぶっつけ本番!
調査技術などは発揮できない
でも、対面音訳の方が、いいね。
対面音訳の方が
人間味があるなあ!
音訳には、
プレイベートサービスってのもあるよ
蔵書音訳のように
録音室や静かな部屋に閉じこもって
文庫本や単行本を読むんだ
誰かさんに頼まれて
一冊読み上げるんだね
蔵書と同じで、騒音は許されない
騒音・雑音が入ったら、やり直し
一番つらい、歯がゆい」
(明夫は録音室に入ってマイクに向かう。間もなく、
入れ替わりに、帰り支度した綾子が出てくる。)
綾子 「今日はこれで帰ろう。もう少しで卒業音訳は終わるわ。
私は録音用のノートパソコンを借りてるから、あと数回来て、
やり残したら自宅でもできるけど、田中さんは
まだ、ここに通わなければいけないでしょうね。
あと二か月かかりそう、って言ってたけど、間に合うかな。
四月には、一緒に活動できるのかな。
まさか、やめたって 言わないでしょうね。
田中さんやめたら、あたし、一人っきりになっちゃうな。」
(綾子、上手に退場。明夫は、一人で録音を続ける。)
(暗転)
(年一回の総会会場である。森田会長が、前期の
事業報告と今期の事業計画を話している。)
森田 「それでは、事業計画案をお話しします。資料の17
ページをご覧ください。、、、活動方針は、ある意味、私達の
今年の理想像です。この情報は、全国組織を通じて
日本国中に提供されます。私たちが掲げている努力目標は、
読む力だけでなく7つの技術力をもっとしっかり習得しな
ければなりません。読んだものが相手に正しく伝わる為には、
視覚障害者と接していなければ、音訳だけでは、ただ「読む」
だけになります。色んな行事に出るとその辺りの事が
理解できるようになります。
活動時間については、2500時間を目標にしたいのですが、
なかなか達成できないので、今期も2400時間にします。
会員を15人とは言いませんが、10人は増やしたいですね。
具体的には、市立図書館や県立図書館で音訳PRの催し物等を
開催していきましょう。宜しくお願いします。
なお、活動計画案は、副会長が詳細説明いたします。
そうそう一言申し添えます。今年の新会員は、たったふたり
でした。名前は、田中明夫さんと梅木綾子さんです。
昨年は、4人でしたので、まさにじり貧ですね。
何とかしなければいけませんね。ボランティアとはいえ、
何とか、「音訳PR」して増やしましょうよ。めげずに、
続けましょう。2400時間を達成したいですね。」
(森田会長、下手に退場。
上手より若槻副会長が登場。事業計画案を読み上げる。)
若槻 「森田会長の御指名ですので、私から事業計画(案)を
説明いたします。
1、 活動方針
ボランティア活動に理解と熱意をもって音声訳による
情報提供を行い、視覚障害者の福祉の増進を図ることを
目的とする。情報障害者である視覚障害者の自立・
生活支援のため、必要とされる情報を、CDや対面音訳等
必要な手段で早く・正確にサービスしていく。
これが、活動方針です。次に具体的な目標と項目を
掲げます。
2・活動目標時間、、、2400時間
主な活動項目
①月刊「やまびこ」をCDとテープで製作。
②対面音訳サービス。
利用者の自宅に行ってはいけません。
必ず、図書館やセンター等の公共の場所で実施して下さい。
③ 関係団体の会報音訳。
④ 映画副音声。
昨年は好評でしたので、今年は2作品予定しています。
希望者は早めに申し出て下さい。
⑤利用者プライベート依頼各種音訳
⑥蔵書図書音訳・校正・デイジー編集。
私達の会としての蔵書図書を増やしましょう。精力的に力を注ぎましょう。
校正もデイジー編集も大変です。心していきましょう。
特に校正は二度読みですから、二倍以上の時間がかかります。
頑張りましょう。
⑦各市、各町の各種広報音訳。
県庁からも依頼が来ます。
各種広報は、刷り上がってから2,3日以内が多いです。
作成スケジュールがタイトですので、担当の方以外にも
応援依頼が行くことがあります。その時はご協力の程、
よろしくお願いします。
⑧各種研修会。
皆さんは「音訳技術者」です。常日頃の技術研鑽は怠りなくお願いします。
よって、研修会は、進んでご参加ください。全国で通用する私たちの会の
蔵書図書を増やしていきましょう。
⑨その他。まだ諸々ありますが、、、、
録音機の管理や補助金の申請や季刊会報の発行やいろいろあります。
でも、常日頃心掛けておきたい事は、「音訳のPR」です。
視覚障害者の人には勿論ですが、世の中の多くの人に積極的にPRしていき
ましょう。その為の具体的アクション・プランを作って実践していきましょう。
(暗転)
(月刊「やまびこ」の編集会議。明夫と綾子が入ってくる。)
綾子 「田中さんも『やまびこ』?」
明夫 「梅木さんも編集会議ですか?」
綾子 「私は、3月から参加してるの。」
明夫 「梅木さんは優秀だからなあ、ぜひ、いらっしゃい、と
言われたんだろうね。僕なんか、来てもいいわよ、
だったんだ。でもいいさ、声が掛かっただけでも
良し、とせんばね。」
綾子 「そんな、すねた様な子供じみたことを言わないで
下さい。それよりも、新入会員のコメントを出すように
言われなかった?」
明夫 「ああ、言われたけど。」
綾子 「結局、田中さんと私の二人だけだったのよね。何かと、
目立つね。」
明夫 「そう言えば、そうだね。僕は特に気にしてないけど。
下手なのが、すぐわかるのは嫌だけど。
その点梅木さんはうまいからいいじゃない。気にしなくても。」
綾子 「違うの、文章を書くのが嫌なの。コメントと言ったって、
一行って訳にはいかないでしょう。」
明夫 「まあね。」
綾子 「ねえ、田中さん、書いてみたんだけど聞いてくれない?
感想はいいから、聞いてくれるだけでいいから、、、、」
明夫 「はあ、、」(生返事)
綾子 (読み出す)「『生涯学習の始まり』、梅木綾子、
退職をしたら、何か人のお役に立つことをすることで
社会とつながっていきたい!これが私のここ数年来の
願いでした。
そして迎えた退職の年、自由になった時間をゆっくり楽しんでいたある日、
偶然にも『音訳ボランティア』の事を耳にしました。
「これだ!」「この活動こそ、私が求めていたもの、、」
私は、迷うことなく養成講座の手続きを取ったのでした。
しかし、5ヶ月の研修は私にとって大変厳しいものでした。
字面を追うだけで、なかなか相手に伝わるような“読み”
ができないことに何度も挫折しそうになり、自己嫌悪に
陥る日々が続きました。
そのような時、川本先生からかけていただいた「視覚障害者
の方が待っておられますよ」という励ましの言葉に心
動かされて、何とか無事終了を迎えることが出来ました。
3月には、早速、月刊「やまびこ」の4月号でデビューします。
また、プライベートサービスの図書も頂きました。
いよいよ、私の“生涯学習”の始まりです。
音訳の活動を地道に重ねながら、また、研鑽を積みながら、
先輩の皆様のように、早く“聞き手に伝わる音訳”が
出来ますように努力していきたいと思います。
音訳の会の先輩の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
、、、、、、どうでした?
(明夫、パチパチ手をたたく)
明夫 「すごくよかったよ。」
綾子 「そうかなあ、どこが?、、いや、感想はいらないって
言ったわね。」
明夫 「去年の4人の文も読んだよ。気になるんだったら
読んであげようか?ええーと、カバンの中にあったけど、
あっ、あった。どれどれ、、、
四人の内の二人のがあったよ。読むね。
田村弘子さん?どの人かわかる?まあっ、どっちでもいいか。
タイトル、なしだね、いいですか?読みますよ。
総会後の交流会で、皆様のご挨拶を拝聴しながら、
『情けは人の為ならず』のことわざを連想しました。
『本が好きで音訳と出会いコツコツと積み重ねたものが、
今の自分の支えになっている』とそんなふうに伝わって
きました。
地味ではありますが、温かい感触。私も、斯くありたい。
できることを、できる時にできるだけ、細くとも長く
皆様とご一緒できればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
、、、どうですか?、、、もう一人は、遠山美智さん。
この人は、総会の時、前の方に座ってた人。『遠山です』って言って
質問してたよ。だから、覚えてる。 、、、これも、ノンタイトルだ。
書き出しはいいね。省略。、、、、始めは、本や新聞など
活字を読むことが好きなので、空いている時間を活か
せばいいなという動機で、養成講座に参加しました。
しかし音訳は、好きなものを好きなペースで読むこととは全く違っていました。
知らない言葉を一つ一つ調べ、写真や図を言葉に置き
換え、締め切りなどの時間の制約の中で作業を進める、、、
音訳には想像以上に労力がかかることを講座で学びました。
また、先輩方の熱意を知ることもできました。仕事や
家庭の時間をやりくりして、長年音訳に携わり、日々
研鑽を続ける姿に刺激を受けました。これから自分に
どんな活動ができるのか、今は、不安と期待が半分ずつと
いった感じです。音訳がライフワークと言えるように
頑張りたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。、、、、どうですか?僕らのすぐ先輩の
二年生の二人です。僕から見れば、梅木さんの方がよく書けてると思いますよ。
だから、手直しせずに、そのまま出せばいいと思いますね。」
綾子 「そうするわ。ありがとうございます。」
明夫 「いいえ、どういたしまして。」
綾子 「ところで、川本竜子先生、辞めたの知ってる?」
明夫 「うん、聞いたよ。実家の事情って聞いたよ」
綾子 「それがね、違うみたい。どうも、田中さんもチョッと、
関係するような、、、」
明夫 「なんで、僕が?」
綾子 「他にも色々あったらしいけど、会員の選考の仕方で三人が、
激論になったんだって。」
明夫 「なんで、僕が、、関係あるの?」
綾子 「三人ていうのは、川本先生と事務局長さんと森田会長さんで、
事務局長さんと会長さんは、会員を増やしたい。
川本先生も増やすのはもちろん賛成だが、音訳者は技術者なんだから、
七つの技術が優れていなければならない。誰でもいい、
とはいかない。時には、適格者ゼロの事があってもいい。
この見解の相違は、ずーと前かららしいんですって。
そして、ついに、川本先生は、『私、辞めさせていた
だきます。』って、言ってしまったらしいのね。」
明夫 「話は何となく分かったけど、、、僕が原因なの?」
綾子 「何年も続いてる、今の時期の、恒例の論争らしいの。
田中さんの名前もチョコッと出たらしいけど、気にしなくても
いいんじゃない。事務局長さんと会長さんが付いているんだから。
特に、会長さんは、田中さんをかってるみたいだし。」
明夫 「そうかなー。俺は、蛙の面にションベンの方だけど
今の話し、気になるね。と言うのも,川本先生に
言われた事があるんだよね。助詞を強調する読み方は
致命傷ね。東京育ちでしょう。田中さんの年齢からして
恐らく治らないでしょうね。音訳者には不向きね。って。」
綾子 「そこまで言ったんですか?あの先生なら、あり、ね。
でも、さっき言ったように、毎年の今の時期の年中行事
らしいから、田中さんは気にしなくていいみたいよ」
明夫 「そう言われたって、気になるよね。」
綾子 「すみませんでした。私が言わなくてもいいことを言ってしまって、
さあ、編集会議に入りましょう。」
(幕)
24
明夫の「音訳」とは何か?から始まったシリーズは、これで「幕」といたします。
明夫のこれからの目標は、中・高・大学に、クラブ活動として「音訳クラブ」ができることです。
(それには、明夫自身が立派な音訳技術者にならなければいけません)
音訳のPRは、若者からが良いでしょうね。
全国のあちこちの学校に、「音訳クラブ」を作っていきましょう。