第1章 59話 「開戦」
31日
戦争開始まで残り0:10:00
真夜中の決戦の地が静寂に包まれる。
両陣営共に既に準備を完了し
今尚、動いている者は僅かばかりの伝令のみ
武器を握る兵のその手は祈りの時を終え
ただ開戦の狼煙を待つ。
空は雲一つない高みから覗き込んでおり
真上の美しい月が戦の顛末を見届ける役を担った
月明かりは、ただ草が風に揺れるだけの夜の刻に於いて人が果てまで見通す事を許し
それに彩られた平原は何処か神秘的な佇まいを見せる
……火の粉を散らし、命の儚さを体現するかの如く燃ゆる松明それは、
兵どもの顔を唯紅く照らしていた。
ーエルムサルト軍左翼 前線ー
左翼1.500の兵を束ねる総指揮ブレアは自ら最前線に立って、戦争開始の合図を待っていた
彼の鋭い眼差しが刺さる先は1km程離れた
その数2.500の敵兵が待ち構えるであろう敵陣
ふと、松明が気紛れに揺れ
隣に立つ教え子の顔をブレアに見せる
その表情はやる気に満ちてはいたものの
どこか堅く思えて、声を掛けてみた
「もう直ぐ戦が始まる ……怖いか? 月柳」
「オレが?
ブレアさんこそビビってるんじゃないですか?」
「フン、抜かせ」
ブレアに次ぐ戦力を保有する若き戦士は、総指揮の真横に立ち、彼の問いに戯けて答える
間も無く戦争が始まるというのに大した奴だ
肝が座っている、多少生意気だがな
フッと鼻で笑ってから、ブレアは月柳に続けた
「……忘れてはいないとは思うが、念を押すぞ。
お前も春馬も川村も、いや戦士の称号を得た現人全てに言える事だが
戦う力を得てはいるが、まだまだ若い」
「了解していますよブレアさん。 ヤバくなったら逃げろって話ですよね?」
月柳の返しを受けて、顎をなぞる
「……少し違うな、逃げるのでは無い
可能性を未来に残すのだ
あまり悲観的に考える事も良くないが
どんな状況でも保険を掛けておいて損は無い」
顎から手を離して、月柳に身体を向けた
「お前達はこの国の希望だ、この戦で決して死んではいけない。 解るな?」
月柳はブレアの真剣な眼差しに耐えきれず
顔を背けると、ただコクリと頷いた
「……でもさ、ブレアさん
特攻命令を出しておいて、必ず生き残れって矛盾してない?」
それを聞いたブレアはそれもそうだな、と思いつつも、フフッと表情を緩ませて身体を敵軍に返した
「お前らはこの俺が直々に指導したのだぞ?
それ位はこなして貰わなければ困るな」
暫くすると、小隊長のポルコが彼の下に現れた
「間も無く、開戦の時刻になります。
作戦に変更は御座いますか?」
「変更は無い、各自役割を守って奮闘せよ」
「はっ!」
さて、と月柳に声をかける
「聴こえたな? 今のうちにウイングを使っておけ
俺を見失っても止まってはやれんぞ」
”ウイング”
”ウイング!!”
ブレアと月柳は共に風法術を行使し、2人の身体を包む様に風が舞う
フワリと地表から足が離れた
「上等!! 俺のスピードに驚くなよブレアさん!」
月柳はニヤリと口角を上げた
「直ぐに僕達も追い付くから」
「シューイチ! 本気出しちゃっていいからね!」
背後の春馬と川村から激をもらい2人と拳を合わせる
そこでエルムサルト側からドラが響き
アデン側から鐘の音が鳴った
後に「東部アデン方面聖戦」と呼ばれる戦の火蓋は
今、切って落とされた。
「行くぞ!」
ブレアは月柳にそう声を掛けたが、既に月柳は突撃していた
ウイングで強化された月柳の移動速度は時速60kmにも到達する
若き戦士は直ぐに前線を抜け出した
……まだまだだな。
言葉とは裏腹にブレアは何処か満足そうにそれを見ると、少し遅れて足を踏み出した
洗練されたその法術と、研磨された身体能力
月柳も大地を踏みしめて人の限界を優に超えた速度で走ってはいたが
ブレアのそれは最早飛んでいると形容するに相応しい
約時速120km、現代の高速道路ですら許容しないその速度で敵軍に迫り
楽々、月柳を追い抜いた
当然ながらそれを見た、司祭率いる敵軍右翼の前線は開戦早々に慌てふためく
「な、な、何なのだ! アレは!?」
「て、敵兵の襲来の様です!
弓隊を直ぐに用意……」
「そんな暇があるか!!
重装兵を前に出せ! ぶつかってでも止めるんだ!」
「はっ! 槍兵!退がれ!!」
突撃の為に最前線に配置していた槍兵が下がり、代わりに全身をスッポリ包める大盾を前に出した重装兵が構える
もう敵の隊の目前にまで近づいていたブレアは
「愚策だな……」と呟き、右手を前に出した
”バースト”
ブレアの右手から放たれた爆風は重装兵をまるでボウリングのピンの如く弾き飛ばして道を作る
前線を任された司祭は口を空けて真横を抜けて進むブレアを見送る事しか出来なかった
「し、司祭様! もう1人敵が!!」
報告を受けて我に帰ると、なるほど化物の背後から遅れてもう1人突撃して来ているのが見えた
月柳も十分高速なのだが、ブレアの速度が速すぎた所為で目が慣れた司祭はアレならなんとかなるかも知れないと、今日の為に大枚はたいて用意した剣を抜く
「やっぱ本家本元のバーストはスゲェな
……てゆーか、あの人マジで速すぎだろ!!
スポーツカーかよ!
あ!ヤバイ!もう見失っちまう!!」
ブレアに大きく離された月柳は焦っていた
もうブレアの後ろ姿が豆粒程にしか見えなかったからだ
彼が受けた指示は、「ブレアの突入で混乱した敵軍を分断し殲滅する事」だったが余りにもブレアの突入が早かった為に敵軍は立て直し始めている
そこに前線を任された司祭がブレアの後ろ姿を隠す様に立ちはだかった
「そこまでだ!敵将よ!
貴様の相手はこの私、司祭……」
「邪魔!見えなくなるだろ!!」
敵軍前線は2回目のバーストを受けて、宙に吹き飛ばされる
その中には勿論、名乗りすら上げられなかった司祭も含まれていた




